第6話
6.
「……俺さぁ、父親、いないんだよ」
「えっ?」
藪から棒に発せられた勝也の発言に、結はビクっとしながら隣を向いた。
勝也は結の方を向かず、ただ前を見ていた。
「いや、俺の事知りたいっつったろ、お前?」
「い、言いました。けど……なんと言うか、あっさり、すごい事言っちゃったから……」
「別に。ここまでの道中で、とりあえずお前が良い奴だって分かったから、言っただけだ」
ちなみに、告白云々は、結が奈々に答えを迫るために、本当に勢いだけで言ってしまった事らしく、勝也に気があるとか、そういう事は全く無いらしい。
むしろ、結には今好きな奴が他にいるのだと言う。
まぁそれはそれとして、結は純粋に、奈々の事を思って、勝也に会いに来たという訳だ。
自分の発言のせいで、奈々と勝也の関係が崩れてしまうのではないかと気に病み、また、いつも奈々と一緒にいる勝也がどんな人物なのかも気になり、居てもたってもいられなかったのだと言う。
行動や言動に少々(と言うかかなり)行き過ぎた所はあるが、一応、彼女の言葉を真実であり、真心だと認めた勝也は、結の希望に答える事にした訳だ。
つまり結が知りたがっている、自身の事について。
ついでに、自分で確認するという意味も込めて。
「ガキの頃さ、親父とお袋が大ゲンカしてよ。理由はよく分かんなかったけど、互いにすっげーののしり合っててよ。結局離婚して、俺はお袋に引き取られた」
「ご両親が……」
「まぁ、世間様じゃよくある話だけどな。けどそん時ゃ俺もガキで、世間ってもんを知らなかったからよ。どうしても……な」
それを理由だと言い張るつもりは無い。
親に責任を押し付ける気は無い。
ただ、やっぱり理由の一つでは、あるのかもしれない。
勝也が、惚れたの腫れたの、恋愛感情というものが理解できないのは。
カルマ、と言うのか。
少なくとも、ルーツではあるのだろう。
「ま、今は別に気にしてないんだけどな。お袋は女手一つで俺を食わせてくれたし、ま、働きに出てたから会えんの週一ぐらいだったけどな」
「寂しく……なかったんですか?」
結が、恐る恐るといった感じで、聞いてくる。
勝也はその問いに「ん?」と少し黙考して、答えた。
「そーいや、あんま寂しいとは思わんかったな。何故か知らんが……」
勝也は首をかしげるが、結には想像がついていた。
(……本当に、気づいていないんだろうか?)
そんな事も思って、結は勝也に訊いた。
「あの、ナナちゃんとの馴れ初めは、どういうものだったんですか?」
勝也は“馴れ初め”という言い回しに少し渋い顔をしたが、「まぁいいや」と流して、話し始める。
「あいつと会ったのは、小学校入ってすぐだったかな? 俺がまだ純粋無垢で穢れの無かった頃の話だ」
「なるほど。その頃はいい子さんだったんですね」
「……真に受けんな。冗談だよ」
しかも、今の勝也の事は、毛ほどもいい子だとは認識していないという事まで分かってしまった。
恐るべし、天然。
閑話休題。
「まぁとにかく、友達作ってわいわいやる気満々だった俺の前でな、ある日一人の女子が廊下で転んじまってたんだよ」
同じクラスの子だと記憶していたので、当時の勝也は何の気無しにその子に近寄り、『大丈夫か?』と声をかけた。
「そしたらそいつ、いきなり『寄るな触るな近づくな』の三連コンボでよ」
「ふふ、その子が、ナナちゃんですね?」
「まぁな。で、俺は当時、純粋無垢で穢れを知らないアンファンテリブルだったからよ。そういう言い方にすぐカチンと来てな。嫌がらせに、寄って触って近づいてやったんだ」
「……典型的ないじめっ子じゃないですかそれ」
いい子だって言ってたのに、と、何故か頬を膨らませる結。
だから、真に受けるなと言ったろうに。
「まぁとにかく。そんで、当然あいつはああだから、暴力に訴えやがってよ。まぁあれが、俺らの闘争の第1ラウンドだったな」
第1ラウンド。
勝也は、ボロボロに負けた。
頬の傷の一つは、その時のものだ。
「あいつ、思い切り爪立てやがってよ。これが頬じゃなくて眼だったら失明確定だったな」
「うわぁ、想像できちゃいますね……」
「だろ? それからしばらくは、リベンジ、やり返しの繰り返しだったな」
第2ラウンド。
根に持っていた勝也が奈々を奇襲し、保健室送りに(勝也は職員室送り)。
第3ラウンド。
根に持っていた奈々が勝也を階段から落とし、これまた保健室送りに(奈々は巧妙に罪を逃れ、無傷)。
第4、第5、第6ラウンドと、先生の介入も無視して、親の説教にも耐え忍び、幾度も幾度も、相手を貶め、陥れてきた。
「んでまぁ、そっからだな。俺らの日々が始まったのは」
そうして勝也は、学校に着くまでの道中、結にこれまでの戦いの数々を語ってみせた。
小1の頃の無秩序な殺し合いに始まり、
小2、他人を巻き込まず、フェアに戦う事を定めた“決闘協定”を結ぶ。
小3、初めて、肉弾戦の喧嘩以外で勝負をし、以後、日常全ての事柄を“勝負”に置き換えるようになる。
小4、社会科見学の行き先で大々的に行ったサバイバルゲーム。
小5、奈々の策略により退学寸前まで追い込まれるも、自力で復活。
小6、修学旅行先の女部屋に侵入。当然、ガチの枕投げ対決をするため。
中1、テストの点が張り出されるようになり、学業でも闘争心を燃やすようになる。
中2、奈々が合気道の黒帯を取得。しかし勝也(空手黒帯)との私闘に使ったために破門される。
中3、卒業式の後、最低教師を焼き討ちするため、最初で最後の共同戦線を敷く。
そして、高1、高2……
勝也の語る戦いの系譜。
そこに登場する奈々は、結の知らない面を持ち合わせていながら、それでも確かに、奈々だった。
不機嫌で、闘志むき出しで、ガサツで、雄々しくて、強くて、勝也の前では、決して弱みを見せない、戦士としての奈々。
そんな奈々の強さも弱さも、勝也は全て分かっていた。
何故なら、ずっと戦ってきたから。
ずっと本気で、ぶつかり合ってきたから。
勝つために、奈々の性格も、癖も、弱点も、全て分析してきたから。
そんな、他の誰も、介入する余地の無い絆が、二人の間には存在する。
悪口や皮肉たっぷりに過去の奈々をバカにする勝也を、その楽しげな表情を見ながら、結は思う。
私は、本当に余計な事をしたのだ、と。
「ん? おっと。いつの間にか学校付いちまったな。歩いても案外近けーもんだな」
勝也のこの発言に、結は思わず吹き出してしまった。
実際は、徒歩で30分はかかっている。
とっくに始業ベルは鳴り終わっているのだ。
しかし勝也は腕時計もしておらず、携帯も開いていないので、その事実に気付かない。
せいぜい他の登校生徒がいない事を、不審に思っている程度だ。
時間も忘れて、夢中で話していた。
これまでの戦歴を。そして、奈々の事を……。
「やっぱり、思った通りでした」
結は、未だに違和感の正体に気づいていない勝也に、一方的に言った。
「勝也さんは本当に、ナナちゃんの事が大好きなんですね!」
花が咲くような笑顔と共にそう言うと、結は会釈して、そのまま校舎の方へ駆け出していった。
「……あ?」
間抜けにも取り残された勝也は、言われた事が理解できず、ボーっと突っ立ったまま頭を掻いた。




