第5話
5.
翌日。
“いつも通りに”学校へ行こうとして、勝也は斜向かいの家に住む奈々を待っていた。
が、しばらく経っても奈々は現れず、どうしたのかと思索を巡らせて、昨日自分が“休戦宣言”をした事を思い出した。
「ちっ」
舌打ちを漏らし、仕方が無いからそのまま一人で登校しようと歩き出したところで、
「あ、あの……」
見知らぬ女子が話しかけてきた。
「あ、あの、あのあのあの……陣内、カツヤさん……ですか?」
制服を着ていなければ小学生かと思う程小柄で、顔の作りも小さく幼い感じ。
その中で眼だけが大きく見えるのは、掛けてる眼鏡の度が強いからだろうか。
髪はショートで、一見すれば男の子に見えなくも無いが、やはり制服からして、性別は女だろう。
そんな感じの、気弱そうな女子が、顔面傷だらけ、坊主寸前の髪型をした目つきの悪い不良男子に声をかけてくるというのは、おそらくタダ事ではない。
しかもこの女子、違うクラスのはずなのに、勝也のフルネームを知っている。
「ん? あぁそうだけど、お前誰?」
勝也は若干の警戒をしながら、女子に訊ねた。
不機嫌そうなその物言いに、女子は気の毒に全身を震わせたが、それでも何とか顔を上げて、自己紹介を始めた。
「え、えっと、わ、私、ナナちゃんの、友達で、叶野結と言います」
緊張しているのか、たどたどしい口調で名乗った、結と言うらしい女子。
しばらく奈々以外の女子と話していなかった勝也は、久しぶりに触れる“女の子らしさ”という奴に、自然と頬がゆるむ。
「へー! あいつにこんな友達いたんだ。しかもこんな可愛い子ちゃん……」
「はわっ!!?」
そして、勝也がポロっと言ってしまった正直な感想を聞いて、結の様子が激変した。
おどおどしながらも、初対面の人に対する最低限の礼節だけは弁えていた結が、突然勝也を突き飛ばしたのである。
そしてそのまま耳を塞いで勝也に背を向けて駆け出し、すぐにその場にうずくまってしまった。
「い、いえいえ止めてください! そういうおべっかとか、ホント嫌なんです! もう聞き飽きてるんですよそういう気遣いっぽいお世辞は! わ、私なんか、そうじゃないんです! ホント勘弁して下さいぃぃぃ!!」
「あ、あの……叶野さん?」
「いやもう止めて下さい! ほっといて下さい! 私、陣内さんを変態みたいに言いたくないんです!」
「…………!!」
衝撃だった。
いや、結の突き飛ばしの威力は一般女子のそれで、勝也がそれで物理的ダメージを負う事など無かったが、
これは精神的に、くるものがあった。
聞き飽きてるらしい。
まぁ、確かに実際可愛いから、よく言われるのかもしれないが。
しかしその可愛さを、当人が全く自覚していないようだった。
と言うかこの過剰反応は、もはや人間不信と言っていいかもしれない。
朝っぱらから、随分と濃いキャラと話してしまった。
勝也は結をフォローする手立ても思い浮かばず、途方に暮れた。
「あっ、違う違う! 今日はこんな事言うつもりじゃ無かったんだ! 何やってんの私! はぅ、ごめんなさいぃぃ」
「……っ!!」
自分で自分を叱って、自分で自分に謝る女子を見てしまった。
勝也は、これまでの人生でも、そしてこれからも、こんな気持ちを抱く事など決して無いと思っていたが、それは違った。
逃げてぇ。
超逃げてぇ!!
勝也は、自分も正常な人間である事を実感した。
「はっ! す、すみませんでした! お見苦しいところをお見せしてしまって……」
「えっ、あ、いや、どうも、こちらこそすみませんでした……」
ショックのあまり、勝也、激レアの丁寧口調である。
そうして一しきり謝り合って、ようやく結も混乱から復活したようである。
「えっと……それで、今日は、陣内さんに、その、お話しがあって……」
「えっ、俺に用なの? あいつにじゃなくて?」
思わず訊ね、自分の後方、奈々の家を指差した勝也。
普通に意外に思う気持ちもあったが、それより、自分がこれ以上この娘と関わり合いたくないという深層心理の表れでもあった。
そんな勝也のさり気ない拒絶意思の方には反応しなかった結は、素直にコクンと頷く。
「はい。あの……ナナちゃん、昨日は、どんな様子でした?」
昨日。
「……あーそーいやいつもと様子が変だったな。ズルはするしコケるしよー」
勝也は苦々しい顔で、吐き捨てるように言った。
その言い方に、結も表情を曇らせた。
「すみません。たぶん、その原因、私、だと思うんです」
「ん? お前の?」
「実は、昨日ナナちゃんに、ちょっと、イヤな事、聞いちゃったんです」
「……イヤな事?」
イヤな話を聞いた。
そう言えば、昨日も奈々はそんな事を言っていた。
「はい。『ナナちゃんは勝也さんの事、好きなの?』って」
「……!!」
そんな話は、自分も聞いたはずだった。
「それで私、全然答えてくれないナナちゃんに、勢い余って、言っちゃったんです」
勝也を、衝撃の波状攻撃が襲ってきた。
「『もし私が陣内さんに告白したら、ナナちゃんはどう思う?』って」
「……っ!!?」
この女、めちゃくちゃだ!
勝也はその衝撃をまともに防ぐ事も出来ず、打ちのめされた。
結は今、震えていなかった。
静かな、真っ直ぐな眼で、勝也を見つめていた。
「少し、歩きながら話しませんか? 私、勝也さんの事、知りたいです」
その眼を見て、勝也は、考えた。
そして、覚悟したようだった。




