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奏水と琥珀の現代日本旅行記 帰宅編

2026年5月4日火曜日。

帰省最終日は朝から部屋で荷物の準備に励んでいた。


これまでの6日間で手に入れたもののうち、向こうに持っていきたいものを段ボールに入れてまとめる作業は琥珀にお願いしている。今回買ったのは主に琥珀のための品物だから、使う本人がやりやすいように梱包してもらえればと思う。


私はといえば、元々自室にあったもの ―つまり機材や楽器なんかを運べるように移動準備をしていた。まずコンセントを抜かないと移動もクソもないので、デスクの下に潜ったり、壁際の絡まった配線を解きながら少しずつ進める。


こんな代物を1世紀以上昔の世界に持っていったら、タイムトラベルのバグ的なやつが起きないか心配になるけど、そもそも別の世界だからループ構造にはならないことを思い出した。ならよし。



にしてもさ、このデスクの上とか機材とか一式バラすの面倒だよなあ。

持っていきたいけど重いし設置大変だし、このままの状態で転移できないかなあ。


女神様の力ならそれくらいいけると思うんだよね。

っていうか人間を転移させる技術があるならさ、この程度の荷物余裕じゃない?


……とすると、いや、待てよ。


はっ! もしかしてこれなら楽に行けるんじゃないか!?




「琥珀!」

「あ、はい。急にどうしました?」

「この部屋ごと向こうに転移させたい!」



…………



…………



「え? 今なんと?」

「この部屋ごと向こうに転移させたい!」



…………



…………



「奏水」

「うん」

「ちょっとそこの窓から一度飛び降りて頭を冷やしてください」

「それただの投身自殺だからね!?」

「奏水の馬鹿は死なないと治りませんから」

「ひどい!!」



え、そんな馬鹿なこと言った?

別に異能の力ならこれくらいいけるでしょ。


琥珀はすんごい呆れた顔をしてる。

いつにも増してこちらを見る瞳が冷ややか。



「えっ、でも神力があればいけるでしょ」

「そんな馬鹿なことを考えた前例がありませんので、経験則での返答は不可です」

「前例はいつだって作るものだよ!」

「馬鹿と天才は紙一重といいますが、奏水はまさしくそれですね」

「それは褒めてる?」

「けなしてます」

「ひどい!!」



なんで。これで一発解決だと思ったのに。

でも私の脳内には設計図が既にあるんだよね。



「うちの隣に空いてる土地があるでしょ、そこそこの広さの」

「ありますね」

「そこにこの部屋を丸ごと転移させればいいんだよ」

「はあ」

「うちの廊下の突き当たりに扉を作って、そこから部屋に繋げる」

「ひい」

「元々この部屋は防音設計だから音漏れの心配はいらないよ」

「ふう」

「つまり増築だよね。今の家の一階部分を拡張する形での増築」

「へえ」

「増築したら私の部屋を琥珀にあげるから。練習部屋に使っていいよ」

「ほお」

「……はひふへほで返事しないでくれる?」

「馬鹿すぎて返事をする気も起きませんね」

「ひどい!!」



なんかむかついてきた。


じゃあわざと荷造りせずにこのままにしておく。

女神様の迎えが来たら部屋ごと持って行ってってお願いするもんね。



というわけで荷造り終わり! 必要なものは全部この部屋の中にあるし!

迎えが来るまで銀の○らでも頼んでお寿司食べながら待とうかな!


むかつくので一人前の桶だけ頼んで勝手に貪り食うとして…………あっ、このえんがわは琥珀が好きそう、頼んじゃおっと。あと青魚系も好きそうなんだよね。イワシとか追加しちゃおっかな。しかしそうなるとバランスも良くないし赤身系で好きそうなやつを、うーん、やっぱり定番の中トロかな? そうだよねうんうん。


じゃあぽちっと注文して……1時間後に配達だね。

今のうちにYouTubeで好きなバンドのライブ映像など見つつ待つとしよう。あ、でもオススメに出てきた紫陽花の名所紹介とか琥珀好きそうだよなあ。これ見よっかな、おーい琥珀、綺麗な紫陽花の動画を見てみようよー!







―――






「……琥珀に厳しくするつもりが甘やかしてしまった」

「奏水はわたしに逆らえないぞっこんなので仕方ありません」

「うぅ……意志の弱すぎる自分なんなんだ……」



むかついてたのに甘やかしてしまった。なんたる矛盾。

私は脳機能が低下しているのかもしれない。


でもこれはこれで幸せというか、琥珀は毒舌になる時はなるけど、基本は優しくて真面目な子だから嫌じゃないんだよね。軽口の一環。


あ、でも流石に罵倒されすぎるとむかつくけど。

DVはよくない。国内暴力反対。じゃない、家庭内暴力反対。言論大事。



「奏水もそろそろわたし相手に毒舌を吐けるようになるといいですね」

「いつの間にか授業を受けていた……?」


という恐怖の事実が判明するなどして部屋でぼんやりしていたところ、午後1時過ぎに女神様がお迎えに来た。ホログラムみたいに登場した。怖い。


いつもの十二単みたいな和服姿でしれっとこの洋室に立っているのはなんともミスマッチなんだけど、技術自体は現代日本の遥か上を行ってるからなあ。ある意味似合う。



「一条さん、帰省は満喫できましたか?」

「はい。おかげさまで」

「わたしも満足しました!」


口調はいつも通り優しかった。

ほんわかする笑顔もいつも通り。


でも、私は今からそれをぶっ壊すかもしれないお願いをするんだけど――



「それはよろしいです。では転移させる準備をしますので……」

「あっ、ちょっと待ってください!」

「はい。なにかございますか?」



よし、言うぞ。琥珀曰く「馬鹿で無茶苦茶なお願い」をするぞ。

はい、息吸って。落ち着いて。伝えたいことを正確に。



「女神様! この部屋ごと向こうに転移させてください!」

「わかりました。部屋ごとですね」

「「…………??」」



え、今なんて言った?

わかりましたって言った?


琥珀が口をぽかーんとさせてる。

いや、私もしてるんだけど。



「あ、あの、女神様」

「はい」

「部屋ごと転移なんて可能なのですか?」

「ええ。人間を二人転移させるよりは遥かに容易です」

「「…………」」



「じゃあ、あの、うちの隣の空き地に転移させて、家の廊下の突き当たりで繋げて」

「はい」

「外観は家に馴染むようにカスタマイズしていただいて」

「はい」

「天窓で採光できるようにしてもらって」

「はい」

「コンセントの数を増やしていただいて」

「はい」

「防音性と耐震性を強化していただきたく」

「はい」



…………



…………



「え、本当にこれお願いできるんですか?」

「はい。我々神からすれば朝食前の軽い準備運動に過ぎません」

「女神様、奏水はだいぶ無茶なことを言っている気がするのですが」

「そうでしょうか? 人の身に起こし得ない事象を起こすのが神というものです」

「「…………」」


「では転移の準備をしますので少しお部屋を拝見しますね」

「あ、はい」

「お二人はゆっくり座って待っていてください」

「わ、わかりました」



…………



…………



「琥珀」

「はい」

「神ってすごいんだね」

「すごいです」

「やばいよね」

「やばいです」

「神対応」

「神ですね」



「これで私の部屋が空くしさ、琥珀の部屋にしなよ」

「ええ。奏水の香りが残る部屋は魅力的です」

「……本当に私の香り好きなんだ」

「好きですね。で、今のわたしの部屋が空き部屋になりますが」

「今日買った荷物の倉庫にしよう」

「肌着も服もたくさん買っておいてよかったです」

「なんせ段ボール50箱分あるからね」

「あと、我が家にお風呂も作りましょう」

「りょーかい」




なんかさ、夢があるよね。

琥珀と一緒だとあれをしたいこれをしたいって思い浮かんでくるし、琥珀と一緒に音楽たくさん作りたいし、琥珀と一緒に遊んで楽しく暮らしたいし。


一年前の自分はどうだっただろう。

確かに楽しかったし、お金はあったから好きなものも買えた。


でも、一人だった。

一人でが一番心地良いと思っていたし、それは嘘じゃない。

自分の世界を作って楽しむことは今でも好きなままだ。



だけど、今は琥珀がいる世界も好き。

一人の時間も部屋も世界も好きだし、なくなるのは困る。あってほしい。


ただ、それと同じくらい琥珀と一緒の時間も部屋も世界も好き。

琥珀がいてくれるだけで、一緒に喋って、同じご飯を食べているだけで、それだけで心が満たされていく感じがする。


それはきっと、ずっと一人で生きてきた自分が、無意識のうちに求めていたものが手に入ったから、こんなにも好きだって思えるんだろうなって。



「奏水、女神様の下見がそろそろ終わりそうですよ」

「……お、もう終わるんだね」

「奏水がぼけーっとしている隙に進んでましたね。もうちょっとです」

「う、うわあ……十二単の美少女がハードシンセ触ってる……」


ああ……時代間ギャップで頭おかしくなる……

真面目なこと考えてたのになあ。



「奏水の考え事はいつも長いですね。今は何を考えていたのです?」

「…………琥珀がいると生活が楽しいなってこと」

「それはよいことですね。わたしも奏水のおかげで退屈しない暮らしですし」

「ねえ、今のそれ、私を面白い玩具扱いしてる?」

「ふふっ」

「半分くらいそう思ってる顔だ……」

「真面目に答えると三割くらいそう思いますよ。なにせ奏水は突飛な発想をなんでもかんでも実現しますからね」

「……返す言葉もございません」

「でも七割は純粋な楽しみです。奏水と一緒だと、これまで共に過ごしたどんな人間よりも楽しいですし、わたしも自分の気持ちを隠さずにいられます」

「琥珀……」

「奏水とは心の大事な要素が似ているのでしょうね」

「私も、そう思う」

「はい。とても嬉しいことです」



……この帰省という名の異世界転移旅行、琥珀の可愛らしいところをたくさん見れたし、お互いのこともより深く知れたし、よかったな。




「お二人とも、準備が出来ましたよ」

「はい!」

「はーい、ありがとうございます」

「ではこのまま向こうの世界に戻りますがよろしいでしょうか?」

「「お願いします」」

「では帰省は終わりですね。少し目を瞑っていてください」



なんだか身体の周りがふわっと浮いてるような変な感じがした。

なので琥珀と手を繋いでみた。その温かい体温がひどく心地良かった。


もうしばらく、転移の時間が続いてくれればいいなと思った。








―――




なお、向こうに戻ってから三日後には全自動湯沸かし機能付きのお風呂とシャワーを完成させ、持参したシャンプーリンスボディソープなどなどの一式を複製することにも成功し、私たちの暮らしはますます快適になった。琥珀ありがとう。天才。琥珀こそ私にとっての神なのかもしれない。

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