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御前会開幕

二年に一度、大洲宮の各州を司る巫女を決める儀式―御前会が始まった。


今年は五十組の巫女候補たちがたった一組だけの巫女の座を目指して鎬を削る。

いずれも出身地域において座学実技共に優秀な成績を残し、その能力の高さを国から認められた少女たちである。


そんな彼女たちは三つの試験で順にふるい落とされ、最後の神楽披露では四組がそれぞれの神楽を披露する。そして最後にこの国を守る女神からの神託によって巫女が決まるという流れだ。


その一次試験は郊外の無人街を丸々借り切った対人戦だ。

かつてとある産業のために作られて発展した街だったが、時流の様々な理由で街自体が放棄され、それを大洲宮が買い上げたという経緯がある。


半径約一キロメートルの街には今もなお建物が並び立ち、細かく複雑な道が入り組んで迷路のような様相を呈している。


そんな場所での市街戦にあたっては参加者の頭上に小さな的が用意され、これを破壊された時点で退場。生き残った三十組が次の試験に進む。



当然少女たちは可能な限り交戦を避けようと知力を駆使して立ち回り、敵と遭遇してしまった場合は即座に逃げるか瞬時に撃破するか。この静と動の使い分けが鍵になる。


さて、そんな中で一組だけ異常な立ち回りをしている参加者がいて―








―――






「はふぅ、お茶が美味しいですねえ」

「だね。綺麗なお茶室で飲んでると心も落ち着くみたい」


奏水と琥珀は街の公共施設に潜り込み、ゆったりとお茶を楽しんでいた。

畳敷きに生け花まで添えられている二階の小さな部屋は外の緊迫した空気から完全にかけ離れていた。


しかしこの街で中に入れる建物はそう多くない。

ならば隠れ場所として圧倒的に狙われやすいはずなのだが、なぜここまで緊張感皆無でだらけているかと言えば、奏水の手元にあるタブレットに理由があり。



「奏水、この辺りに来そうな人はいますか?」

「全然。通り過ぎる人ばっかりだよ、ほら」


奏水がタブレットの画面を琥珀に見せる。

そこに映っていたのは地図アプリと思しき画面とその上を動く黄色い点たちで。


「ふむ、これが奏水の言う音響探査というやつで特定した敵の位置なのですね」

「そうだよ。神力を目印にしたら簡単にできちゃった」

「奏水のやることはもう常軌を逸しているので今さら突っ込む気はありませんが、その存在が見つかったら大変ですね」

「そりゃもう。チートみたいなもんだし」



奏水の言う音響探査というのは、いわゆる音響測深の応用である。

音響測深とは音波を利用して水深を測量する仕組みのことで、船から海の底まで音波を送信して、跳ね返って戻ってくるまでの時間で水深を測る。


奏水は基本音楽の人間なので音波のような物理学的な概念には疎い。

しかしそこに神力という意味不明な最強概念が加わることで思い付いた。


―音波と神力を掛け合わせたものを全方向に送信し、それが他人の神力とぶつかりあって跳ね返ってくるまでの時間を使えば位置も割り出せるのでは?


穴だらけのだいぶクレイジーな仕組みだが、それを神力によって実用化へ漕ぎつけたのが奏水の執念である。ともかくそれが使えるのでライバルが来そうになれば人のいない方へ逃げればよいというわけだ。



「全然来ないよね。当たり前すぎて誰も隠れないと思ってるのかな?」

「それはまあ、屋内なんて袋小路ですからね」

「確かに。逃げられなかったらダメか」

「とはいえわたしたちは逃げる必要はありません。そのために丹精込めて素晴らしく精度の高い罠を仕掛けておいたのですから」

「いえーい! 琥珀ありがとう!」



逃げられないというデメリットは、攻め込んでくる道も一本しかないという防衛上のメリットも生む。そういうわけで琥珀お手製の罠の数々を家屋内に仕掛けてある。その数は十以上。


「では奏水のその変てこな技術が反応するまでお茶を続けましょう」

「ヘンテコ扱いはやめてほしいなあ……」

「わたしからするとその薄い板の中で綺麗な絵が動くのがおかしいのですよ」

「130年後には誰でも持ってる生活必需品になるよ」

「はぁ……文明の進歩は末恐ろしいです……」


というかそれなら私のパソコンも大分おかしいと思うんだけど、というツッコミは口に出さない奏水だった。


しかし試験開始から一時間、まるで動きがない。

終了時にはでっかいラッパの音が聞こえるらしいので試験はまだ続いているということ。流石にあまりにも静かすぎて不安になってくるのは奏水だけでなく琥珀も同じようで。



「……ちょっと表の様子を見てきましょうか?」

「やめてね。それ大雨の時に『川や用水路の様子を見てくる』って言いながら外出てって洪水に巻き込まれる人の台詞だからね」

「まあ洪水に巻き込まれるのはごめんですし……ではここでじっとしています」

「それがいいよ」

「にしても暇ですよ奏水。なにか面白いことを言ってください」

「そんな無茶な」



とうとう奏水を便利な小間使い扱いするようになった琥珀。


「面白いことなんて私の人生には大してないからね。知ってる? 私が言えるユーモアは自虐と皮肉しかないんだよ」

「ゆーもあ?」

「人の心を柔らかくすようなおかしい発言とか洒落みたいなもの」

「なるほど。確かに奏水にはまともなゆーもあはありませんね」

「ひどっ」

「真摯さの裏返しと形容してもよいでしょうけど」

「おお、なんかフォローされた」


なんだかんだこちらの気持ちが暗くならないように配慮してくれる。

琥珀はいい子だなあと思う奏水だった。


「『面白き こともなき世を 面白く』という幕末の名言があるけど、私には世界を変える力はないかな。せいぜい自分の身の周りくらい」

「それでよいのです。大それたことを考える必要はありません。ただとりあえず番であるわたしの退屈を取り除くことは考えてほしいですね」

「……なんてわがままなんだ」

「奏水のわがままに付き合ってあげたのは一体どこの誰でしたか?」

「琥珀様ですその節は誠にありがとうございました」



という実につまらないやり取りが続く。

その間も外では巫女候補たちによる戦闘が続いているというのに何ともお気楽なものだった。




と、思ったその時。



「! 琥珀、誰か来てる!」

「おっ、とうとうわたしたちを狙いに来た襲撃者のお出ましですね」

「別に人がいるかどうか確定したわけじゃないけど……」


奏水の探査アプリが明らかにこの建物へ侵入しようとする存在を探知した。

その二人は屋内に踏み込んだようで、かなり慎重に辺りを見回しながら部屋を一つずつ見て回っている。


「いいですねえ。今からその慎重さをもってしても回避しえない罠によってあなた方は脱落することになるのです! あははは!」

「琥珀、もう完全に悪役になってるけど」

「一度こういう悪い台詞を言ってみたかったのですよ」

「はあ、おめでとうございます」


奏水よりも余程ユーモアのある琥珀の反応を交えつつ、奏水は静かに様子を見守る。そしてそこから数十秒が過ぎただろうか。

静寂を切り裂くように階下から二人の少女の声が響き―


「「きゃあぁぁっ!?」」



琥珀の仕掛けた罠が見事に発動した。



「うまくいきましたね! この部屋へ続く唯一の通路の一番手前に仕掛けた罠に引っかかりました!」

「どれに引っかかったかまでわかるんだね」

「そこは色々細工をしまして。で、今の反応は足元を奪う類の罠に掛かって頭上からずばしゃぁっと水を掛けられて混乱しているうちに仕掛けておいた神力の弓矢を乱射して的に当てたという感じです」

「うわあ……ゴ○ブリホイホイの進化系じゃん……」

「その言葉が何を指すのかは知りませんがこれは正当な戦略です。なおこれに相当する罠はまだ九個ありますので心配はいりません」

「この鬼ガール怖すぎ……」

「床の水はすぐに蒸発するように仕込んでおいたので痕跡も残りません」

「完全犯罪やめてね」



そして見事に引っかかった約二名はすごすごと建物から出て行った。

という段階で奏水から質問がもうひとつ。



「でも今の人たちがずぶ濡れになって出てくる様子を誰かが見たら、私たちがここにいるってバレるんじゃ」

「とはいえもう時間も過ぎています。残りの人数は減っているはずなので、自分から危険のありそうな場所に踏み込む人は少ないでしょう」

「そこまで考えていたと」

「ええ。仮に序盤で踏み込まれたら別の手を打ちましたが……まあそもそも限られた屋内に入ろうとする人自体が少数派ですので」

「頭良い人が悪いこと考えるとこうなるんだね」

「これはあくまで正当な戦略です」

「策士……作詞もできる策士……」

「ふざけたことを言っている暇があったらわたしの退屈をどうにかしてください」

「今結構なことが起きたと思うんだけど!?」

「刺激が足りませんね。弱すぎます。炭酸レモネードのように痺れるやつをお願いします」

「あなたの罠が何よりも痺れる完成度だと思いますけど……」

「お褒めいただきありがとうございます。ですが甘い言葉にはつられません」

「レモネードも結構甘いけどね」

「奏水よりは苦いですよ」

「嘘っ!? 私そんな甘い人間に思われてたの!?」

「ふふっ」

「不敵に笑うのやめてもらえますか怖いんですけど」



なんともくだらないやり取りの一方、退場させられた二名がずぶ濡れになって拠点に戻っていたのを慌てて迎え入れる監督者がいたことを二人は知らない。


そして、終了を告げる合図が鳴ったのはそれから十分ほど後のことだった。



「やりましたっ、一次試験突破です!」

「ほぼ何もしてないけどね」

「奏水は何もしてませんね。わたしは頑張って罠を仕掛けました」

「いや私も音響探査してたんだけど……」

「そういえばそうでした。忘れていました」

「琥珀がどんどん毒舌になっていく……助けて……」



嘆きながら建物を出た奏水が空を見上げれば太陽が真上まで昇っていた。

巫女への道はいたって順調、空の綺麗な青色と少しだけ浮かんでいる雲の白とのコントラストも心を穏やかにする。


そしていよいよ次の二次試験は秘蔵アイテムを活躍させる。

そのわくわくに身を委ねながら琥珀と共に次の一歩を踏み出したのだった。





なお、琥珀の毒舌は一時的なものだったが、その後も時折現れるようになったとかならなかったとか。

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