またの名を公道走行試験
「ひゃっほー! 道路交通法違反最高ーー!!」
奏水は街中で歓喜の雄叫びを上げていた。
西暦2026年の日本で叫んだら即座にお縄となるような台詞を。
「……よくわかりませんが法に反している気がしてきました」
そんな奏水の背中に抱き着いて怪しんでいる琥珀。
番の奇行には慣れたがここまで機嫌よさそうに叫んでいるところは珍しい。
そして二人を通行人が客観的に見ると実に不思議な光景になっていた。
というのも二人が乗っている見たこともない乗り物が何よりも注目を集めるから。明らかに今までの歴史に存在しない乗り物だから。
その見た目は小さな車輪が四つ付いた板状の何かに、その前方から垂直に伸びた棒の先端に持ち手がくっついているという奇怪なもの。
馬車が最新かつ最速の移動手段として活躍しているこの国においては、そもそもこれが乗り物という認識を抱くことすら難しかったが、それをすーっと滑るように走らせて駆け抜けていく姿を見ると流石に移動手段として認めざるを得なかった。
さて、何故このようなシチュエーションが出来上がったのかを説明するには御前会の二次試験について改めて確認しないといけない。
一次試験を難なく突破した奏水と琥珀は少しの休憩を置いてすぐに二次試験に移ったのだが、その内容は事前に知らされていた通り街中を使った謎解き形式の試験だった。
具体的には与えられた指示の紙に基づいて次の行き先を推定し、そこで待っていた問題を解きながらまた次の場所へ向かう……というもの。
つまりこの大洲宮近辺のそれなりの距離を移動する必要があるが、あいにく引きこもりDTMerには体力など無いに等しい。
そこで奏水が頼ったのが好事家にして新しいものに目がない桜蘭鷲果だった。
神力DIYで試作したプロトタイプの二人乗りキックボードを持ち込み、これを神力で動かせるように改造してくれと頼んだわけだ。
そこからは二日に一回のペースで鷲果の店に通った奏水は修正指示と自力での改修を繰り返し、約二週間という短納期でキックボードを完成させた。
二人乗りでも十分問題のない幅と安定性、神力を動力源として長時間運用できる効率、そういったものを十分追求した結果の完成品である。
なお、転んだ時に関しては自分で自分の身を守ることにしている。もちろん安全運転を前提としてだが。
というわけでお題を手にした奏水は琥珀の指示でキックボードを快調に飛ばしており―
「いやあ、鷲果さんのお陰ですんなり作れちゃってよかったね!」
「わたしは新しい乗り物を作ろうとする約二名に呆れていたのですが……」
「この世の中のあらゆるものは無謀と言われながら夢を見た人たちが叶えてきたものなんだよ。フルプラでそう言ってた」
「ふるぷら?」
「それは忘れていい」
「はあ。ともかく無茶なことをしているなと思っていました」
「でもその結果こうして楽できてるわけで」
「楽というよりずるですけど」
「決まりには反してないから大丈夫」
ぐんぐんとキックボードを走らせる奏水はいたって機嫌がよく、琥珀の方がまだ納得のいかなそうな微妙な顔をしていた。なお、悪目立ちすることには慣れているのでその点は気にしてはいない。
大洲宮の繁華街をするすると抜けて街の外周へ出れば自然が少しずつ増えてきて、神社や歴史的な建物が次々とお目見えする。
そんな光景の中を通過するキックボード、少々罰当たりにも見えなくはない。
「ところで琥珀、この子のすごい機能を知ってる? ずばり音力発電!」
「おんりょくはつでん?」
「周りで鳴っている環境音や人の声から発電することができる仕組みだよ」
「はあ、奏水の使っている発電機とやらとはどう違うんです?」
「あれは雷属性の神力を注いで発電してるでしょ? こっちは神力がいらない。ただの音から発電してキックボードを動かせる。つまり神力の節約になる!」
「もう奏水の発想の次元が高すぎてわたしはさっぱりですねえ」
「ありゃ。刺さらなかったかあ」
奏水の言う音力発電というのは数年前に日本の有名な大学が開発に成功したばかりの概念で、実際はナノファイバーシートなるすごそうな何かを使うらしいが、それを神力DIYによって再現してキックボードに組み込んだのが奏水だった。
要するに街中を走っているだけで勝手に発電する。
風の音、建物の戸や窓が開いた時の音、仕事や生活から発せられる音、人の身体が発する音、喋り声、そういった全てを受け止めて電力に変える。
これによりキックボードという電力負荷の大きそうな乗り物も無理なく動かせる。
「つまるところ琥珀が何か喋ってくれる度に私の神力負荷が少なくなるんだよね。というわけで何か雑談をしてほしいんだけど」
「じゃあ奏水がひとりごとを続けてください」
「……流石琥珀、この冷たさがたまらないっ……!」
「奏水に変な趣味が芽生えつつありますね」
「そうさせたのは琥珀だよ」
「はぁ……」
という少々危ない会話を続けながらも琥珀の指示通りにキックボードは山の麓へ向けて駆け抜けていく。
琥珀によると麓にある小さな神社が次の目的地らしいのでそこへ向けて走る。
路面は少々不安定になってきたが、そのあたりはタイヤを大きめに作っておいたので問題なく走行できていた。
景色は徐々に変わり、古い建物がどこか厳かさを醸し出している細道を抜け、麓に位置する大きな鳥居の元へ辿り着いた時には自然と二人とも会話をやめて辺りの空気に没入していた。
キックボードをその近くに停めて参道へ踏み込んでからも口数は少なく、先導する琥珀の後に付いていく奏水。
そうして五分ほど歩いた先の拝殿の前で試験用紙を見つけた琥珀は。
「奏水、これが試験問題ですね」
「うん。これの答えが次に行くべきところになるんだっけ」
「はい。ちなみに参加者ごとに行き先は違うので被ることはありません。要するに後ろを付けられる心配はないので、奏水がさっきからちらちらと後ろを気にして振り返っている動作はいたって不要なものと言えます」
「いやいや知ってるなら先に言ってよ」
「ふふっ、背後を気にしている動作が可愛らしかったのでつい」
「可愛い要素は何もないと思うけど……」
そう言い残してからは試験問題にじっくりと目を通す琥珀。
奏水にこの辺りの知識はないので天才様にお任せだった。
試験用紙には長文が記されていて、それを十分に読んだ上でキーワードを導き出し、更にキーワードを組み合わせて次の行き先を見つけ出す。
長文の内容は学院で習う初歩的な知識からマニアックなこの国の歴史にまつわる用語や人名まで登場するので解読にはどうしても時間を要する。
つまるところその間は奏水の貴重な休憩時間。
運転手がサービスエリアで休息を取るような安らぎの時間と言える。
ところが甘かった。なにせ今奏水の目の前で問題を解いているのは大洲宮においても破格の天才と言うべき少女であり―
「奏水、問題が解けました。出発です」
「早っ!? もう解いたの!?」
「ええ。拍子抜けでしたね。御前会の試験がこの程度とは……」
「いやいやまだ3分も経ってないけど」
「早く終わるのはいいことです。なにせ先着勝ち抜きですからね。早速行きますので変な乗り物の準備をしてください」
「運転手と乗り物への配慮は!?」
「では来た道を戻りますよ」
「無視!?」
くるりと背中を向けて先に歩き出した琥珀がにまにまと笑っていたことを奏水は知らない。見事に弄ばれているというか、扱い方を理解されてしまっていた。
そしてこの流れは行く先々の各地点でも同じで―
「奏水、次の行き先がわかりました。ここから街を抜けて真逆の方へ行きます」
「ひどっ!?」
「そのために乗り物を開発したんですよね? ご主人様の役に立ってください」
「いつの間にか下僕扱いになってる!?」
「奏水が望むなら愛玩動物に格上げしてあげてもいいですよ」
「それもっと酷くなってない!?」
「ご主人様に餌をもらえる幸福な身分です」
「餌!? 私への食事は餌だったの!?」
「よく食べてくれるので躾甲斐がありました」
「なっ……」
「あはは、冗談です」
「冗談にしてはしんどい……」
「奏水、次はちょっと入り組んだところにありますので口で指示しますね」
「わ、わかった」
「ではまさに今いるこの十字路を右に」
「指示遅っ!! 急に曲がれないから!!」
「馬車は急に曲がれるのにこの子はできないのです?」
「馬車とは速度が段違いですからね!?」
「なんだ、思ったよりも無能な乗り物でした。では次の交差点を右斜め前に行ってください」
「なんか前方に六本くらい道が分岐してますけど!?」
「え、奏水はこの程度もわからないのです?」
「わからないよ!! 土地勘ないからね!! じゃあ琥珀が運転して!!」
「面倒なのでいやです」
「わがまますぎる!!」
「さて、では最後の問題も解けましたので答えを携えて大洲宮に戻ります」
「はぁ……これでようやく運転から解放される……」
「そうです。運動が苦手で体力もない奏水に合わせるためにわざわざこの謎の乗り物に付き合ってあげたわたしに感謝してください」
「どの文脈で急に感謝する話になったのかな!?」
「ただでさえ神楽で目立っているのに更に悪目立ちするという物好きな行為に同行してあげたのです。わたしは別にここまでの道のりを自分で走ってもよかったのですよ?」
「ひぃぃぃっ!! すいませんでしたお付き合いいただきありがとうございました!! 大変深く感謝しております誠にありがとうございます!!」
「わかればよろしい、です」
「はいっ、深く理解致しました琥珀様のご寛大な対応に謝意を表明致します!」
「あはは、奏水に敬語を使わせるのは気持ちいいですねえ!」
「琥珀の悪役度合いが更に増してきてる……」
「まあわたしは普段から敬語なのでたまには逆でもよいでしょう」
「……そう、かもね」
という締まらない会話を繰り返しながら二次試験は終わりを迎えた。
なお、キックボードで爆走して移動時間を短縮した二人が圧倒的なまでの一着で試験を終えたことは言うまでもない。




