新開発三本立て
突然だが私一条奏水はメンタルが死んだところから完全復活した。
大げさに聞こえるかもしれないが人生の諸般を振り返ると割とマジな危機だったので、そこを乗り越えて復活しただけあり大変快調に暮らせている。
琥珀がどこまで戦略を練って私をここまで誘導したのかはわからないしわざわざ尋ねようとも思わないが、勝手に曲を作って私の創作意欲をそれとなく引き出し、うまく調子に乗せて正気に戻し、最後に私の精神状況と心の問題を把握してカウンセリングを施すという完璧な流れ……何も考えていないとは思えない。
…………うん、やっぱり琥珀はすごいな、大人だな。
どうやったらそんな境地に辿り着けるんだろう。もしかして人生二周目?
という冗談は置いておき、人生一周目の頼れる相棒の力を借りながら私は大事な制作を進めている。二年に一回の巫女を決める御前会、その神楽で披露する楽曲だ。
少し前まで書いていた曲には自信を失くしてボツにしてしまったが、それを軽く超える最高のアイディアが生まれたので鋭意制作中。琥珀がくれたアドバイス― 妥協せず考え続けることによって至った発想だけあって自分の中での納得感もすごいし、すとんと腑に落ちるというか、手応えすら感じている。
さて、あまりにも抽象的なことばかり言ってしまったのでここからは具体的な話をしよう。
御前会への対策は大きく分けると二つある。
第一に神術での勝ち抜き戦対策。これは既に試験内容がわかっているので、三種類の試験それぞれに対して策を用意しているところだ。
まず第一の試験はバトルロワイヤル形式の市街戦。
人を退避させた中規模の街で神術による殴り合いと探り合いがバランスよく要求される試験といえる。ただ強いだけでは勝てず、探索や隠密が得意なだけでも勝てない。
これについては私の担当で、元の世界から持ってきたタブレットと雷属性の神力を応用してとある機器を製作中だ。なにせパソコンをDIYで作った実績がある。
その時のことを思い出せばこの手の製作など楽勝だ。うん、間違いない。
さて、ではこのタブレットに神力を注いで電気を通して……
おっ、電源入ったね。でもこの世界だとアプリは機能しないねえー、それもまたよし。
ではここにアプリDIYを始めます。
ソフトウェアすら生み出す神力の万能っぷりに感謝しながら……えーと、じゃあそこをこうしてこういう基礎を作って……そこにこういう機能を足して……そしてこういう表示をさせて、プログラム的にはああいう処理を施して、さらにこのタブレットのあれとそれとこれと繋いで……うんうん、そうだねこうだねいいねいいよー、いい感じになってきたよ、そして神力の本質は空想から成る物語の存在であることを深く理解した私ならば最後にこのアプリにこういうストーリーを埋め込んで、神力の本領を引き出して……おおっ、いいね、そうこうこうそういい感じだよ……おー、可愛いねアプリちゃん可愛いねいい子だねいいよいいよ最高だよー、そして仕上げに完成形のイメージをずどんと投下して……
――ぼふんっ!
……おっ、出来たかな?
なんか勢いで乗り切っちゃったけど実際に使って試せばいいや。でもちょっと覗いた感じなら問題無さそう。神力はやっぱりチートだね、無限の可能性ってやつだね。
え? それでこのタブレットにどんなアプリを作ったのかって?
それはまあ御前会で実践する時に。
続いて第二の試験は市街地を移動しながら与えられた問題を解いていく、いわゆる謎解き。
これに関しては琥珀の頭脳があれば問題ないのだけど、私たちの短所である体力の少なさは結構響く。疲れ果てて移動速度が落ちたらライバルに負けるかもしれない。
そういうわけで移動面を補強するべくとあるアイテムを有識者に開発してもらっている。
まあこの国で乗り物開発するような物好きなんて鷲果さんしかいないけどね。
1890年の日本に酷似したこの国には未だ自転車すら存在していないのに、なんとか開発まで持ち込めたのは運がよかったというか、鷲果さんの趣味的なツボを上手く突けたからで間違いない。そして琥珀の財力のお陰でもある。お金ありがとう。
で、開発は順調に進んでいるので時々鷲果さんのお店を訪ねて進捗確認しつつテストを重ねているところ。御前会の半月前くらいまでには完成しそうで安心。
そしてもちろん琥珀にもとある開発を依頼している。
が、それは三つ目の試験に使うものではない。この試験は単純に神術での対戦なので特別な対策は不要。私の神術も仕上がり上々だし琥珀は心配する要素もなし。
琥珀に頼んでいるのはずばり照明である。
イベント会場とかで上のほうに吊るされてたり、舞台の足元に並んでたりするあれね。私は全然詳しくないけど、こいつらは御前会の最後で絶対に必要になる。つまり私たちの神楽である音楽を披露するその場所において、照明演出が欠かせない存在になるようなプランを立てている。琥珀にもまだ全容は話していないけど。
今この国の建物の中で主に用いられている照明 ―元の世界で言うところの室内照明だが― 特定の機構を仕込んだ装置に神力を注ぐことで明かりが灯るという仕組みになっている。なので方法論自体は既に存在するのだ。
ただそれを会場で使う大掛かりな照明にまでアップデートできるかは別の話。
具体的に要求している照明は二種類あって、サイドスポットライト(舞台の両脇に置いてステージ中央へ向けて照射する)とフットライト(舞台のすぐ前の下部に置いて下から顔を照らす)なのだけど、そのどちらもが特定の方向へ照射するという性質を持っているから、室内照明みたいに全体を広く照らすものとは違う技術が求められる。
そこを任せられるのはやはり天才の琥珀しかいない。
神力や神術、それらを応用した技術への理解と造形は非常に深いからね。
ただ技術を知っているだけでは全容を把握できない領域へも届く人。
さて、そういうわけで自室で実験している琥珀の様子を見に行くとしますか。
どうなってるかな?
「琥珀ー、どんな感じ?」
「奏水っ、ちょうどよかったです! これを見てくださいっ」
襖を開けて様子を窺ったところ、ちょうどライトを手に持っていた琥珀と目が合う。
すごーく笑顔なのを見るに実験がうまくいったのかな?
そのライトを手渡しで受け取ってみると、元の世界にあったものとそう大差ない黒色のフォルムがしっかりと出来上がっていた。土台があって、そこに筒の部分(って言えばいいの?正式名称がわからない)が埋め込まれて斜め上へ照射できる形。
「へー、ちゃんと重さもあっていいね。簡単にずれたりしたら困るからありがたい」
「そう発注したのは奏水です。忘れないでください」
「そうだっけ? ってことは昔の私いい仕事してるなあ」
「はあ、奏水はこういうところがいけませんね。やっぱりわたしがちゃんと面倒を見ないといけません。具体的には、こ、こんい」
「ところで琥珀! これどうやって明かり点けるの?」
「…………」
あれ、なんか興ざめな顔してるけど。
でもこの子のテストの方が大事だからね。教えてもらわないと。
えーと、この筒の上側に神力の受入機構があるからここに向かって神力を注げばいいのか、どれどれ……じゃあ手をかざして神力をそっと流し込んで……
おおっ! ちゃんと光った!
しかも白色電球みたいな良い色合い!
ほう……これが照射されてまっすぐに光が伸びていく……
今は狭い部屋だから壁に当たって台無しだけど……うん、すごく良い。
「琥珀、これはすごいよ。私の理想通りと言っても過言ではないね」
「えへん。奏水の好みならわたしはお見通しですっ! ……と言いたいところですが奏水の指示が的確だったのでそれを再現するに努めたまでです。この発光でよければ、横から照射する明かりも問題ないでしょう」
うん、流石琥珀。天才はやることが違うね。
地頭の良さが段違いなんだろうな。
じゃあ、そんな天才になら追加で頼んじゃってもいいよね?
「それはいいことだね……あっ、そうだ。ついでにもう一個お願いがあるんだけど」
「はい、なんです?」
「この照明、遠隔で点けたり消したりできるようにしてほしい」
「…………はい?」
あれ? 琥珀が真顔になったけど。
「演奏中に私のシンセサイザーで鍵盤を押したら勝手に点くようにしたいんだよね。あと、発光の強さも制御したいなあ」
「…………奏水?」
えっ、なんか私やばいこと言った?
「奏水が規格外の異才であることはよく知っています。知っていますが、それに付き合えるかは別です」
「は、はい……」
「その要望はかなり無茶です。なので、これから奏水にはわたしの制作に付き合ってもらいます。いいですね? こんな無茶なことを言った人間としての自覚はありますよね? 嫌とは言わせませんよ奏水」
あっ、やば……完全に面倒なこと言っちゃったパターン……
ま、待って、琥珀がぐいって顔近付けてくるんだけど待って怖い怖いそんな形相で笑顔を浮かべないでもらえますか琥珀さん怖いです助けて鬼が来る食われる怖いっていやまじやめてこれ以上迫らないでぇ――!!
「ひゃ、ひゃいっ……お付き合いしましゅっ……」
「よろしい。では今晩から制作を始めます。動きやすい格好でこの部屋に来てくださいね。勝手に寝たら許しません」
「わっ、わかりまひたぁ……」
て、天才を怒らせた一般人の末路だぁ……




