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音楽記録計画 其の二

大洲宮の中心部近く、琥珀と奏水の自宅は夜十一時を過ぎてもなお灯りを付けたままでその光が小窓からわずかに外へと漏れ出ていた。


普段であれば既に就寝しているはずの時刻に二人揃ってまだ起きている理由は他でもなく、音楽記録媒体を作り出すための打ち合わせと実験を続けているからだった。


奏水の自室― つまりこの国で唯一パソコンとプリンターが存在している空間で二人は大型のディスプレイに向かって静かに意見を交わしていた。


「琥珀、こんな感じでいい?」

「はい。良さそうなので一度出力してみましょうか」


画面に映し出されていたのは二人の第二作である紅灯恋歌のボーカル譜。

奏水が元々自分用に作っておいた譜面を琥珀の指示で弄り回し、それを手元のプリンターで出力する。




このような実験をするに至った経緯を振り返ると、まず図書館で先駆者の伝記を読み終えて帰宅した瞬間に奏水を呼び出して己の計画を熱弁したところから始まる。



琥珀が語った内容はこうだ。


まず神術の本質は自身の持つ神力と想像から成る物語を組み合わせることであり、この本質に則れば独自の神術を生み出すことも可能。


しかし奏水が音楽を聴かせたいと思っているこの国の人々の大半は、それらを遂行するほどの技術を持ち合わせていない。そこで琥珀が考えたのは書籍自体に物語性を深く染み込ませ、そこに神力をただ注ぐだけで神術行使(=音楽の再生)ができるようにする、という案だった。


神力自体が物語性を帯びているうえで、更に神力を注ぐ対象が物語そのものであれば、技術がなくとも神術の行使に至ることも可能だと考えた。


この推論に基づき、琥珀は書籍に載せるべき内容を大きく二つに分けた。

一つ目は音楽自体を司るもの ― つまり楽譜である。幸い奏水のDTMには打ち込んだ内容を自動で楽譜にして出力する機能を備えていたので、それを紙にして実際に印刷すればよい。


二つ目はまだ奏水には話していなかったので後にするとして。

ひとまずその試作としてボーカル譜を印刷して実験というわけだ。


「んー、これで本当に音楽が鳴るの? っていうかボーカル譜って音符と歌詞しかないから琥珀の声って別に組み合わさってないんだよね」


奏水は少々不安というか懐疑的に考えているのだが、琥珀があまりにも熱心に言ってくるので「琥珀がここまで情熱的になるのならやってみるか」という思考が深夜の奏水を動かしていた。


「声が聴こえたとしてもそれはボカロみたいな感じになっちゃうかも? あ、でもボカロにも声の主がいるのか。うーん、じゃあどうなるんだろう?」

「『ぼかろ』が何なのか知りませんがこれは実験です。失敗することが実験です。とりあえずやってみましょう」

「お、おう。琥珀が本気だ」


というわけで印刷した譜面に琥珀が神力を注ぎ込む。

まだ文字と音符しか存在しない紙っぺら一枚だから、神術を行使するには自身の技術を活用する必要がある。目を閉じて数秒、数十秒。琥珀は黙って紙に手を当てて繊細に神力を注ぐ。


そして、おおよそ四十秒ほど経過した後―


「……うわっ、本当に歌メロ鳴ってる!」


ただの紙から本当にメロディが聴こえてきた。

譜面に載せた詞は無機質な機械音声のような声で再生され、しかし音程は合っている。琥珀は一度音が鳴り始めれば集中を解き、自らもそれをじっくりと吟味するように耳を傾ける。


「鳴りましたね。とりあえず神術行使の第一段階は成功と言えるでしょう」

「そ、そうかも……?」

「では次はわたしの声で再生できるように試行しましょう。奏水、そのでぃーてぃーえむの中にわたしの声を録音できるようなそふとうぇあはありますか?」

「うん。一般的な録音ソフトだけど。でもそれを紙に落とし込むとなるとどうすれば…………ん? いや待って、紙に出力する方法……ある、あるね」

「ほう。ではそれを実践しましょう。では今から歌いますので録音準備をしてください」


奏水が思い付いたのは録音した歌を波形の形で出力するというアイディア。

ただ、波形自体は声色までを示すものではなく、あくまで周波数の可視化。正直これを紙に出して神力を注いだからといって琥珀の歌声が鳴るとは思えない。


でもやってみる。物は試しである。

そういうわけで何故か紅灯恋歌を完璧に覚えていた琥珀がその場で歌録りを済ませ、それを奏水は波形にして出力。琥珀は先程のボーカル譜と一緒にまとめて神力を注いでみる。


「…………うーん、わたしの声ではないですね」

「だろうね。でもさっきより人間味はあるというか、ちょっと前進した感じはする」

「ですです。なので次を考えましょう。失敗は成功の前段階なのです」

「はーい」


そこからは二人して格闘の時間が始まった。


奏水はDTMと録音ソフトのあらゆる機能を引っ張り出してなんとか琥珀の歌を文字媒体に落とし込めないかと方法を探る。必死に自分の知識の中からアイディアを絞り出す。

琥珀は紙で出力した波形データと睨めっこしながら神力を注いではあれでもないこれでもないと試し、ボーカル譜に向かって神力を注ぎながら熱唱するなど体当たりで挑戦でした。


しかしそう上手くはいかず時間だけが過ぎる。

夜更かしが特技の奏水も流石に集中が切れてきたようで、椅子にもたれながらぐーっと背伸びしてあくびしている。琥珀は腕を組んだまま唸っている。


「ふぁぁ……やっぱり難題だねえ」

「はい。少し見立てが甘かったかもしれません……」

「そうかも。……はあ、息抜きにミキシングでもしよっかな」


と言い残して奏水は紅灯恋歌のミキシング、つまり音のバランスの調整作業を始めた。先程録った琥珀の歌が非常に良かったのでそのまま音源として仕上げようという魂胆である。

音楽の息抜きが音楽になるあたりに奏水の気質がよく窺えた。


愛用のDAWソフトを立ち上げて黙々と画面に向かう奏水の横で、琥珀がまだ腕を組んだまま唸っている。先程よりも唸り声が大きくなっているがヘッドホンを着けた奏水には届かない。


やがて琥珀も万策尽きたのか諦めたように大きく息を吐き、徐々に強くなっていく眠気のままに奏水の画面をぼけーっと眺めるようになった。まったく見方がわからない未来のソフトウェアの動く様をとりあえず眺めて時間が過ぎていく。


奏水が操作する。変なつまみが上下に動く。数字がころころ変わる。

なんにもわからない。余計に眠くなる。


そもそも琥珀は奏水のパソコンが動く仕組みも、スピーカーに音を飛ばす方法も、なにひとつわかっていない。琥珀からすれば奏水の使う技術の方が神力よりよっぽど不可思議だった。



―それにしても奏水はどうやってこんな機器を作り上げたのだろう?


ふとそんなことを思った。ぼけーっとする頭で考えた。


(たしか……奏水が部屋にこもって変な演説みたいなことをやってて……誰かに聞かせてるみたいな喋り方でごちゃごちゃ言ってましたね……)


(それで確か神力を使って……タイプライターからぱそこんを作っていたような……)


琥珀の思考はどろどろに溶けていく。

そしてその中でとりとめのないイメージの連鎖が始まる。人間が眠る前に自分でもわからない無意識のうちに色々な物事を連想したり言葉の羅列が浮かんできたりすることがあるが、まさにそういう状態だった。


(奏水のぱそこん、神力、未来の技術、想像、変な演説……)


言葉たちが一つの器に放り込まれてぐるぐると混ざっていく。

脳という受け皿の中で無造作に絡み合い、組み合わさり、形を成し、そして―


(…………ん、神力……? 奏水は、神力を使って……ぱそこんを作った……? だとしたら……じゃあ…………)


そこで繋がった。というより気付いた。

奏水は初めから神力を使ってパソコンやスピーカーを作っていた。

それも変な演説をしながら。完成までの道筋を声にしながら。


ということは。



……………………



「ふぅ、これでミキシング完りょ「奏水ぃぃっっ!!!!!」ひゃいぃっ!?」


琥珀が叫んだ。過去一の声量で奏水の名前を呼んだ。


「奏水っ!! わかりましたっ、見えましたっ!! 今すぐわたしの言うとおりにするのですっ!!」

「へっ、え、あ、はいっ、しますっ、しますからちょっと落ち着いてっ!!」

「これが落ち着いてられるかってんですっ!!」

「琥珀の口調がおかしくなったぁ!? キャラ崩壊だぁっ!?」

「『きゃら』が何なのかは知りませんがいいんですっ、奏水っ、神力と演説ですっ!! ぱそこんを作ってた時のあの妙ちくりんな演説ですっ!!」

「へ…………あっ、あれ!? 待って待ってあれ黒歴史なんだけどっ!!」


奏水にひっついて耳元でまくし立てる琥珀が求めたのは、あの番組ごっこをしていた時の奏水の神力DIYだった。神力を使い出してすぐの頃、自室でこっそり楽しんでいたはずが琥珀に全部聞かれてドン引きされた奏水史上最高クラスの黒歴史である。


「奏水、神力と神術に大事なのは物語ですっ、あの奏水のぱそこん作りは奏水が作りたいものを詳しく喋って声にしながら道筋を立てたからこそ上手くいったのです!! 道筋は物語の原型ですっ、つまりあの時のように奏水が声にしながら神力を行使すれば新しい『そふとうぇあ』さえ作れてしまうに違いありませんっ!! さあっ、その完成した音楽を文字化するそふとうぇあを今から作るんですっ、今すぐですっ!!」

「ひっ!? 琥珀が鬼になったぁっ!?」

「今すぐやれって言ってるんですっ!!」

「ひゃぃっ!! わかりましたぁ!!」


もう逃げられないと悟った奏水はDAWソフトの拡張機能用のスクリプト画面を開く。本来はここでプログラムを組むことで新たな機能を自ら追加できるわけだが―


「え、えっと、じゃあ完成した紅灯恋歌の音源をWAVファイルじゃなくてテキストデータで打ち出すコマンドを作ればいいってことだよね。そうしたら紙に印刷もできるし」

「はいっ、とりあえずそれでやってくださいっ!! いけいけぇっ!!」

「琥珀が完全に壊れた…………」


しかしこの壊れた相方を直すには目標を達成するしかあるまい。

極めて冷静に、しかし楽しむ感じも忘れずに奏水はキーボードを叩く。


「じゃあ簡単なプログラムを組みながらやっていくよ。まずはミックスし終えたバランスのまま音を記録していくためにパラメータの書き出しから……」


最低限の初心者レベルだがスクリプトも書ける奏水が、神力を込めながら打鍵していく。

琥珀には意味を読み取れない言葉たちを語るように呟きながら次々と打ち込んでいく奏水。神術行使に100%の自信は持てていないからこそ、少しでも文字で補助しようという意図だった。


そのまま十数分で打ち込みを終え、いよいよ本題。

奏水が神力を注ぐ対象はパソコンの心臓であるCPU ―の代わりとして埋め込んだ手持ちのスマホである。ここにDTMやDAWソフトの元になるソフトも入っている。


「音を出力して文字にする……まず神力の冒頭に音色を定義する文章を入れてDAW上のミキシング時の状態を反映……それぞれの音の鳴り方を楽譜の代わりに文字にして落とし込む……」


琥珀がすぐそばでじっと見守る。

奏水はCPU部分に手を当てて神力を注ぎながら集中を研ぎ澄ませる。


「音とメロディと歌が全部落とし込めたら……それを最後に全部一つに統合して……神力の出口を作ってやるみたいにぎゅっとまとめて……管みたいな感じで……」


奏水の中には一つの回路のようなものが出来上がっていた。

無数の道からやって来た音が集まって一本の道にまとまっていく。道筋とはプロットであり、プロットを根幹として物語は生まれる。


音楽はフィクションであり、文章のない物語。

そのように考えてきた奏水だからこそ行使できる神術だった。


神力を注ぎ続けて十秒、二十秒、三十秒―


その様子を固唾をのんで見守る琥珀。

奏水が今までに見たこともないほどの真剣な表情で集中している。


その集中がふと途切れたのはパソコンの横に設置したプリンターから発した駆動音のせいだった。まず琥珀がそちらに気を取られ、続いて奏水もふっと息を吐いて集中を解いてからそちらを見やった。


印刷されてきたのはB判の用紙が三枚ほど。

琥珀が手に取ってみれば、そこに写っていたのは―


「へ? な、なんですこれ?」

「ん、どれどれ……」


白黒で描かれたイラストだった。

歓楽街の灯りが煌々ときらめきている様子と、そんな街中に一人佇んでいる少女を描いたものだった。音楽に関係しそうな文字や音符なんてものは少しも見当たらない。


琥珀は戸惑っていたが、奏水は合点がいったようで。


「なるほど。神力はこういう形で出力してくれたんだ」

「ど、どういうことです?」

「私が曲を書く時ってなんとなく風景というか絵画みたいなものを思い浮かべながら書いてるんだよね。紅灯恋歌の時はそれこそ歓楽街で身売りが起きているような街の風景を。だから文字よりももっと適切というか、物語という本質に合う形で出力されたんじゃないかな」

「なるほど……で、でもっ、大事なのはちゃんと音が鳴るかですっ」

「うん。そこは琥珀に任せた」

「もちろんです、ではやりますよ……!」


今度は琥珀の番。

これまでの人生でも一二を争うほどの集中をもってイラストと向き合い、神力をゆっくりと、目前のイラストに寄り添いながら、そして自ら詞を書き上げた紅灯恋歌を咀嚼しながら注ぐ。


今代随一の天才少女がその技能をフルに活用して神術の行使に取り組んでいる。

その気迫を感じた奏水の方が息を呑んで行方を見守る。


そして、長くも短くも感じた十数秒の後。


「奏水、来ますよ」

「…………へ?」


琥珀の静かな宣言からわずかな間を置いて―


「…………えっ、うそ、本当に鳴ってる…………」

「やりましたね。ちゃんとわたしの声です」


本当に紙から音楽が鳴った。

あまりにも現実離れしたその様に奏水はぽかーんと口を開けて放心し、少しして夢遊病者かのような足取りで紙に近付けば手に取ってしげしげと眺め始めた。完全に混乱していた。


「え……音質、普通だし……音のバランス大丈夫だし……なんで? なんでスピーカーもないのに紙から音が出るの? だめだ、意味わかんない……」

「奏水、落ち着いてください。それをやったのは奏水自身です」

「いや、まあそうっちゃそうだけど……え、神力万能すぎない……?」


奏水は終始口をあけっぱなしで現実を受け入れ切れない様子だった。

ただ、再生が終わると静かに琥珀の方を見て―


「これ……本当に私たちがやったの……?」

「そうですよ。奏水ががんばったからです」

「…………そ、っか……うん、そうだね」


その表情には困惑が残りながらも、少しだけ満足げなものが浮かんでいた。

そんな奏水の様子に琥珀も嬉しそうに頷く。


そしてその安心感が生まれた途端、これまでの集中により忘れかけていた眠気が一気に蘇ってきて―


「琥珀っ……だ、だめ、もう寝る…………」

「ふぁぁ…………わたひもっ、ねむくてっ、みゅっ、りっ…………」


二つ並んだ椅子、二人で肩を寄せ合ったまま眠りに落ちた。

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