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温故知新、あるいは不易流行

奏水と琥珀のコラボ用制作は休養を挟みながら二日間にわたって続き、完成したアレンジをしたためて初のリハーサルに向かったのがその一週間後。


下手するとオリジナル曲の制作よりも悩んだ一曲は、丸一日かけて練習したことでしっかり身体に染み込んでいる。譜面も持っていくが暗譜で大丈夫だろう。


というわけで今回のリハーサル会場は、大洲宮周辺の繁華街から歩いて十分ほどの場所に位置する立派な建物の中だった。お金持ちのお屋敷かなと思うほどの大きさ、でも豪勢というよりは堅くて質素な感じがするというのが奏水の感想だった。


「すごいお屋敷だね」

「それはまあ、琴成家は由緒正しき一族なのでこれくらいの建物は持ってますし」

「あ、言われてみればそうだった」

「奏水はたまに頭が回らない時がありますよねえ。不思議です、普段は鋭いのに」

「あはは……」


琥珀からの容赦のないツッコミに苦笑しつつ、中に入ると案内役の人が出迎えてくれるからそれに付いていく。


歴史の教科書に載っていてもおかしくない……というのは過言かもしれないが、少なくともそこらそんじょの歴史ある古民家みたいな建物よりもよっぽど荘厳だ。歩いているだけでひんやりとした冷たい空気というか、身が引き締まるものを感じる。


そして襖を開けた先に広がっていたのは大広間とでも言うべき畳敷きの大きな部屋で、二人を出迎えたのは当主たる琴成眞澄、そしてもう一人いて―


「あら、奏水さん、琥珀さん、今日はよくいらっしゃいましたね」

「は、はい。お邪魔します」

「ええと、よろしくお願いします」


そんな挨拶を睨みつけてくる四人目の人物というのが。


「…………よろしくお願いします」


琴成佳純。奏水と琥珀に喧嘩を吹っ掛けてきた張本人だった。

つまり二人と合奏する相手というのは母子コンビということだ。


「こら、佳純。挨拶は丁寧にしなさい」

「…………母様、私はこの雑種どもと馴れ合う気はないのです」

「まあそう言わないで。もしかしてこの母に歯向かうほど嫌なのです?」

「…………いえ、やれと言われればやりますが」


いかにも彼女らしい態度というか、親には逆らわない辺りが名家の子という感じがする。それでもむすっとした表情と二人の方を見ようとしない様子から明らかに嫌がっていた。


「二人ともごめんなさいね。この子はちょっと反抗期なの」

「反抗期じゃないから!!」

「とは言うけどお年頃でね。でも琴はすごく上手なのよ、ぜひ聴いてほしいわね」

「っ…………」


そこで埒が明かないと思ったのか琴の前に座り直して演奏に集中しようとする佳純。気持ちを平静に、心は凪のように、目を閉じて集中を研ぎ澄ます姿は次代当主に相応しいものに思えた。


それを見た奏水と琥珀も急いで楽器を準備していく。

奏水はシンセサイザーが一台、琥珀は和ギター一本。今日は増幅装置は必要ないしイヤモニも要らない。音合わせ、それなら楽器だけで十分だ。


まずは奏水が事前に仕込んできた琴の同期音源を流して、二人が加わったパートの説明も兼ねて一度演奏する。わずかに目線を合わせて、それを合図にして息ぴったりに弾き出す。


奏水のシンセサイザーは基本となるグランドピアノにうっすらとストリングスを掛け合わせた音色で、琥珀の和ギターは三味線を意識しつつも琴との差別化を図るべく少し柔らかく抑えた音色で乗っかってくる。


奏水はコードを抑えることに徹している― と思いきや途中で琥珀の演奏が抜ける部分では右手でメロディも弾く。平坦になりがちな全体の演奏にアクセントを加えようとする意図だ。

琥珀は三味線風の音色を活かして単音をひたすら連ねていくアレンジに落ち着いた。ただそれだけでは緩急が付けられないので、途中で休符を長めに入れたり、わざとコード的に複数音を鳴らす箇所もある。


五段砧という今回の課題曲は演奏時間が十分にも及ぶ。

全員がひたすら鳴らしっぱなしでは冗長になることを考慮し、琴のみのパートも用意している。敢えて空白を作るという奏水の戦略が当たるかどうかは実際に合わせた後でないとわからないが― そこも含めて音楽というもので遊ぼうとしているのが奏水だった。



そして、その演奏を聴き終えた眞澄が開口一番に発したのは奏水へのアレンジの意図の確認事項だった。琴と新しい楽器との組み合わせに際して注意したことと工夫したこと、音同士がぶつかることがないかの再確認、空白期間を残した理由、その他諸々。


詳細に確認してくる眞澄の ― プロの音楽家の質問にも臆さず答えを返す奏水。

琥珀も自分の演奏の範疇であれば奏法の狙いについてもしっかり答えた。


例えば、琥珀の和ギターの演奏が前面に出てくる部分について。


「ここで琥珀さんの楽器が複雑に動きますよね? 意図としては穴埋めですか?」

「はい。琴の演奏が単音で長く続く部分だったので、そこを前後半で区切って考えました。前半はどの楽器も抑えめにして落差を作ります。後半はそこから私たちの楽器で少しずつクレッシェンド― じゃないや、音を増やしていって空気を作って、そこからもう一度琴の演奏が速くなる部分に上手く繋げたいという意図です」

「わたしとしては、琴の単音に対して三味線の方を和音にすることで全体の空気感を上手く出したいという感じです」

「なるほど。承知しました、納得です」


といったやり取りを十か所ほどで繰り返し、それが終わったタイミングでようやく眞澄がふーっと大きく息を吐いて張り詰めていた空気を崩し、そこでようやく奏水もプレッシャーから解放されたのである。


(うっ……やっぱプロの詰問は怖いなあ……)

(奏水が珍しくちょっと緊張してましたね、やはり眞澄さんは凄味があります)


「お二人の狙いはよくわかりました。概ね問題ないと判断しましたが、一度合わせてみてから再度確認したいところですね。―佳純、準備してね」

「…………はい、母様」

「では早速やってみましょうか。弾き始めはこちらなのでお二人は入ってきていただければ大丈夫ですよ」

「わかりました、お願いします」

「承知しましたっ!」


奏水以外とのセッションは初めてで気が張っているのかちょっと噛みそうになった琥珀。

奏水は存外平然としているというか、適度な緊張感を保っていた。


そこから琴成親子の二重奏から始まったセッションは、同期音源を相手にした時とはまた違う独特の感覚を呼び起こさせる時間だった。


具体的には生演奏のリアルタイム感と音の響き。


生演奏は演者のミステイクもちょっとした演奏のズレも全てが瞬間的に伝わってくる。相手の音をしっかり聴いて、全体の音像を俯瞰していないと自分の演奏だけ逆に浮いたり独りよがりの先走りになってしまう。その緊張感がある。


加えて演者には手癖というものがある。

奏水と琥珀が参考にしてきた演奏に多少のアレンジが(演者の無意識のうちに)加わっていたりする。そうなると音同士がぶつかって奇妙な響きになってしまうこともある。いかにそれに対応していくかもリアルタイムで考えながら動かないと良いものにはならない。


とはいえ琥珀はまだそこまで気に出来るほどの余裕はない。

音楽的な技量とセンスを一定程度備えている奏水の仕事だ。


それにしても琴成親子の演奏は素人の耳でも分かるほど上質であった。

そもそも単純に演奏技術が高いというのも感じるが、こちらの演奏に合わせて響きを控えめにしたり、逆に前に出る時に圧を出すといった取り回しが上手い。その息もぴったり合っている。


あれだけの演奏をしながらこちらの音もしっかりと耳で拾い、その意図を噛み砕きながら自身の演奏に反映している。その技術に舌を巻く奏水。


(いやあ、やっぱりプロはすごいなあ……場数とセンスがまるで違う)


そしてそんな彼女たちの姿勢からは、こちらの音楽から何かを得ようとしている雰囲気も感じた。まあ娘の方はどうなのか知らないが、眞澄に限って言えば明らかにこのセッションから新たな刺激を得ようと神経を研ぎ澄ませている。


それを見つめる奏水の脳裏に浮かんだのは不易流行という四字熟語だった。

かの松尾芭蕉の流派が唱えた理念であり、新しいものを求めて変化していくことこそが俳諧における本質であるという意味だ。そしてそれを今まさに成そうとしているのが視界に映る琴成家の当主であり、奏水と琥珀の音楽から新しさを求め、それを知って噛み砕いて自らの世界に落とし込もうとしている。そんな風に見えたのだ。


そして奏水は同時に思う。

向こうが不易流行であれば、こちらは温故知新だ。古くから続くものに触れてそれを紐解き、そこから新しい知識を得たり世界を広げていく。奏水が一人で家にこもって曲を書いているだけでは到底体験できなかったであろう一流の演奏家とのセッション、そして伝統と革新を両立せんと試みを続けている野心家との音楽を通じた会話は確実にこの先の糧になる。


新しきを求める者と故きを温ねる者。

対照的な二人の主導するセッションはそれでも同じ方向を向いていた。

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