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ある日の制作現場

その日、奏水と琥珀は自宅の制作部屋で作業に励んでいた。

奏水はDTMの画面に向き合いながら、琥珀はその近くで椅子に座って和ギターをぽろんぽろんと爪弾きながら奏水の作業を待っている。


余談だが奏水の使っている椅子は神力DIYで造った愛用のアー○ンチェアもどきになっており、琥珀用にはひじ掛けが付いていないモデルを用意してあった。(ギターを弾く時にひじ掛けは邪魔なので)


そうして二人して制作に励んでいるわけだが、何を作っているかといえば―


「ふーっ、土台部分の打ち込みは済んだかな。土台っていうか原曲ね」

「はい。では一度再生してみてください、わたしが聴いて確認します」

「じゃあ琴経験者の琥珀にお任せだね、よいしょっと」


奏水のPCと繋げたスピーカーから流れてきたのは琴の二重奏楽曲である五段砧(ごだんぎぬた)。江戸時代の終わりに作られた琴のアンセム的な一曲だ。二台の琴によって奏でられる旋律はユニゾンのような部分もあれば、ベースとウワモノに分かれる部分もあり、聴いていてとても面白い。


で、奏水がわざわざこの曲をコピーして打ち込んだ理由はというと。


「うん、これで大丈夫ですね。眞澄さんの納得のいくものを作るためにも、この土台部分がしっかり把握できていないとわたしたちの制作は正しく進みませんからね」

「ね。琴二台と私のシンセと琥珀の和ギターで合奏だからね、そこはしっかりしなきゃ」


眞澄と奏水の熱の入った音楽談義の中で眞澄が提案し、奏水がすぐに食い付いたのは両者の合奏― 現代日本でいうところのコラボレーションという着地点だった。


元々琴の名家である琴成家と、新しい音楽を持ち込んできた奏水と琥珀。

それらが合わさればまた新しい音楽が、面白いものができるに違いないと合意した両者がすぐさま企画を精査し、来月の公演で披露する手はずを整えたわけだ。


そこで企画に上がって来たのが五段砧であり、琴成家が長らく演奏してきたこの名曲に奏水と琥珀の楽器を加えるということで二人はアレンジを整えるべく作業に励んでいる。


「うーん、やっぱりメロが良いし私は和音を当てるくらいが良い気がする。あ、でも琴の和音ってピアノとは違うんだよね。3音以上、下手すると6とか7とか一緒に鳴らすんだもんね」

「ですね。人間の指は十本ありますから極めれば十音を同時に鳴らせます。まあそこまで行くと重なり過ぎてなにがなんだか……という具合ですが」

「でも私は片手しかコードに使えないからね。とりあえずいい落としどころを探ってみるよ。琥珀はどうする?」


そして和ギターを弾き始めてそう長くない琥珀にしれっとアレンジの話を振る奏水。中々暴虐的な投げ方だが琥珀は平然としていて―


「そうですね。奏水のしんせさいざーで音色の新鮮さは十分出せると思いますから、わたしは両者を聴いてその間を持てるような音色で攻めたいところです。琵琶とか三味線の音色を奏水の力でちょこちょこ弄ってもらえると嬉しいですね」

「りょーかい。じゃあ私が先にコード打ち込んでみるから、出来たところでまた声掛けるよ。今のうちにリフとか考えておいて」


その言葉を合図に二人は別々の作業に入る。

奏水は自身が弾くことになるシンセサイザーの鍵盤系の音で和音を打ち込んでいく。

琥珀は原曲を聴き返して自分で鳴らすフレーズや構成を考えつつ色々試し弾き。


その様子はさながら分業制音楽ユニットのアレンジ作業現場だ。

いや、実際にそうなのだけど。


その途中でふと背後を振り返った奏水は、和ギターを鳴らしながらリフを考えている琥珀の姿を見てはなんだか感慨深いものを感じていた。


(なんか、本当に音楽できちゃってるな。まさかこんなに順風満帆で、琥珀の才能も一気に開花するなんて思ってなかった。私、すごくラッキーだな)


そもそも思い返せば異世界に迷い込んでしまったところから、ここまで快適な暮らしと優秀な相棒と楽しい音楽制作が全部叶っていることが不思議だし、すごくありがたいことだと思った。

もしあのまま現代日本で暮らしていたらここまで満ち足りた環境にありつくことはできなかったに違いない。そう思うとこの国に来れたことがむしろ良かったとすら思えてくる。


琥珀がギターに向き合っている姿は、昔テレビ番組の中で見た憧れのギタリストがスタジオで一心不乱に楽器を鳴らしている姿と重ねって見えるし、自分がくるっと振り向けばそんな姿がすぐ近くにあることが嬉しくて喜ばしくて。


「ん、奏水、どうしました?」

「……その、琥珀が一緒にいてくれてよかったなって」

「急にどうしたんですか、奏水にしては素直ですね」

「ちょっとね。琥珀の存在がすごくありがたいなって思った」

「まあそう言われて悪い気はしないですね。こちらこそ、ですよ」


そう告げてにこっと微笑んだ琥珀の笑顔に思わず胸が高鳴る。

琥珀の笑った顔なら何度も見てきたけど、なんだか今日は特別に思えた。



そう思うと琥珀という存在は本当に不思議だし、すごく大きい。


まずこの世界に迷い込んだところを最初に見つけてくれたのが琥珀だった、それが本当に奇跡だ。もし他の人に助けを求めていたらこの未来はまずあり得なかった。


そこから琥珀が自分を保護してくれたのも、家に泊めてくれたのも同じだ。

すぐに然るべき保護施設に預けていたら琥珀との関係はそこで途切れていたはず。そしてあの夜に互いの人生を語らうことがなければ巫女への道は開かなかった。


そして自分の神力が運よく恵まれていたこと、楽器や機材を造り出す方法があったこと、琥珀に歌と作詞と楽器演奏の才能・知識教養・理知的な思考が全て備わっていたこと。どれもこれも偶然とは言えないほどの運命的な巡り合わせによる、としか思えない。


そして何よりも琥珀が自分という人間を好いてくれたことが一番大きい。

嫌いな相手と番になるなんてあり得ないし、一緒に暮らす中で嫌になってしまう可能性もあったのに、琥珀は自分に対していつでも前向きで、慕ってくれる時もあれば導いてくれる時もある。


こんなに素晴らしい人と巡り合えたことが、どれだけ幸せなことなのか。

それを今になって噛み締める。


(琥珀……どうしてこんなに私のことを好いてくれてるんだろう)


考える。でも人付き合いが苦手で人間関係を避けてきた自分にはよくわからない。

人が何を考えているのか、読み取る力なんてそんなになかった。


だから、逆に自分が琥珀と一緒にいる理由を考えた。

命の恩人だから? 保護者代わりだから? 優秀な音楽家だから?


全部当てはまるし、でもそれらが全てではないと思う。

だって一緒に暮らしていて嫌じゃなくて、むしろ心地良くて、琥珀と会話をするのが楽しくて、一緒にご飯を食べてるとほんわかした気持ちになって、同衾すると安心して。


この気持ちは……いったいなに?


頭の中を色々な言葉が駆け巡る。

親愛、友愛、敬愛……小説で読んだことのある単語が思い浮かぶ。


でもまだなにか違う。

この気持ちに名前を付けるとしたら、もっと相応しい言葉があるとしたら―


それは、もしかして、まさか。


私は、琥珀のことを―





「奏水っ? おやつにしましょう!」

「…………へっ?」


でもその思考は結論に至る前に琥珀の声で遮られて。


「なんだかぼーっとしているので疲れているのかと思いまして。氷菓子を買ってあるのでおやつです。休憩です。糖分を補給しましょう」

「そ、そうだね、うん。ありがとう」


そこでようやく現実に戻ってきた。

しばらくの間動かさなかったDTMの画面からはカーソル表示が消え、手元の鍵盤はスリープ状態に入っていた。そんなに長く考えていたなんて。


でも、中断した思考はなかなか戻ってこなくて、でも琥珀の用意したおやつに魅かれてしまう自分がいて、それでとりあえず思考を離してしまうことにした。


椅子から立ち上がれば琥珀が嬉しそうに手を引いてくれて―


「奏水とおやつ、ですっ! 楽しい時間ですねっ!」

「――うん。私も楽しいよ」


琥珀がにこにこ笑ってるから、なんだかもうそれでいいかなって思った。

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