58_解放と後始末
『旅団』の者らは公都たるベネルーシェ城へと向けて出立するため馬車に戻ると、もう一台の馬車が、乗り捨てられた状態となっていた四台の馬車に合流していた。
「……申し訳ございません、戦闘は終わりましたでしょうか」
その馬車に乗ってきていた者は、比較的軽症でありながらも大事をとって休養に充てていた者たちだった。
「あの炎は……ルナさん、ですよね?」
「ええ……まただわ。本当に、どうしようかしら……あたしもルナに、どんな言葉を掛けていいのか分かんないのよ」
リカはあの炎を見た者達から、あの場で何が起きたのかを訊かれていた。一方でリカも、あの状況を引き起こして塞ぎ込むルナの対応に苦悩していた。
指導者としても、あの激情の産物をどう制御する、いや制御してもらうか————。
そもそも、あの暴走によって生まれた産物を制御できるのか、リカにそれを成せるのか……それすら、計りかねていた。
「負傷者はどうされました?」
戦線離脱していた者達から次々に投げかけられる質問に一つずつ答えていく中にそれはあった。
「……レイ以外は、公都に直接向かったわ。勿論、あの炎を避けてね。レイは……あそこよ、二人が首を縦に振らないのよ……全く、色々やってくれるわね」
リカからそう聴かされても、誰一人彼らの意思を責められる者は居なかった。
そもそもレイを危険にさらし、半ば暴走させたような形で敵勢を倒すように仕組んだのはリカであり、レイ自身も、ルナも、その場にいた全ての者がそれを事実上認めた形だった。
自らの枷を外すことのできないリカと違って、未だ精神的な不安定さを持ち合わせていたルナは、自らの半身を失うようなことになれば全てを解放することを厭わない。それを信じた結果が“これ”であった。
ベネルーシェ入城にはひどく手間を掛けた。その主な原因は、ルナの炎が起こした場外の状況を一目見ようとして群衆が城外に向かおうと城壁の方まで押し寄せ、かえって被害が出たことであった。小さな怪我を負った者から大やけどを負った者までおり、全て自業自得であるにも関わらず、「解放」したはずの『旅団』側に訴え出る者が居たのである。
交渉の結果として帝国の正規軍隊が入城するまでの駐留こそ認められたものの、公国の要請に従って救援したはずの『旅団』を白眼視する者が公都には多く、所によっては『旅団』の負傷者の治療を容易に受け入れてくれないこともあり、早く帰京を、という声も中にはあった。
「……ルナ……大丈夫?」
宿屋の一室でルナとシズネは常に傍にいた。レイは別の部屋にされていた。
あの惨劇から数日が経った今でも、自分の行った行為をルナはひどく後悔していた。自分のことをひどく責め、それに加えて魔皇帝の言葉も反芻しているルナの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。シズネはレイのことも心配だったが、それ以上にルナがまた自分の元から居なくならないかを気にしていた。
「……シズ、ありがと。私は、大丈夫……いなくならないから。一緒に、レイの所に行こ?」
「……分かった、行こう」
別の部屋にいたレイを見舞いに行くと、既に起き上がっていた。数日前から目を覚ましていたものの、あれ以来で起き上がったのは今日が初めてだった。
「レイ……大丈夫……?」
「ああ、とりあえずはな……っ!」
急にルナに抱きしめられ困惑するレイだったが、一方のルナも安堵のあまり何一つ言葉が出ないようで、静かに大きく泣いていた。余程レイのことが心配だったのだろう。シズネもルナのように大泣きとまでは行かないものの、二人の姿を見て涙ぐんでいた。
******
レイがルナと抱き合っていた頃、同じ宿屋のまたもう一つの部屋ではリカとマリがこれまでのこと、現状のこと、今後のことについて報告する内容と、誰に宛てるかを考えていた。
「宛先はまあ……とりあえずカゲト、よね」
「まあ、勅書を持ってきたのは竜里の家ですからね。内容については……閣下は怒りを通り越して呆れ果てることでしょうが。どちらにせよ、まずは閣下より取り次いでもらうことが肝要かと」
そもそもがルナの暴走を当てにした——ルナ本人を含む三人以外が分かっていたこと——話ではあったが、これほどのことになろうとは誰一人として思いもしなかったことだった。
二人は考えながら、話しながらではあったものの、カゲトへ宛てた書簡をすらすらと作成していく。この世界以外では幼い頃にしか筆を持たなかったリカは随分と崩れた字ではあったが判読できるものにはなっていた。その一方で普段から筆で何かを書く習慣が身についているはずのマリの字も、随分と崩れたものであった。
リカ独自の言葉が混じっていないかマリに確認してもらっているうちに、マリの書いた書簡を見る。
「……相変わらずね。硬筆の方が得意だったかしら」
「私は筆で書く教育はほとんど無かったですからね、色々あって。書類なんてカゲト様から任せられたことなんて無いですよ。花押を添えろとは言われますけど」
花押はサインのようなものであり、個人を示すために作っているものあった。
「そういえば、カゲトも字はあんまり変わんないか。マリは色々と教養も足りないけど」
「……師匠? そろそろ黙ってくれません?」
マリはいかに師匠といえど、苦境故の苦しみを馬鹿にされたような言葉を吐かれることは許せなかった。
元々マリ・イシュトヴァーレという女性は、戦災孤児である。それ故に、龍朱帝国では平準化されている初等教育すらろくに受けられなかった。彼女の転機は帝国による魔術の才能調査であり、石版による検査の結果によりそれが認められて帝国陸軍への門を叩いた。
リカのいじりも甘んじて受け入れていたが、常々嫌だと伝えてはいた。この世界に来る直前まで全く挫折を知らない天才だったリカには、苦学というものが理解できていなかった。
「……ごめん。あたしはさ、マリのこと理解できてはないからさ……分かったって、軽々しく言える立場じゃないよ」
マリも憮然としていたが、リカからそう言われてしまうと二の句を継げなかった。
「……でも、カゲトの字はどうしてあんなのなんだろうね」
この世界に来て三年以上経っているものの、現代の知識が抜けないままのリカには、カゲトの字体が理解できなかった。いわゆる草書体に近いものだが、りかにはそれにも見えなかった。
「さあ? 私はこの通りですので書類仕事は基本的に任せますし、よくわかんないです」
「いつか、訊いてみようかしら?」
「……下手に突っ込まない方がいいと思いますよ。どこに闇を抱えているか分からないお方ですから」
カゲトに長く側仕えしているマリから、窘められるリカだった。先に書簡を書き終えたマリはそれでは、と言葉を掛けて泊まっていた部屋へと戻っていった。
******
今から出発しても到着には数日かかるだろう、そしてそれに関係なく『旅団』の面々は早々に帰京するようにと、カゲトからの返書にはあった。既に入城から一週間は過ぎていた。
帰京の為の準備が終わった頃、カゲトからルナ、レイ、それに加えて新たに加わったシズネとは話をしたいと、その期間をどこかで設けたいとの書簡が追加で届いていた。どこで、とは書いていなかったものの暫くは桐都より『旅団』全員の出京の禁止についても書かれていた。
ルナは浮かない顔をずっと浮かべていた。それに合わせるかのようにレイとシズネも気を落としていた。ルナは今の状況を作ったことに負い目を感じていたために、何もできないままこの場を出て行くことに拒否感があった。
嫌がるルナをどうにかして抑えつつ、彼女たちは帰京していった。
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