54_公都救援へ
ヴィシュトレンからベネルーシェまでの道は一本道だった。
道中には村落もなく、木々の生い茂る森があるだけだった。
ヴィシュトレンで合流した者たちは、重傷者を除いた十四名で、合流の翌日には公国の首都・ベネルーシェへと向かっていた。
「随分と、静かですね」
「ええ、そうね……気味悪いくらいにね。公都は森を抜けた先だから、向こうは見えないけど、余程彼らは賢いのかしら。
人間が一番嫌がることを知ってる。いつ襲撃されるか分からないという疑念に駆られる。
とはいえ、彼らは包囲に集中してるのか……それとも、ただこの馬車が見えていないから警戒感がないだけか」
第一班の馬車の中で、団長と副長の師弟が話す。
数度の襲撃を受けていた彼女らにとって、この一本道での襲撃が全くないことは、酷く拍子抜けであり、かつ疑心暗鬼にさせることだった。
「師匠……こんなに静かで、大丈夫なんですかね?」
「……そう思うのならば、構えておきなさい。あたしは取り越し苦労な気がするけどね」
マリは……現役の軍人であるマリでさえ、不穏に感じるほどに、森の中を通る道は静まりかえっていた。
リカも平静を装ってはいるが、決してその奥にある不安は見せようとしなかった。しかし、それでも漏れ出ていた。
「獣たちすらいない、というか……奴らに狩り尽くされているようにすら思える、というか」
「……なら、むしろ、この先で待っている奴らの方が、よっぽど嫌な感じがするわ。
まるで、あたしたちを待ち構えているみたいね」
この主従にして師弟が、揃って違和感と警戒感を感じ、口にしていたのは、緊張感を切らさないためだった。
ただ、木々が揺れる音以外には全く、何一つ音のしないままであり、それが強烈な違和感になっていた。
一本道を通って、数時間で首都の城門が見える、小高い丘まで来た。
「前方に城門! ——そして、城壁を囲むように、包囲する魔族を確認!
……数は、城門周辺のみで一万程かと!」
先頭の馬車で手綱を握るイツキが叫ぶ。
尤も、彼が報告した数は、実際に数えているわけでもない、なんとなくの数字を推測し、それを伝えたのみである。
報告を聞いたリカは、あくまで冷静に捉え、ひたすら思考を巡らせる。
「イツキ、馬車を丘から降ろして。一旦、作戦会議よ」
イツキがリカの指示に了解、と言おうとする前に、城内に乱入されていないかを気にしたマリが大声で聞く。
「城門の方はどうなってんのよ!?」
「マリさん、魔族は城門を囲んでいるだけです。だからか、めちゃくちゃ多いですけど」
「……なら、まだ、大丈夫、ね」
よく統制された魔族の軍隊だと思いながら、先行していた、イツキの操る馬車は丘を駆け下りていく。
******
慌てて馬車三台を森の中へと隠し、彼ら、彼女らはそのまま作戦会議に入っていた。
「……あの状況じゃ、奇襲しか、なさそうね」
「でも、そうなると、この馬車はどうするんですか?
仮に放棄する場合、『旅団』のモノですし……そうそう買い直せる代物ではないでしょう?」
アズサが当然の疑問を呈するが、リカは気にする素振りも見せなかった。
「放棄するつもりはないわよ。
……そんな余裕なんてないからね。本当なら、イツキやセルト、ラウルには馬車を守るために残ってほしい位なんだけどね。
でも、十四人しかいないのに、それはできないわよ」
「じゃあ、どうするんですか?」
リカの腹の中へと切り込むアズサ。少し考えて、リカも言葉を返す。
「早く敵の主力を潰すしかないわ。勿論、こちらの陽動も作戦には必要だと思うけどね」
「となれば、より奇襲を有効にする必要がある」
イツキの呟きは、リカの考えていたことをより明確にさせた。
「奇襲、ねえ……もう、作戦なんていえたモノじゃないけど。
魔族の軍勢の隙を突いて総攻撃を仕掛け、城門周辺の敵を蹴散らして、突破口をこじ開ける。
……これくらいしかないだろうね。だけど、これが一番有効だわ」
聞けば聞くほどに短絡的な作戦——そもそも作戦とは言えそうにないと、彼らを率いる大将が言う位のモノ——ではあるものの、目的地、救援先であるベネルーシェがこの状況である以上、そしてこちら側の人数の観点から、それ以外にはあり得そうになかった。
「団長、仮に城門の敵を打ち払って、城内に入れたとして、残った外敵の排除はどうするおつもりで?
一応聞きますけど、救援は私たちだけの、ベネルーシェ入城を指してるわけじゃないでしょう?」
ギルベルトの後ろにいた、目を閉じながら考えていたポーラがリカに問う。
『旅団』はこの紫髪の彼女も含め、大なり小なりポンコツはいれど、少なくとも今いるメンバーは、バカではない。
自分からそれを切り出そうとしていたマリこそ、出鼻をくじかれたような表情になっていた。
しかし、今この中にいる人間全て——そもそも戦闘要員ではない、そして何も知らないシズネを除く——が、一致してこんな作戦一つで片付く状況ではないと認識していた。
「……このままだと、城内に入れたとて、包囲はまたすぐに穴埋めされるでしょうよ。
そうなれば、同じことをもう一回やらなきゃいけないですから。かなり厳しくなると思いますよ。
それに、城内に入ったところで、今の状況を改善できなきゃ、それこそおしまいです。
はっきり言って、『旅団』以外の武装ギルドは全くもって使えないですし、来れたところで足手纏いになるだけ、かと」
言いたいことを先に言われたマリだったが、すぐに思考を切り替えて、ポーラの言葉に続けて発言した。
それは、現役軍人としての自分が知りうる、機密に触れかねない内容ではあったが、状況としてこれ以上無く正鵠を射ていた。
今のままではかなり厳しいと言う考えからの言葉であったが、普段からリカを師匠と立て、状況認識において信頼しきっているマリからは、なかなか聞くことのできないものであった。
しかし、リカは眉一つ変えずに言い返す。
「……違うわよ。私たちだけで奴らを退かせる」
「本気で言っているのですか!?」
「ええ、本気よ。一旦戻ったところで、立て直せると思うの?
あたしたちは、早急に、と言われたのよ。ここまで来たら、あたしたちだけで全部、やりきるしかないのよ。
……別に、数が全てで、それで優劣が必ずしもつくわけじゃないわ。
前にカゲトの随員としてきたときならともかく……今なら、分かるでしょ?」
「でも、私には、今の私たちの数では、相手全てを倒しきる……殲滅は、いくら何でも難しいと思います。
……たとえ、残りの班が、合流したとしても、です」
リカも、マリも、互いが言わんとしていることは理解していた。
一撃を与えて退かせるのであれば何とかできなくもない、そして、全てはやってみなければ分からないと考えるリカ。
根本的な解決には敵の殲滅以外あり得ない、そして、根本的解決を図ることは、今の『旅団』の戦力でも難しいと考えるマリ。
二人の考えの違いが、二人の言葉の中に、鮮明に出ていた。
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