33_覚醒ともう一人の存在
倒れた二人を抱えて、五人は境町の拠点へと戻ると、二人の少女をベッドに寝かせて夜まで待ったものの、彼女たちは起きなかった。
それから三日、念のためカゲトが第八師団の軍医を呼んで、二人の状態を見て貰ったが、彼女たちの身体に別条はないという。
……だが、それでも彼女たちは目覚めなかった。
次の日の朝。リカはいつも通りに彼女たちのいる部屋に向かうと、金髪の少女は、既に起き上がっていた。
「……ここは、どこ? ……あなたは、もしかして、リカ、先生?」
「そうよ。ここは街の中。安心して……ここに、あなたに対して危害を加えるような人はいないわ。
それに……隣を見て。ルナもいるわよ」
レイはこの部屋の周囲を見渡した上で、隣のベッドを確認する。そこには、確かに藍髪の少女がベッドに横たわっていた。
「ルナは、大丈夫……なんだよな? でも、どうして俺とルナだけが、ここで寝ているんだ?」
「息はしてるし……大丈夫よ。ルナは死なないわ。魔力切れが、ちょっと酷いだけよ」
「魔力切れ……? 魔力って何?」
「そうね……どう説明すればいいんだろう? レイ、でいいわよね?」
リカがそう聞くと、彼女はコクリ、と頷く。それを見て、リカは説明を続ける。
「後でまた、他の人にも聞かれるかと思うけど、レイは、ルナと戦ったの、覚えてる?」
「あ、あー……ルナと少しだけ話した。けど、そこから……あんまり覚えてない」
「……だと思ったわよ。だって、どう見ても暴走してたし。戦ってる内に、記憶もなくしたのかもね。まあ、結果としては、ほぼ相討ちね」
相討ち、と伝えられてレイは表情を暗くするが、リカは構わず説明を続ける。
「魔力というのは、エネルギーの一つ……というよりは、才能、と言っても良いかもね。人間ではごく一握りしか扱えないもの。私たちを除いてね」
「私たち……ってことは、先生も使えるってこと?」
「そうよ。これ以上はまた後で教えるとして、相討ちになったとは言ったけども、どちらが優勢か判断するなら、ルナの勝ち……なのかな?」
ルナに負けた……リカのその言葉が、レイの顔を曇らせる。彼女の存在意義がなくなるとでも思ったのだろう。
「……そんなに、気にしなくていいわよ。そもそも、魔術の教養を与えられていないレイが、あれだけ戦えているんだから。
それにしても……ルナも、レイも、なんにも考えていないもんだから、魔力の管理が雑すぎて、結局魔力切れになっていることは確かなんだしね。
まあ、魔法の使用する魔力量なんて教えていないのだから、当たり前だけどね」
レイは話を聞いていて、どこか分かるような、分からないような表情を見せていた。
「……で、レイ。少しだけ、その前の話……ルナがあれを実行に移す前のことについて、少し聞いておきたいんだけど、いいかしら?」
「ああ……まあ、リカ先生、になら。とは言っても、俺も分からないことはある。けど、ルナも知らないようなこと、多いし。
……どうせ、聞きたいのは、あの日の……ヨミの首吊りのことだろう?」
リカが深く頷くと、レイは、あの日、何が起きていたのかを語り出す。
「あの日、な……そもそも、ルナはあの前後、表に出ていなかったんだ。あいつも言ってたと思うんだけどさ。
……だから、ルナはあの日、何が起きていたかは多分知らない。
こーゆーときって、本当なら、俺が表に出てバランスを取る……ってのは変かもしれないけど、ルナを無理させない様にするのが俺の役目……だったんだけどな。
あの日は随分と珍しく、ヨミが自発的に表に出るって言ったんだ。無理するなよ、なんかあったら言えって、言ったんだけどさ……」
「あたしはあんまり知らないんだけど、ヨミって、どんな子なの?」
「ルナも言ったかもしれないんだけど、俺から見ても……とにかく問題児。マジで何もできない。
刃物も持たせられないし、危なっかしすぎてみてられない……どこかであの事件のトラウマが、確実に残ってるし、それ以外の細々とした不安感がずっとあるんだと思う」
ルナは、母が、母の友人によって刺され、ルナ自身も刺されかけていた。恐らくは、それが原因なのだろう。
ルナ自身も、それがきっかけで、はさみよりも長い刃物は持つだけで手が震えるようになっていた。
「話を戻すけど、あの時期、ルナが少し怖がってたんだよ……就職が決まってたこともあって、環境の変化にさ」
「……そういえば、もう、そんな歳だったわね。でも、今あそこに見えるルナは、あの時とあんまり変わってないように見えるけど」
「それは俺じゃよく分かんないから、いるならカミサマって奴に聞いてみればいいさ。
……それは置いといても、そういうこともあって、ルナはずっと目が死んだようになっていたんだよ。どこかで、それに対する恐怖感というか、なんというか、俺には分かんないんだけどさ。
そんなんを主人格がずっと思うもんだから、中の連中が不安がって、色々なところに伝播して……悪循環だよな。多分、こうなってしまうなら……何となくなんだけどさ、死んじゃえばいい、とでも思ってたんじゃないかな、あいつは」
「止めなかったの?」
「あいつだけならな。ルナだけなら良かったんだが……先生、『小坂瑠奈』という人間の中に、何人の人格が居たと思う?」
「……ルナ、レイ、ヨミ、ソラ……あたしがルナから教えて貰ったのは四人だけだけど。他にもいたの?」
「四人ばかりじゃない……少なくとも完成された人格だけでその倍、と言ってもかなり流動的だし、ソラは先生がいなくなったときに統合してるから一応七人か。
それでも、あのときだけは、中も纏まってなかった。全員混乱しているし、人格未満の連中もいるし、そいつらも、ルナのストレスに合わせてか……統合と分裂を繰り返す始末……俺にも手に負えなかった。
主人格が引きこもり、中は荒れに荒れて、纏めなきゃいけない俺も疲れてた……だからだろうな。ヨミが珍しく自発的に表に出るって言ったのは。
それくらいには、『小坂瑠奈』がしんどくなっていたんだろうな。そうして表に出たヨミがことを起こしたのは、たまたまに過ぎないし、あのままじゃどうせ、どこかで死んでたよ」
そう口走るレイは知らず知らずのうちに、目線をリカの方からルナに移していた。
「もしかしたら、シズと心中、だったかもなあ……ルナ、もう、起きてんだろ?」
そう言われてリカも、ルナの方へ振り向く。見れば、ルナの布団は明らかに目元の方まで上げられていた。
ルナが起き上がるのを見守っていると、彼女は布団をめくり上げ、頬を膨らませながら起き上がる。
「ほんと、レイのそーゆーとこ、キライ。私が嫌がっても本当のこと言おうとするんだもん」
「お前が言わないから、俺が代わりに言ってんだろ?」
二人が言い合うのをリカが止めに入る。
ルナは落ち着くとすぐに横になるが、レイは何かを思い出したかのように呟く。
「ルナ、一つ聞いてもいいか? 静音……シズって、もうここに……この世界に、いるのか?」
聞かれたルナも、そしてリカも困惑していた。今回の件はあくまでレイの捜索と保護が目的であって、他にいるかもしれないということは、誰も考えていなかった。
どうしてそれを聞いたのか、ルナも、リカも不思議に思っていた。
「どうやら……まだっぽいな、その表情を見るに。多分だけど俺たち……『小坂瑠奈』が向こうの世界では、行方知れず、はたまた自殺を遂げているという状況だ。ヨミが彼女に向けてメッセージを残していることは確かだしな。置き忘れていなければ、吊り縄の近くにあると思うから、それで察するだろう。
その状況で、シズ……京坂静音が、後を追ってここに来てしまう可能性はある。だから、遅かれ早かれ、じきに彼女が来てもおかしいとは思わない」
「シズ……そうね。私もこの世界に慣れなきゃと思って、すっかり忘れてた。多分……いや、絶対にあの人の性格上、私の後を追うだろうね」
二人が口を揃えて同じようなことを言う。
まだ、事件は終わらない。
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