32_交錯する炎と稲妻
ルナと金髪の少女の攻防は、更に激しさを増していた。
藍色の炎と紫色の雷が、変わらず平原の中で交錯し、爆発する。
変わらず、彼女の放った雷をルナが火球ではじくような、半ば一方的ではあったが、その意識を逸らすような形で、ルナが火球を彼女へと当てる。それによって、彼女も着実に削られ続けていた。
しかし、それでも異常なことは起きていた。
魔術戦の基本である魔力管理を、彼女たちはしていない。
そもそも、ルナが相対している彼女は、魔力の素養こそあれど、魔術に関する教育を施されていないはずだ。
それと共に、もう一つ、異常なことが起きていた。
それは、聞こえている音、である。
聞こえている音は、僅かながらに聞こえる風の音、彼女たちの息づかい。本当ならば聞こえないといけない音が、彼女たちの声が聞こえない。
魔術は本来、呪文を自らの声で発声することで、初めて発動するものであり、それがなければ、あり得ない。
だが、彼女たちは、自然に火球を、雷を放っている。
彼女たちは、魔術を使っていない。
彼女たちが使っているものは、魔法だ。
……正確には、完全に魔法だけを使っているのは金髪の彼女だけであり、ルナは、最初こそ魔術を使っていたが、目の前に集中すると共に使わなくなっていた。
ルナが藍色の炎で作られた火球を、思念で動かし、彼女にぶつける。
ぶつけられた彼女も、それに応戦して紫色の雷をどこからともなく放つ。
微妙にあたし達の聞こえないような声で、ルナは唱えているのだろうか、ルナの周りには八つの、藍色に輝くカボチャサイズの火球が展開される。
彼女はそれを模倣しようとするが、できない。本当は魔法を使うことすらできないはずなのだが、魔法は自在とは言わずとも、扱えていた。
彼女とルナが、自然と記憶を共有していたのだろうか。
相対している彼女が、レイであれば……という話だが。
少なくとも、栄州まで移動中の間、ルナはときどき電池が切れたように眠っていたことはあった。
それが、鍵となっていたならば、多少の記憶の共有があったとしてもおかしくはない。
その中に、魔術や魔法といった、この世界特有の概念も含まれていたのだろう。ただ、彼女に共有された記憶の中では、彼女の使えるような魔術は含まれていないからか、彼女は魔術を使えなかったのだろう。
炎と雷が交差し、火花が散る。そして、大きく音を立てて爆発する。
恐らく、この戦いは、互いに満身創痍になり、魔力が枯渇するまで、必ず続く。
あるいは、双方が、もしくは、どちらかが死ぬまで。
これは、誰にも止めることはできない。彼女たちの先生であるリカでも、マリでも、カゲト達でさえも止めることは叶わない。
これは彼女の戦いだから。
******
目の前の彼女は、私の攻撃によるダメージを最小限にし続けていた。だが、そのダメージは、確実に蓄積し続けていた。もう、倒れてもおかしくはないほどに見えていた。
だが、私も、そして彼女も、ここが限界だとは思っていなかった。身体の疲労度はともかくとして、魔力は、あの時のようには、まだなっていない。
であるならば、と、あの時の再現になってもいいから、最大限の火力をたたき出そうとする。
「Versterk:Mana-Zweimal! Drimal! Viermal! Funfmal!」
一度彼女との間合いを大きく開き、わざと先生たちに聞こえる声で、小さく呟く。
「やめなさい! まだ、貴女では……!」
「止めないで」
私を止めようとしたマリさんを、軽く睨む。それ以上は、何も言わなかった。
「Stralun:Heln-Flambal-Vier!」
彼女に向けて、濃くなった四つの藍色の業火を放つ。
だが、彼女は避けようともせず、稲妻で作られた槍が、私の火球を防ぐように動く。
それと同時に、魔法を避けるようにして、彼女が拳を私に向けて突き出してきた。
私も咄嗟に身体を守ろうとするが、完全に防ぎきれなかった。その後ろには、槍を壊した私の業火が彼女の背中を焦がす。
「何が起きている!? ……これは、どういうことだ!?」
ようやくここに着いたであろう、カゲトが平原全体へ響くほど声を荒らげる。
しかし、それ以上は、彼らの声は聞こえなかった。
先生たちはカゲトと口論のようになっていたように見えた。
しかし、私たちの魔法の影響しない場所で先生たちは話していたからか、何を喋っていたのかは聞き取れなかった。
私は、彼女を止めるためだけに、全神経を集中させる。
******
「カゲト、止めないでね。これは彼女の……ルナの意思よ」
リカは、彼女たちの争いを無理矢理にでも止めようとしたカゲトを、介入しないように止める。
「ならば、せめて、この周囲に影響のないよう……」
「これ以上、周囲に影響が出ないように、なんてできないと思うけど。
第一、ここから境町まで、最低でも一里は離れていると思うけども。一番近いのがあの街だろうから、大丈夫だと思うけどね」
リカの分析を聞いても、カゲトは難色を示していた。恐らく、この地域の師団との関係だろう。
この地域の師団……第八師団は、勇猛果敢で、常に紛争の絶えない地域を、武力によって押さえつけることに長けていた。
「だが、あれでは……もう、暴走ではないか。魔力の暴走なのか、人間の暴走なのかはさておくが」
「それは……否定できないわ。でも、起きているとしたら後者ね。二人とも、互いを意識しているだろうからね。
特に金髪の彼女……彼女は、多分だけど、ルナへの、潜在的に残っていた怒り、もしくは、勝手にこの世界へと連れてこられたことへの怒り、だとか。
……多分、このどっちかで、我を忘れている。ルナは、それにつられて、だと思うよ」
「ルナは、大丈夫なのか?」
「……分からないわ。多分、学院の時のようなことには、なってしまうかもしれないけど、これでもなんとか抑えようとしている方だと思うわよ」
「……万一の対策として、一応、第八師団はここへ来るようにと呼んではあるが……それまでになんとかなって欲しい。もしこの状況を見れば、あいつらは、たとえ殺す可能性があっても、ためらうことなくあの二人を押さえつけに行くだろう」
「こうなったら仕方ないのかもしれないけど……もし、殺したら、あたしは二度と口きかないから」
彼らは、彼女たちが止まることを待つしかなかった。
******
彼女たちの争いが始まって、もう一時間が経っただろうか。
二人は、未だ戦っていた。二人とも、肩で息をしていたが、戦いを止めるつもりはないのだろう。
未だに、魔力のぶつかり合いは続いていた。
第八師団へ報告してから、ここへ着くまではもうすぐだろうか。
彼女たちを止められるかは、実のところ分からない。彼ら正規の軍隊が止めに入ったとしても、止められるかは分からない。
かえって、暴走がひどくなることだってあり得る。
しかし、ふと彼女たちの方向を向くと、金髪の少女が纏っていた紫色の稲妻が、いつの間にか消えていた。
ルナも魔力がギリギリになったのか、纏っていた藍色の炎が消え去り、少女の方へと歩み寄っていた。
「レイ、だよね……? どうして……?」
彼女は頷く。ルナはそれを見て、泣き崩れ、身体も崩れ落ちる。見守っていた大人たちは、それを見て一斉に駆け寄る。
「……これくらいで、俺は、死なねえから……もう、休ませてくれよ」
ルナは、彼女に言葉を返せなかった。ルナに、喋るだけの体力も、もう残っていなかった。
「ばかたれ……もう喋れねえくせに。あとで、色々と聞かせて貰う、から……」
言い切る前に、彼女は眠ってしまう。ルナもふらつき、リカも慌てて支える。
「この、ばか……!」
「多分、あの時と……この前の学院のときと……多分、同じ」
ルナは、どうにか声を絞り出す。リカがそれ以上の言葉をかける前に、ルナもまた、眠ってしまう。
「おやおや……もう、終わっていましたか」
「……ああ、どうにか、な。こいつらが、目が覚めるまでは境町にいるが、目が覚めたらすぐ桐都に連れてく」
「……それは、師団管区的にはどうなのでしょう?」
「陛下の命だ。今の俺は陛下の命令できている以上、そんなものは関係ないと思うが」
カゲトは第八師団長の問いに対して、あえて居丈高に答える。
「……それも、そうでしたね。陛下の命令は、絶対ですから」
つまらなさそうに彼は言うと、最後に無駄骨だった、と吐き捨て、彼らは駐屯地へと引き上げていった。
カゲトたちも、意識のない二人の少女を男二人が背負い、平原へと来た道を通って境町へと戻っていった。
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