財宝
口を固く縛った大きな麻袋が一つ。
中身がぎゅうぎゅうに詰まった布の袋が一つ。
金属製の、壊れた何かの道具と思われる物の破片が大小四つほど。
以上。
畑から掘り出された物の内訳だ。
麻袋は口を縛った紐の下から見えかくれする赤い糸で、小麦の徴税用の規格品と知れる。
だが、その中身はおそらく小麦ではない。
袋が裏返しで使用されていることもあるが、持ち上げた時の形状や音から、もっと大きくて硬いもの、と想定される。
元の色が何色か定かでない布袋の由来は、やはり定かでない。が、薄汚れて擦り切れてはいるが縫製が粗くない事から、少なくともかなり使い込まれた物であることはわかる。
……などということを、巻尺を片手に(まず最初に発掘物の寸法を測ったのだ)記録に取った巡回吏が、厳かに「では、開封する」と宣言した。
巡回吏、というのは、主に役所を設置していない地域を廻って、揉め事を解決したり、疫病や自然災害の発生の芽がないか検分したり、新しく発布された律令が行き渡っているか確認したり、……まあおよそ役所で行われる様々な業務を執行する役人である。普通、村に訪れるときは、三人から五人ほどの集団だが、聞くところによれば、地方を巡回する単位は、三十人ほどの人数になるのだという。
今回村に来たのは四人と聞いているが、青年が訪ねた時、ちょうど出払っていて、留守居役が一人で書類整理をしていた。
なので、発掘作業も彼の指示のもと、青年が行ったのである。
固い結び目ではあったが、巡回吏は腰に佩いていた長剣で紐ごと断ち切った。……一刀両断できれば様になったであろうが、それでは中身に傷がつく虞があるとみえて、ごりごりとこじるように紐を切断する。
長剣を鞘に戻した巡回吏がおもむろに麻袋をひっくり返す。
簡素なテーブルの上にこぼれ落ちたのは、大小さまざまな皮袋、剥き出しの宝飾品、数枚の金貨、などなど。わかりやすい『金目のもの』ばかりだ。
「……ふむ」
麻袋の中身をひとつひとつ点検しながら記録に取った巡回吏は、次にもう一つの発掘物の調査に取り掛かった。
麻袋と同様にして暴かれた布袋の中身は、いかにも怪しげな黒装束だった。
それも少なくとも二人前以上はある。
「……ふむ」
一通りの記録を取り終えた巡回吏は、テーブルの傍に控えていた青年に向き直った。
「このような物が自分の地所から出てくるにあたっての心当たりは?」
「皆目」
青年は端的に応えた。
正確には『穴掘って埋めてまでして畑に異物を混入させるような人物には心当たりはない』だ。
ついでに『自分で埋めた訳でもないし、異物の素性についての心当たりもない』の意味も込めた。つもりだ。
「ふん……?」
巡回吏が先を促す。
とはいえ、青年にはこの異物混入事件の解決に繋がるような意見はない。
こどもじみた嫌がらせをする関係者はいるが、だからといって盗品(の疑いが高い物品)埋蔵の濡れ衣を着せたい訳ではない。手口が違うのだ。
「……畑に金貨を蒔いたら殖えるかも、と考えた方がどこぞにいらっしゃるのかもしれませんね。……それなら自分の地所でやれよ、とは思いますが」
いかにも真面目そうに見える青年の軽口――言葉ほどには口調は軽くないので、冗談を言っているように聞こえないのがやや難点――に、巡回吏がひょいと眉を上げる。
「……町場では自由に穴を掘れる土地がない者も多かろうからな」
「…………なるほど」
青年が巡回吏の言葉を反芻して飲み込む。
たしかに。
銀貨銅貨はともかく、金貨はこの村では流通しない。貯蓄として床下や箪笥の奥などに何枚か仕舞っている者はいるかもしれない。が、皮袋に入っていた分も含めると百枚を超えるのだ。おそらく村中にある金貨をすべて集めたよりもたくさんの金貨が、今テーブルの上に載っているのではなかろうかと思われる。まして宝飾品など。
つまりこれらの発掘物は外から持ち込まれた物なのだ。(だから白に嗅ぎわけられなかったのだ)
……とはいえ、隣の村まで荷馬車で半日(騎馬であればもっと早く着くが、あいにく村には乗用馬はいない)、ちょっと気の利いた買い物ができる町まで行くには泊まりがけになるのだ。
つまり、下手人もまた埋蔵物同様に外からやってきたのだ。
……という結論を青年と巡回吏は少ない言葉のやり取りで導き出した。
「心当たりがないのならば、これらは一旦預かることになるが、良いか?」
「あー……どうぞ? ……というか、調査に必要でしょう?」
麻袋からこぼれ落ちた物が金貨だと判った瞬間から蒼褪めた顔になった青年は、ほんの一瞬思案顔をしたが、あからさまにほっとした顔になった。
預かるとか言わないで、そのまま持って行って下さい、と、その表情は語る。
ちょっとした財産とはいえ、肥やしにもならないものを埋められて迷惑に思っていたのだ。このせいで苗の植え付けが一日二日遅くなってしまうではないか。……青年の心は甘くてみずみずしい夏野菜に向かっていた。
何しろ彼の被保護者は食い意地が張っているのだ。胃腸は弱いが。
発掘作業を手伝っていた白(四足形態)は、発掘物が食べ物でないことが明らかになると、(匂いで予測はついたであろうに)落胆した様子で日陰に立ち去っていった。
今もしょんぼりしているであろう白に、何か美味しい物を用意してやらないとな、と思いつつ、青年はその場を辞した。
法により、元の持ち主が判らなかった若干の宝飾品と謝礼金を含む幾許かの貨幣ならびに仰々しい文言が綴られた『感謝状』が青年の許に届けられたのは、それから一年と少し(感謝状に記された日付によればちょうど一年)経ってからのことだった。