第2話 俺が相方!?
「そんなことできるかい!」
思わず叫んでしまった。
……しまった。
俺は今、何と言った?
よりによって小野寺会長に向かって、「できるかい!」などと。かなり強く。
「あ、あの、会長、今のは――」
慌てて謝ろうとした、そのとき。
「……いいわね」
会長が、言い放った。
「いいわ田辺君」
「……何がですか?」
「だから、今のツッコミよ」
……ツッコミ?あー・・・そうなりますか。
会長は、先ほどまでとは明らかに違う表情を浮かべていた。
目が輝いている。
いや、比喩ではなく。
何やら、とんでもなく嬉しそうなのだ。
「やっぱり、私の見立ては間違っていなかったのね!」
「……はあ」
「とても自然だったわ。声の張りもいいし。でもあなたちょっと逡巡したわね。間が今一つだったわ」
「……」
そやな、確かに会長がはたく仕草をしてから二秒くらい間があった。あの二秒はいらんわ。
じゃなくて。
「でもなによりあの勢い。あれならきっと――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「あら、どうしたの?」
「いや、どうしたのはこっちの台詞です! 会長、いったい何の話をしてはるんですか!」
「漫才よ?」
さも当然のように答えられた。察しが悪いわね、みたいな顔してる。
会長にこんな顔されたことない・・・。
……漫才。
やっぱり漫才なのか。
「いや、それはもうわかりましたけど!何で俺が会長にツッコまなあかんのですか!」
「だって、私はボケをやりたいもの」
「…………」
……俺がツッコミやったら、そらそうなるわな。そう、なるわな…。
ええ~…。
「……会長、漫才がお好きなんですか?」
「ええ。大好きよ」
即答だった。
「それで、なんとなくだけど、私もやってみたいなあって思いがあったの」
「はあ……」
「でも、漫才って一人ではできないでしょう?」
「……それは、まあ」
「すると、突然大阪から来た子が生徒会に入ってくれたじゃない。私もう、これだ!って思っちゃって」
いや短絡的―――!!
「それでね、田辺君」
「はい……」
「今年の文化祭で、漫才をやろうと思うの」
「……はあ」
「十一月三日。私にとって最後の文化祭でしょう? だから、舞台に立ってみようと思って」
「それを俺見ておもいついたと」
「うん……」
会長は、少し照れたように微笑んだ。
うん…か。ええ…やないねんな。新鮮…いやいや。
「あらためてお願いするわ。私の相方になってください」
少し照れつつはにかみながら俺に言う会長。「相方」を別の言葉に変えるだけで、俺は天にだって昇れるだろうに。
………………。
しかしまあ。話は見えた。
見えたが。
「……会長」
「なあに?」
「俺、漫才なんかやったことないですよ?」
「あら、そうなの?」
「はい」
「大丈夫。もう何本か書いてあるのよ」
何本も?だってちょっと前に俺と漫才しようって思いついたんやろ?
「だから、田辺君には安心してツッコミに専念してほしいの」
「……会長」
「なあに?」
「その……ネタって、どんな?」
「あら。興味を持ってくれたの?」
興味は…ある。この顔でどんな漫才ネタを考えたのか。
「ふふっ。嬉しいわ」
会長は鞄の中から、一冊のノートを取り出した。
表紙には、几帳面な字でこう書かれていた。
『漫才台本 第一稿』
…………。
俺は、そっと天井を見上げた。
どうやら俺は、何かとんでもないことに巻き込まれようとしているらしい。
そして、その原因は。
目の前で嬉しそうにノートを開いている、この学校で最も尊敬されている生徒会長なのである。
「……どうぞ、見てみて」
会長はノートを開くと、俺の前に差し出した。
「あ、はい」
几帳面な字で、びっしりと文章が書き込まれている。
ところどころ赤ペンで修正が入り、余白には何やら細かい注意書きまである。
……すごいな。
冗談半分で書いたものとは、とても思えない。
「何本か書いてみたのだけど、最初はこれがいいと思うの」
会長が指さしたページの上には、題名が書かれていた。
『恋文』
……恋文。
ラブレターか。
「最初は恋愛相談から入って、手紙の内容を考えることになるの。そこから少しずつ話を発展させて、最後に最初の話題へ戻る構成よ」
「はあ……」
「まだ第一稿だから、直したいところもあるのだけど」
会長は少し照れたように微笑んだ。
「田辺君にも、一度読んでもらいたくて」
……なるほど。
そんな顔をされたら、読むなとは言えませんわ。
俺は改めてノートに目を落とした。
台詞は二人分、きちんと書き分けられている。
俺が読む部分には丸印。
そして、ところどころに括弧書きで演出の指示が入っていた。
『一拍置く』
『驚いた様子で』
『ここはテンポよく』
……おお。
ちゃんと漫才の台本や。
いや、当たり前なんやけど。
感心しながらページを追っていると、ある一文が目に留まった。
『ツッコミ、ボケの頭を軽くはたく』
ん?
……いやいや。
ほんまに書いてあるがな。
「……会長」
「なあに?」
「この、括弧の中に書いてあるやつなんですけど」
「ええ」
「頭をはたく、って……」
「ああ、それね」
会長はごく自然に頷いた。
「ツッコミの動作よ」
「いや、それはわかりますけど。普通ツッコミってこうやないですか」
手の甲を相手の胸にあてるアレの仕草をする。
「そう? 私は、ツッコミといえばスパーンと頭をはたく、あの動作を思い浮かべるのだけど」
……いや、少数派やと思いますよ。
さっき、俺に向かって思いっきりはたく仕草をしてみせたのも、そういうことやったんか。
「……これ、ほんまにやるんですか?」
「ええ。もちろん、安全には気をつけるつもりよ」
安全。
そういう問題なんやろか。
相手は小野寺会長やぞ。
俺がこの人の頭をはたく?
……想像するだけで胃が痛い。
やっぱセオリーどおりの動作にさせてもらおう。相手の胸に手の甲…。胸に?会長の?
……こっちもあかんがな。
「ま、まあ、それはあとで考えるとして……」
「そうね。まずは台詞を合わせてみましょうか」
「……合わせる?」
「ええ。実際に演じてみないと、わからないことも多いと思うの」
「今からですか?」
「もちろんよ」
にっこり。
……いや、俺、まだ相方になるとは言うてへんのやけど。
「田辺君、お願いできる?」
…………。
あかん。
この顔には勝てん。
「……読むだけですよ?」
「ええ。ありがとう」
会長は嬉しそうに頷いた。
俺たちは机から少し離れた場所に並んで立った。
ノートの冒頭には、『二人、中央へ。礼』と書かれている。
…………。
「……会長。誰も見てませんけど、礼もするんですか?」
「練習だもの。最初からきちんとやりましょう」
「……はい」
そうですか。しかも、礼…なあ。
二人で誰もいない生徒会室に向かって頭を下げる。
「じゃあ、始めるわね」
「……はい」
会長は背筋を伸ばし、いつもの上品な笑顔を浮かべた。
「どうも。小野寺蓮花です」
いやこれ、今から演説始めると言われても違和感ない挨拶。
「田辺聖斗です。よろしくお願いします」
「田辺君、実は私、好きな人ができたの」
……おっ。
いきなりそう来るんか。
いや、ネタや。ネタ。
「それはよかったですね」
「それで、ラブレターを書こうと思うの」
「いいじゃないですか」
「でも、何を書けばいいのかわからなくて」
「素直な気持ちを書いたらいいんじゃないですか?」
「そうね。じゃあ、聞いてくれる?」
「どうぞ」
会長が、すっと姿勢を正した。
「拝啓、田辺聖斗様」
「僕ですか?」
…………。
……俺宛てなんや。
いや、だからネタやって。
「平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます」
「なんでやねん! それはビジネス文書ですよ!」
…………。
言ってから、何となく違和感を覚えた。
いや、間違ってはいない。
間違ってはいないんやけど。
「さて、表題の件につきまして、下記のとおりご提案申し上げます」
「なんでやねん! 提案書になっていますよ!」
「件名、交際のご提案」
「件名までつけるんですか?」
「提案の目的。甲乙双方の親睦を深め、継続的かつ良好な関係を構築すること」
「なんでやねん! 恋愛を事業計画みたいに説明しないでください!」
…………。
……あれ?
また、なんでやねん言うたな。
台本に書いてあるから、しゃあないんやけど。
「なお、本件をご検討いただくにあたり、交際条件を別紙に記載いたしました」
「条件があるんですか?」
「別紙一、交際契約書」
「なんでやねん! 今度は契約書ですか!」
……いや、ここは確かにツッコミどころや。
でも。
なんやろ、この……。
「第一条、甲は乙に対し、交際を申し入れるものとする」
「それはラブレターの本来の目的ですね」
「第二条、乙は甲に対し、誠実に対応するものとする」
「なんでやねん! 返事をする前から義務を負わせないでください!」
…………。
会長は台本を実に滑らかに読んでいる。
抑揚もあるし、妙なところで詰まったりもしない。
何というか、朗読そのものは上手い。
それに、ネタの中身も案外しっかりしている。
ラブレターの書き方がわからないという話から、ビジネス文書になり、提案書になり、とうとう契約書になった。
話の展開には、ちゃんと筋が通っている。
……ただ。
俺の台詞が。
その後も、契約書は続いた。週一回以上のデートを義務づけ、費用負担についてまで細かく取り決めている。
俺の台詞は、相変わらず「なんでやねん!」と丁寧な説明の繰り返しだった。
「第五条、甲乙は互いの誕生日を忘れてはならない」
「それは大切なことですね」
「違反した場合は、相手方に対し、誠意をもって謝罪し、ケーキ一個を提供するものとする」
「なんでやねん! ケーキで解決するんですか!」
「ただし、ホールケーキに限る」
「なんでやねん! 急に条件が厳しくなりましたね!」
…………。
……やっぱり。
これ、ちょっとおかしいぞ。
いや、おかしいのはネタの中身やなくて。
俺の台詞のほうや。
おかしいところでは、ちゃんとツッコんでいる。
普通の説明や会話には、普通に相槌を打っている。
そこは、ちゃんと考えられている。
ただ、ツッコミになると、やたらと「なんでやねん」が出てくる。
しかも、そのあとが全部、妙に丁寧なのだ。
なんでやねん、と勢いよく言ったかと思うと、いきなり「契約書ですか」とか「解決するんですか」とか。
……なんや、これ。なんていうか、ちぐはぐで勢いがない。
そんなことを考えているうちに、ネタは終盤へ進んでいた。
「第六条、本契約の有効期間は、締結の日から一年間とする」
「なんでやねん! 恋人関係に有効期間があるんですか!」
「ただし、期間満了の三十日前までに甲乙いずれからも異議がない場合は、同一条件で一年間自動更新するものとする」
「なんでやねん! 恋人関係を自動更新しないでください!」
「なお、自動更新の回数に制限は設けない」
「何年でも続けられる仕組みなんですね」
「もちろんよ。末永いお付き合いを希望しているもの」
「なんでやねん!それなら契約期間を設けなくてもいいと思います」
「第七条、甲乙いずれかが交際の終了を希望する場合は、終了希望日の三十日前までに書面で通知するものとする」
「なんでやねん! 別れるときまで書面が必要なんですか!」
「ええ。口頭では、言った言わないの問題が起こるでしょう?」
「それはそうですけど、恋愛には向いていないと思います」
「通知は内容証明郵便によるものとする」
「なんでやねん! そこまで厳密にしなくてもいいですよ!」
…………。
あかん。
もう、気になってしゃあない。
なんでやねん。
なんでやねん。
なんでやねん。
…………くどいねん!
そのあとも契約書は続いた。
恋人同士の喧嘩に友人を立ち会わせたり、双方の母親を招集したり。
最終的には家庭裁判所まで登場した。
……いや、そこまでいったら、もう恋愛相談やなくて法律相談や。
ようこんなん思いつくなあ。
俺には、とても無理や。
そして最後。
「田辺君、私とお付き合いしていただけませんか?」
…………。
……おお。
会長が、俺に向かって。
……いやいやいや。
ネタや。ネタ。
「そ、そういうことは、直接本人に伝えたほうがいいですよ」
少し声が上擦る。
「あら、どうして?」
「だって、僕が田辺聖斗ですから」
「……えっ? 田辺君、いつからそこにいたの?」
「最初からずっと隣にいましたよ。もういいです」
二人で礼。
…………。
終わった。
会長は満足そうに息をついた。
「……どうかしら?」
「……あ、はい」
「実際に演じてみると、やっぱり少し印象が違うわね」
そう言いながら、ノートを開く。
「前半はもう少しテンポを上げてもいいかもしれないわ。それに、契約書の部分は少し長すぎるかしら」
……おお。
ちゃんと分析している。
「田辺君はどう思った?」
「……え?」
「率直な感想を聞かせてほしいの」
率直な感想。……ふむ。
話の流れは、悪くない。
いや、俺が言うのも何だが、むしろよく考えられていると思う。
普通のラブレターから始まって、どんどん契約書になっていく。
途中のボケも、ちゃんと面白いところがある。
ただ。
「……会長」
「なあに?」
「これ、ネタそのものはええと思うんです」
「本当?」
「はい。俺にはこんなん考えられませんし」
「ふふっ。ありがとう」
「ただ……その、俺の台詞なんですけど」
「田辺君の台詞?」
「はい」
俺はノートを指さした。
「……なんでやねん、多すぎません?」
会長が、きょとんとした。
「……多い?」
「はい」
「でも、ツッコミでしょう?」
「いや、そうなんですけど」
「それに、田辺君、大阪の人でしょう?」
「大阪人でも、そんな何でもかんでもなんでやねんて言いませんよ!」
あ、ちょっときつく言ってしまったかな。
「……なるほど、今のちょっとツッコミっぽかったわね」
「会長?」
「そうよね。ツッコミって、必ずしも『なんでやねん』で始める必要はないものね。大事なのは間と勢いだわ」
一人得心する会長。
「今の台詞は、私が用意したものよりずっと勢いがあったわ」
「田辺君、試してみてもいい?」
「……試す?」
「ええ。最初のビジネス文書のところ」
会長がページを戻した。
「私が台詞を言うから、田辺君は台本を見ずに、思ったとおりに返してみて」
「えっ」
「お願いできる?」
「わかりました」
……思ったとおり。まあ、それやったら。
「ありがとう」
会長は、姿勢を正した。
「拝啓、田辺聖斗様」
「……うん、まあなかなか古風ですね」
「平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます」
「いや俺取引先か!なんでいきなり商売相手になってんねん!」
出た。
何も考えんと、普通に出た。
会長が目を丸くしている。
「……田辺君」
「あ、すみません。ちょっと言い方きつかったですか?」
「いいえ」
会長は首を横に振った。
「……今の、いいわね」
「……そうですか?」
「とてもいいと思うわ」
そういうと、すぐにノートへ目を落とした。
「『取引先か』……なるほど。ただ文書の種類を指摘するより、ずっと会話らしくなるわね」
赤ペンが、さらさらと動く。
「それに、二人の関係性もわかりやすいと思うの。いきなりビジネス文書を読み始めた相手に、呆れている感じがよく出ているわ」
……おお。すごいな。真面目に分析してはるわ。
「田辺君、次もお願いしていい?」
「……次もですか?」
「ええ。今の感じで」
会長はページをめくった。
「第一条、甲は乙に対し、交際を申し入れるものとする」
「……ふむふむ。そこはAとBにした方が若者にはわかりやすいですよ…ってドアホ!なんでいきなり契約交渉始まってんねん!」
会長の顔が、ぱっと明るくなった。
「それよ!」
「……はい?」
「今の、とても自然だったわ。ちゃんと、それまでの流れを受けているもの。しかも…ふひ」
ん?
「ノリツッコミよね今の!高度だわ!」
「……いや、乗りきれてませんでしたけど」
なんや今の。なんか変な雑音入らへんかった?
「もう一か所、いいかしら?」
「……はい」
「本契約の有効期間は、締結の日から一年間とする。ただし、甲乙いずれからも異議がない場合は、自動更新するものとする」
「更新制度!緊張感が生まれますね~。異議があった場合はどないするんです?」
これは原文には完全にない。意図的に仕掛けてみた。会長はアドリブで返してくるだろうか。
いや俺、結構楽しんでない?
「……。乙の異議は受け付けないものとする」
「いや不平等すぎるやろ!」
「恋愛とは惚れた方が負けなのよ田辺君!」
「いや惚れたん甲や、あんたや!」
言っててちょっと、いやかなり恥ずかしい。
…………。
会長は、しばらく俺を見つめていた。
それから、ゆっくりと頷いた。
「あ、すいません。あくまで漫才上の話であって」
「……なるほど」
そして、またノートに書き込む。
「田辺君、やるわね。即興…ってことね」
「はあ」
あ、俺のアドリブの話ですね。そうですね。
「楽しいわ……うふふ…うふふふひ。」
え?
「この短時間で、私が書いた台詞よりずっと面白いものになったわ!」
確かに、俺も心にこう、感じるものがある。
「……会長」
「なに?」
先ほどまでの間延びした「なあに?」ではない。見るからに興奮している。
「いや俺、ネタなんか一つも考えられませんよ」
「ええ」
「会長が考えたネタに、思いついたこと言うてるだけですし」
「それがいいのよ」
会長は、迷いなく答えた。
「私が作ったネタに、田辺君がツッコミを入れてくれる。そうすると、私が一人で考えていたときより、ずっと面白くなるの」
……まあ、まだまだやけど、ちょっとだけ手ごたえは感じた。
「それにね」
会長は、ノートを閉じた。
「私、今日初めて、誰かと漫才をしてみたの」
「……ああ、そうですね」
「こんなに、楽しいものなのね。想像を超えていたわ」
そう言って微笑む。
……あ。
これは。
いつもの、生徒会長としての笑顔とは少し違う気がした。
仕事がうまくいったときの満足そうな表情でもない。
何と言うか。
ただ、嬉しそうなのだ。
「田辺君も、少しは楽しんでくれた?」
「……まあ。正直、はい」
「ホント?よかった!」
会長は満面の笑みでそう言った。
さっきから気づいてはるかなあこの人。
微妙に言葉遣いがくだけているのだ。
……あかんなあ。
断りにくくなるやないか。
「ねえ、田辺君」
「……はい?」
「あらためてお願いするわ。私と漫才、してください」
「お兄……、お兄!」
「……え?は?」
夕食の席。
向かいに座る妹が、俺を呼んでいる。全く気がつかなった。
というより、生徒会室を出てからこっち、ここに至るまでの記憶が曖昧だ。
どうやら今は食事中らしい。って重症やな俺。
「ほんま、いつにも増してボケーっとした顔しくさって」
こいつ……口悪いなぁ。今更だが。
「なんかあった?」
あった。
かなり濃い出来事が。
「最近、生徒会どうなん?」
「!!」
「おおう…」
妹が思わず唸ってしまうくらいに、生徒会という言葉に反応してしまった。
「……美人会長がらみか。入って二週間で兄が粗相してクビ。はー……」
深いため息。
「私、学校おられへんようなるやん」
「いや、そんなんちゃうわ!」
「じゃあどんなんなん?」
ニヤニヤ顔。しまった…。ハメられた。
「なんもないわい」
「さっきのアレで、それはとおらんのとちゃいますかねぇ、お兄さん?」
我が妹ながら、なんて嫌な奴だろうか。
「まあええわ。どうせ一方的に憧れて、悶々としてるだけやろ」
勝手に自己完結して、テレビにゲラゲラ笑いだす妹。実に失礼な話だが、追及がここで止まったのは正直助かった。
そうだ、今頃俺は、一方的に憧れて、悶々としているフェーズだったはず。
それが、どうしてああなった?思わず会長の申し出を受けたものの、直後からとんでもない決断をしてしまったという気持ちに襲われた。
そこへ、テーブルの端に置いていたスマホが震えた。
ブブッ。
画面が点灯する。
PINEの通知だった。
差出人の名前を見て、思わず箸が止まった。
『小野寺蓮花』
…………。
おお。
会長や。
生徒会のグループPINEに入ってはいるけど、これ、俺に個別で来てるよな。
俺はスマホを手に取った。
『いきなり個別にメッセージ送ってごめんなさいね。今日はありがとう。漫才を引き受けてくれて、本当に嬉しかったわ。これからよろしくお願いします』
…………。
……ああ。
なんか、ええなあ。
あの小野寺会長から、俺個人にメッセージが届いている。
しかも、嬉しかった、と。
……いや。
嬉しかったのは漫才の相方が見つかったからや。
それに、やっぱりあれは現実やったんや。
でも。
今日の会長、ほんま楽しそうやったなあ。
最初はどうなることかと思ったけど、俺も案外楽しんでしまった。
あの人、普段はあんなに落ち着いてるのに、漫才の話になると急に子供みたいにはしゃぐんやもんな。
「……きっしょ」
…………。
「……は?」
顔を上げると、妹がこちらを見ていた。
何とも形容しがたい、心底嫌そうな顔で。
「な、なんやねん!」
「いや、今のお兄の顔」
「顔?」
「うん。めっちゃきしょかった」
「誰がきしょいねん!」
「スマホ見ながら、ものすごいニヤけてたで」
…………。
……マジか。
「誰から?」
「……誰でもええやろ」
「会長か」
「ちが・・」
「業務連絡見て嬉しそうにしてると…」
憐れむ目。
「きしょいけど…かわいそうでもあるな」
また勝手に自己完結して、テレビを見てゲラゲラ笑う。
……くそ。
俺はスマホに視線を戻した。
そんなにニヤニヤしとったんか、俺。
…返事、せなあかんな。
『こちらこそ、今日はありがとうございました。よろしくお願いします』
…………。
なんか堅いな。
いや、会長相手なんやから、これでええんやろうけど。
少し考えてから、もう一文を付け加えた。
『思ってたより面白かったです。また練習しましょう』
……よし。腹括った。
送信。
すると、ほどなくして既読がついた。
……早っ。
『本当? 嬉しい! 私もとっても楽しかったわ。また一緒にやりましょうね』
…………。
……おお。
なんか。
めっちゃ嬉しそうやな。
思わず、頬が緩む。
「きっしょ」
いやめっちゃ俺のこと観察してるやんこいつ。
それにしても。
文化祭、か。
十一月三日。
まだ四か月近く先の話だ。
今日、会長に頼まれて、結局引き受けてしまった漫才。
人前で漫才なんか、本当にできるんやろか。
まして相方は、あの小野寺蓮花。
……いや。
改めて考えると、とんでもない約束をしてしまった気がする。
でもまあ。
今日みたいに二人で台本を読んで、あれこれ言い合って。
それがまたできるんやったら。
……悪くないかもしれん。




