アンダーレジェンド編⑤
ダリアンは天蓋付きのカラフルなゼリーベッドがお気に入りだ。透明な包みに入れたゼリー(レッド・ブルー・イエロー・グリーン)が複数連なった外観をしている。齧りついてみると、赤いゼリーは苺の味がするし、青はブルーソーダ、黄色はレモンで、緑はメロンだ。口いっぱいに果汁の味が広がって硬化何とか剤が使用されているとは思えない程美味しい(しかし僅かに薬剤の味)。天蓋は飴、チョコレート。カーテンは薄いシュガーペーパーで出来ている。寝ているだけでおやつが手に入るまさに夢の楽園だった。
「うぅ~ん、なかなか美味しいわね(ベッドに寝っ転がって舌をペロリ)」
人間の召使いが持ってきたのはチョコレートが刺さったアイスのグラスや、マカロンやミニケーキが複数置かれたケーキスタンド。まさかとは思うがグラスやスタンドも食用可であり、グラスは飴の味、緑のスタンドは抹茶チョコレート(ティー・チョコレート)の味がする(金属部分はビターチョコレートにコーティングされたべっ甲飴)。小振りなダークチョコレートの本棚に齧りついているダリアンを見て、召使いは怪訝な表情で部屋を去っていった。
「凄いわね、全部ちゃんとお菓子の味がするわ(口の周りのチョコをペロリ)」
もちろん運ばれてきたスイーツも絶品もので、お菓子の国の名に恥じないスイーツへの理解度だった。ノスタルジアのことが心配になり、ダリアンはノビーから渡されていた胃腸薬をノスタルジアに届けようとする。ノスタルジアは向かい辺りの部屋で、扉前にいるブリキに頼むと持っていってくれた。ブリキは円柱状の兜の奥に光が宿るだけであり、意思は感じない。胴全体を隠す大きな板チョコレートの板金を両面から(前面と背面から)装着しており、骨格は棒状で(すらりと長い)、身長もノビーより高い(ノビーが185セルチ、ブリキは2メトリ近く)。動くと「ガシャガシャ」と特有の音がし、命令を終えると所定の位置に戻る(今回はダリアンの部屋の前)。役目を終えて戻ってきたブリキにダリアンは話しかけてみるが、お菓子の国のなかで最も不気味な存在である。
「ねー、あなた立ちっ放しで疲れないの?(部屋から顔を出して見上げるダリアン)」
「……(何も答えずただ虚空を見つめるブリキ)」
「……気味が悪いわね(怪訝な表情のダリアン)」
それからノビーは数時間程度で戻ってきた。ノビーによると、小屋に向かったがザラナは外出中で、サロメと共に数時間待たされたらしい。サロメと共に再度訪問されたザラナは心底嫌そうな顔をして迷惑がりながら話を聞く。しかし、自分の力が必要だとサロメに力説されると、ザラナは協力姿勢になっていった(しかし煙たがっている)。
ノビーはダリアンらを気遣った。待っている間何ともなく、ノスタルジアも同様にただお菓子を貪っていたと返す。
「なかなか頑固者でな。説得するのに時間が掛かった」
「お菓子があるっていえばよかったのに。きっとそういうのに弱いわよ」
ザラナ(とノビーたち)は王族に連れられて城下掘削場に入った。城の西側の、人目に付かない通路の奥にブリキに守られるようにしてあった。巨大な扉が開かれ、埃と土の匂いが漂ってくる。
通路は本坑(メインの坑道)に沿って幾重にも分岐している枝状採掘型で、各分岐の先ではブリキたちがつるはしを持って何か作業しているようだった。サロメたちと見たあの巨大なグレープキャンディー(遺物)は本坑の深い位置に存在しており、さらに大きな扉を抜けると二体のホワイトチョコレート近衛兵に守られて鎮座しているあの光景があった。近くで見るとより大きく、ノビーの背丈の三倍程はありそうだった。
「あれも舐めたら美味しいのかしら」
「味はせんだろう」(ノビー)
「(凄く大きいと目を輝かせるノスタルジア)」
ザラナは周囲で見守っている関係者たちをちらちら見ながらどうすればよいか戸惑っている。
「あの……私は一体何を……(手をもたつかせながら緊張するザラナ)」
「どかーんと一思いにやってくれればいいの! ほら、やっちゃって!(ジャスチャーを交えながら空を殴るサロメ)」
「この国の未来はお主に懸かっておる……くれぐれも失敗せんでくれ、頼む(兜の下から鋭い眼光を浴びせるドラモント)」
「……っ!(極限まで焦るザラナ)」
「あの人もかわいそうよね。突然家に侵入されてこんなことしろっていわれるんだもの」
「彼女の宿命だろう」(ノビー)
ザラナは震える手で遺物に狙いを定めた。銃を構えるようなジェスチャーで狙いを定め、髪の隙間から見える左目が正確に照準を合わせる。彼女の指の先に太陽のような輝きが結集し出し、周囲の温度が上昇していく。空気が振動するような緊迫感のなか、ザラナは大人大まで膨れ上がったそれを一点に集中させ、光線のように遺物の中心目がけて放った。空気の膨張によって空を切り裂くような轟音が辺り一面に鳴り響き、遺物を容易に貫通した光線は、背後の地殻までも破壊した。地響きとともに小規模の崩落が発生し、ダリアンらは魔術で落下物を防ぐ。
「あぁぁっ! ご、ごめんなさい……っ、やり過ぎちゃっ――(周囲を見回すザラナ)」
「おぉっ!!(遺物に空いた穴に目を見張るドラモント)」
遺物の中心部には確かに融解した穴が形成されており、五百年間遺物に傷一つつけられなかったお菓子の国の歴史が揺るがされた。
「何たる威力……っ!! これが極位の力か……!(ものが言えなくなるドラモント)」
しかし融解した穴は溶けたキャンディーのように塞がりつつあり、王族関係者は固唾を飲んで見守る。融解した一点から放射状にひびが入り、ガラスが砕け散るような音を響かせながら辺り一面に散らばり、球体を保っていた遺物は粉々に砕け散った。一つ一つが砕けた飴のようであり、お菓子の国の長い捕囚の歴史に幕が下ろされる。
「女王よ……! ついに……ついにこの時が来た……ッ!!(感涙に目を見開くドラモント)」
「(真実かどうか理解できない女王)」
お菓子の国は五百年間遺物の破壊のために技術を進歩させてきた。遺物を溶解させるための薬品や爆薬の技術が進歩し、地上と比較しても進んでいる。そんなお菓子の国の技術をもってしても破壊できなかった遺物に大きな穴を空けたのは、五百年間その秘匿情報の有無から誘致できなかった極位魔術師(極位魔術)であり、もし万が一破壊できなかった場合、情報が漏れることを考えると、迂闊に誘致できなかったのである。
彼女の存在はお菓子の国にとっての救世主だった。国に所属しない極位魔術師の存在は彼らにとって唯一極位魔術の有用性を確認できる一抹の希望であり、彼女はその役目を見事果たしたのだ。
ダリアンは砕けた遺物の一部を口に放り込む。
「飴の味はしないわね(地面に飴を吐き捨てる)」
するとブリキ(ブラックチョコレート衛兵)とホワイトチョコレート近衛兵が頭を押さえ、苦しみ出す。ダリアンらは不思議なようにその光景を見つめ、王族関係者も何が起きているのかという反応を見せる。二種類の衛兵はしばらく苦しんだのち、ふらふらとザラナ(魔術師)の方へ向かっていった。ダリアンらも襲われ、ザラナは複数の衛兵たちの波に飲まれ、下敷きになっていく。
「たっ、助けてぇ~~……(徐々に見えなくなるザラナ)」
ドラモントは即座に剣を抜き、ザラナ(や魔術師)に襲いかかる衛兵ども(ブラックチョコレート衛兵やホワイトチョコレート近衛兵)を蹴散らしていく。
「一体どうしたというのじゃ!!(硬い金属を剣で切り裂いていく)」
ノビーも加勢し、ザラナは救出され、覆い被さっていた衛兵どもは取り除かれた。しかし魔術師を狙っているのか、ふらふらとまた起き上がり、ノビーやダリアン(ノスタルジアやサロメ)にも魔の手が襲いかかる。
「皆ここから離れるのじゃ!!(出口を指差すドラモント)」
皆一様に走り出し、遺物安置所を後にする。枝分かれした坑道からはふらふらと同じようなブラックチョコレート衛兵がつるはしを持って近づいてきており、一同はさらに足を速める。
「一体何なのよ!」
「遺物の破壊によって狂い出したのかもしれん……ッ! とにかく大広間で(ほかの兵と)合流するのじゃ!!」
「ひっ、ひぃぃぃ~~~っっ…………!!(ヒールで走りづらそうに駆けるザラナ)」
城下掘削場を抜けると大扉が大臣たちによって閉じられ、後ろから扉をがんがんと叩く音が聞こえる(つるはしが打ちつけられている?)。
「どうするのよ?」
「狙いは君じゃ。明らかにほかの者より狙われておる……破壊された恨みなのかはわからんが……ともかく、わしは君らを脱出させることが最優先事項だと思う……国内の出来事は、国内で解決するのが筋というものじゃ(ザラナを見据えながら)」
「わたくしもそう思います。ドラモント、あなたは彼女たちに同行しなさい。彼らが入ってきた道を使えば、安全に脱出できるはずです」
「いや……しかし、あの道には外部からの侵入者対策にブリキ兵(ブラックチョコレート衛兵)が数体眠っておる……急がねば!」
「何ですって?(目を見開く女王)」
「ここは我々にお任せください! 何かあったら報告いたします!(家具で大扉の前をさらに補強する大臣と少数の兵)」
一同は中央広間への道を駆ける。ザラナはひいひい言いながら「何でこんなことに……」とここに訪れたことを深く後悔しているようだ。
中央広間(裏門と表門の合流地点)では、ドラモントの計らいによってすでに避難していた国民たちが集結しており、国の兵(人間)によって守られている。
「ここは我々に任せて、行ってください! 隊長!!(女王の指示を受ける兵士)」
「かたじけない……っ!(裏門へ向かう途中、兵士たちを振り返るドラモント)」
裏門の正面階段からはすでに街じゅうに溢れたブリキがふらふらと彷徨っており、一行が目指す西の地上進出用通路までにも数十体程家から出入りしている。近づけばさらにあらゆる所からブリキが押し寄せてくるのは確実だった。
「一気に突っ切るぞ!! ついて参れ!(剣を掲げて駆けるドラモント)」
お菓子の家で眠っていたブリキたちは手で触れようとザラナに長い手を伸ばしてくる。ひと度掴まれれば巻き込まれるのは必至で、ザラナは悲鳴を上げながらドラモントに必死についていった。
(来るんじゃなかった……っ、来るんじゃなかった……ッ、来るんじゃなかった……ッ!!(涙目で走るザラナ))
ザラナは酷い後悔に苛まれている。一行は進出用通路に到着したものの、経路には無数のブリキが待機しており、すでに占領された状態となっていた。
「糞っ、遅かったか!!(ブリキと戦闘を繰り広げるドラモント)」
「これからどうする?(拳で戦うノビー)」
「……廃棄された旧坑道がある……しかし、わしらでも場所はわからんのじゃ……見つけ出すことができれば、追手を振り切りながら地上への道を確保することができるやもしれぬ」
「こんな状況で探せるわけないでしょお~~っ!?(杖を振り回してブリキを追い払うサロメ)」
万事休すかと思われたその時、聞き覚えのある声が一行が入ったマンホール付近から聞こえてくる。
「お~い、こっちこっち! 早くこっちだよ~~っ!(マンホールから顔を出して手を振る鼠共)」
あの後別れたトニーがいつもどおり酒場でくつろいでいると、仲間たちが慌てた様子で「新しい場所を発見した」と大喜びだった。その場所に紫甘晶は無かったため鼠共はすぐに引き返したのだが、直後大きな地響きに遭遇し、大丈夫か様子を窺っていた最中、ブリキどもの様子がおかしいのでサロメに報告するタイミングを計っていたらしい。
そのようなことをトニーがサロメに耳打ちすると、サロメは凄い形相でトニーに「今すぐその場所に案内しろ」と凄んだのである。トニーはドラモントが居ると渋るが、サロメの剣幕に押され渋々従った。
「そんなこといってる場合じゃないでしょおぉ~~!?(ドラモントにも聞こえる大声でトニーに詰め寄るサロメ)」
「わ、わかったよ……(引き気味のトニー)」
トニーに連れられ、一同は例の酒場を訪れた。トニーが申し訳なさそうな顔をしてドラモントを見ると、ドラモントは目を見張り、少ししてやれやれと目を瞑る。
「な、なあ! 俺たち役に立ったし、その……罰とかは……ないよな?(冷や汗を掻きながらドラモントを上目遣いで見るトニー)」
「……お主らが発見したのが旧坑道だったら考えてやらんこともないわい」
「今はそんなこと話してる場合じゃないから! ほら、さっさと案内して!(怒った目付きのサロメ)」
鼠共はドラモントの姿を見るとさすがに狼狽えるが、夢かもしれないとまたカウンターに突っ伏した。
細穴の十字路を右に進み、トニーらが見つけたという新坑道(旧坑道)に到着する。埃塗れで、風化間近の古い支保工が残されているのみであり、中はひんやりと冷たく静寂が漂っている。
「お爺ちゃん、どう!?」
「……おそらく、過去に廃棄された坑道じゃろう……地上進出用通路とは別に、資材運搬用通路があったはずじゃ」
鼠共は軽く散策した結果、「頭上に大きく空く縦穴」を見つけていたと報告する。
「おそらくそれが資材運搬通路じゃ……しかし、過去の政策時に紫結晶で封じられておるはずじゃ……あやつらが来る前に何とか掘り進めねば……!」
「あ、あのう……私、そんな力もう残ってないんですけど……(人差し指同士をツンツンするザラナ)」
「何じゃと?」
「私、一日一回しかあれできないというか……あんまり魔術とか使わないし……ごめんなさぃ…………(どんどん声が小さくなるザラナ)」
「(咳払いをするドラモント)ともかく、今は経路に向かうべき――」
その時、旧坑道全体に響き渡るような鈍い音がし、鼠共があるといった方角からは逆の進路から「ガシャガシャ」と耳障りな音が響く。
「あやつら、封鎖された坑道を見つけおったのか!? 何たる執念じゃ……!!(冷や汗を流すドラモント)」
ドラモントは「急げ、ここで襲われたら一溜まりもない!」と叫び、鼠共に先導させ資材運搬用通路を目指した。
「あれ、こっちだったっけ?」
「違うよ、こっちだよ!(仲間の鼠の手を引く鼠)」
「もー、しっかりして!!」(サロメ)
一同が到着したのは奥からひんやりとした風が流れ込む漆黒の大穴だった。鼠共はここだここだと喜び、ドラモントは急いで飛行の準備をするよう言う。
「わしはここでできる限り食い止める……サロメ、こやつらを頼む(剣を握り直して音のする方を向く)」
「いや、お爺ちゃんも一旦出た方がいいって!(焦るサロメ)」
「わしはこの国から逃げたりせん……最終的に助けは借りたものの、できることは自分でやるのが国というものじゃ!! さあ、ゆけい、サロメ!!」
「そんなのだめだよ!!(ドラモントを掴もうとするサロメ)」
ノビーはこれ以上話している猶予はないと判断し、風の出力を最大まで上昇させた。合計五人(ノビー・ノスタルジア・ダリアン・ザラナ・サロメ)の体をあっと言う間に浮き上がらせた最大出力の風は、サロメが最後に呼ぶ祖父への叫びも掻き消す。
「ちょっと、勝手に飛ばないでよ!!(ノビーに向き直るサロメ)」
「紫結晶を砕く必要があるなら、君の魔術も必要だ。これ以上話している時間はない(真っ直ぐ上を見据えるノビー)」
すでに縦穴の壁面では小柄な紫結晶と遭遇しつつあり、中位魔術師であるダリアンとサロメは小粒の岩を発射して紫結晶を砕く準備に入る。地表に近づくにつれぼんやり明るかったお菓子の国の光が消えつつあるので、ノスタルジアがその補助に入った(明かりを創った)。
「行くわよ!!(魔術を行使するダリアン)」
紫結晶は非常に硬く、数発の岩が直撃しないと上手く砕けない。ダリアンが撃ち零したものをサロメが確実に破壊する役割分担で進路上に形成された紫結晶は難なく破壊できる。
(うぅ……なんかひもじい……(無力感に苛まれるザラナ))
しかし紫結晶の規模は段々と大きくなり、常に全速力では進めなくなる。
一方、下方ではドラモントが剣を振るって突撃してくるブリキどもを薙ぎ払っていたが、そのあまりの多さに押し切られ、波に飲まれてしまう。
「ぬあぁぁぁぁーーーっっ!!!(波の中から剣を握った手を突き出しているドラモント)」
鼠共は経路の端に小さな穴を作り、身を寄せ合って震えている。
ブリキどもは凄まじい速度で壁を上り出し、巨大な紫結晶に手間取っているノビーらにどんどん迫りくる。
「後先は考えるな。最大出力だ!」
ダリアンは小粒の岩を連射し出し、サロメもそれに続いた。魔力量を考えず、とにかく発射し続けたおかげでブリキの速度に追いついたが、数百メトリ進んだ所でサロメの魔力が切れてしまい、ダリアンの岩だけでは破壊できない大きな紫結晶に鉢合わせる。紫結晶の隙間からは太陽のものと思われる光が透過してきており、最後の関門と思われた。
「だめ! 間に合わないっ!!(ダリアンの岩が紫結晶に弾かれる)」
追手の魔の手はすぐそこ。ノスタルジアとザラナが落ちてきた紫結晶や岩の破片を使ってブリキに投擲攻撃を繰り返していたが、それにも限界がある。ノビーが身を乗り出し、ダリアンの攻撃によってひびが入った岩に全力の拳をお見舞いした。
「ぬおぉぉぉぉぉっっ!!!(拳がひびにめり込み、細かい破片を作る)」
拳によって陽の光が降り注ぎ、大きな紫結晶の破片はブリキを巻き込んで深淵の穴へ落下していく。ガラスが砕け散るような鈍い音は森中に響き渡り、一行は森に空いた穴の縁に座り込むように着地した。陽の光をさんさんと浴びた緑の芝草がそれを受け止める。
「はぁっ……はぁ……あれ、ここ……(周囲を見渡すダリアン)」
周囲は最初に訪れた紫結晶の群生地だった。群生地の奥にひっそりと佇むザラナの小屋も見える。
「こ、ここに繋がっていたんですか……!?(汗を掻くザラナ)」
追手はすべて破片の直撃によって落下し、一同の安全は保障される。息つく暇もなく、サロメが祖父の安否を心配する。穴に飛び込もうとするので、ノビーが慌てて手を引っ張り止める。
「放してっ!!(もがくサロメ)」
「落ち着け、今行っても君には魔力がない。今は休息を取るべきだ」
「……!(ハッとするサロメ)」
ノビーの言葉を聞いたサロメは大人しくなった。もしノビーの言葉を聞かなければ、サロメは魔力がないまま穴に飛び込んでいただろう。ノビーはこの場所は危険だとし、一度自分の館で休むべきだと案じた。一同はそれに従い、ザラナも含めて穴から離れ、館を十分休息(魔力回復)を取ることにした。
サロメは食事も喉を通らず、中途半端な状態で眠りに就く。居間で眠るザラナは、同室で眠っていたサロメがいつの間にか居なくなっていることに気づく。基地で寝ているダリアンたちにそれを話すと、ダリアンらはノビーに報告し、ノビーは急いでサロメの後を追った(ドラモントらの身を案じている)。
「あの……あの人どっか行っちゃいましたよ……?(玄関を指差すザラナ)」
サロメは出立したばかりで、ノビーらは前方に黄色いシフォンケーキ・ハットを揺らせる飛行者を発見し、慌てて追従した。すでに数時間が経過しており、ドラモントの安否は定かではない。
前方の飛行者は予想どおり黒魔女の森に降り立ち、穴の空いた群生地からお菓子の国へ入っていった。森は静けさを取り戻しており、ブリキの気配はない。ノビーらは慎重に降下し、サロメを追った。
資材運搬用通路には多数のブリキの残骸で溢れ返っており、そのなかにサロメは居た。壊れたブリキを運びゆくドラモントの背中を見つけていたのだ。
「お爺ちゃん!!(笑顔になるサロメ)」
「おお、サロメ! 無事だったか!!(運んでいたブリキの残骸を落とす)」
抱擁する二人の後からノビーらが到着し、お菓子の国の現在を聞いた。お菓子の国はブリキの暴走の鎮圧に成功し、今や残骸の処理に回っているという。ドラモントも五百年国のために尽くした名もなき兵たちを手厚く葬るため残骸を回収していたとし、国は改革を進めるため平常運転に戻りつつあるという。
「改革って何よ?」
「遺物が無くなったことでわしらを繋ぎ止めるものはもう何もない……全国民が一丸となって『開国』に向けた準備をしとるよ」
「それ……本当……? お爺ちゃん! あたしもそれ手伝うよ!!(満面の笑みを見せるサロメ)」
サロメはシフォンケーキ・ハットをぼよんぼよん揺らしながらブリキの回収作業に入った。ブリキが掘削したことで本坑と繋がった旧坑道では、同じく回収作業に当たる国の兵と擦れ違い、女王から国を救ってもらったと話を聞いたとノビーらに向かって敬礼する。
「ふふん、私たち英雄みたいね(ご満悦のダリアン)」
メインの貿易路(国の南側)ではすでに掘削作業が始まっており、大昔に生育された紫結晶の群れを手作業で破壊していく作業が続いている。ノビーは紫結晶は光に当たると脆くなる性質があるはずだと教え、お菓子の国のあのぼんやりとした光ではそれが作用しないと仮説を立てた。国の魔術師によって光が作られ、紫結晶は破壊しやすくなり作業効率が大幅に向上した。
「この調子で行けば一か月以内には開国できるじゃろう……すべて君たちのおかげじゃ、本当に感謝する」
「(得意げなダリアン)」
城ではすでに会議が行われており、その通達も兼ねて晩餐会が開かれることとなった。国中の官僚が集い、優雅な晩餐室で豪勢な食事が振舞われた。当然ダリアンらも招かれており、初対面の高官も居るなか、国を救った英雄として女王直々に紹介された。
「彼女らがこの国を救った、旅行者です。当初はたしかに潜入者と呼ぶべきだったかもしれませんが、それは最早些細なことです。彼と、彼女らがこの国を発見してくれたおかげで、今の私たちの進むべき道があるのです。そしてサロメと密偵に携わった者たち……彼女らはこの国の密偵として秘匿派の意向にそぐわない行動をしていました。ですが、それは彼女らの愛国心ゆえのものであり、結果としてこの国にこのような大きな貢献を齎したことも事実です……よって、彼女らが密偵として秘密裏に実行していた行動および諜報活動は、すべてこの女王の名の下に不問といたします。よろしいですね?」
晩餐室が静寂に包まれる。
「それと――この場には居ませんが、あの遺物を破壊した張本人である魔術師の意向により、国の正史としては『化学技術による破壊』を採用します。くれぐれも魔術師について口外しないように」
「あ、あの……お爺ちゃんは……?(上目遣いで様子を窺うサロメ)」
「もちろん、ドラモントも不問とします。彼による推進施策には少し過激なものもありましたが、それも同様にこれ以上の追求は無用です……しかし、これは特例です。本来彼は国を追放されてもおかしくないことをしでかしました。結果ありきであり、当然だとは思わないことです……サロメ、あなたもですよ?」
「(生唾を飲み込むサロメ)」
「それとは別に、サロメには城の禁書庫に侵入した罪、および地下水路の壁を損壊した罪の賠償をしてもらいます」
「ばっ、賠償~~!? ぜ、全部不問にしてくれるんじゃ……(汗を流すサロメ)」
「それは密偵活動の話です。あなたが侵入したのは、自分の『歴史に関する好奇心』を満たすためではないのですか? サロメ(強く睨む女王)」
「うっ……(図星)」
「賠償は……この国の親善大使となることにより果たされるとします」
「『親善』……『大使』……?」
「いいですか、サロメ。わたくしは国民の愛国心を何よりも大切に思っています。しかし……いくら愛国心のためとはいえ、城の禁書庫に忍び込んだり、国の機密を盗み見ようとしたのはあなたくらいです。よって、あなたが親善大使としてこの国のために尽くすことでその償いができると考えています。この国は五百年もの間国交を断絶していました……最早当時の我々のことを知っている国は存在しないかもしれません……そこであなたのような愛国心に溢れた若者が国を宣伝することで、このお菓子の国との関係復旧に繋がると考えたのです。やってくれますね、サロメ?(微笑む女王)」
「やる……あたしやるよ、女王様!(一転顔を明るくするサロメ)」
ダリアンらには豪華なパフェが振舞われる。上から下まで具がぎっしり詰まったお菓子の国特製パフェを大きなグラスで堪能できた。もちろんグラスも食した(ぺろりと平らげる)。
「もう、お腹いっぱいよぉ~~……(眠そうだが笑顔のダリアン)」
その後、お菓子の国は正式に国交再開を宣言し、五百年来の快挙であると国中から祝福された。しかし五百年前と最も異なる点はスウィグナド国という併合国家が誕生している点である。二~三百年ほど前から南に位置するヴィボン帝国が傘下を広げつつあるのに対抗し、都市国家クーロは周辺の都市国家と併合・合併し、スウィグナドという一つの母体を形成し、帝国の傘下から逃れた。つまり、国家が都市単位だった五百年前と違い、現在のお菓子の国の領土はスウィグナド領内に存在することになる。しかしスウィグナドはその宣言を認め、スウィグナド領内の特別行政市として認可した。スウィグナドとしては少しでもヴィボンに対抗する勢力を蓄えたいのだと見える。
ザラナに関しては、ザラナ自身の意向により晩餐会の出席を辞退した。ザラナ自身、元々人目に付くのを避けたがる傾向があり、女王もその意向を尊重した。しかしその後、ザラナはサロメという一回り年下の友達が出来、ザラナは鬱陶しく思いながらも、どこか自身の変化に気づいていたのだった。




