背中を預けて
『さあ——始めよう、か。この、世界の。終わりの——幕を』
その言葉と、同時。
玉座の闇が、ぶわりと膨れ上がった。広間中の黒い靄が、意思を持つ触手のように。私たちへと——襲いかかってくる。
一本、二本——いや、数え切れない。無数の黒い腕が、四方八方から。私たちを絡め取ろうと——伸びてくる。
「——っ、来るぞ! 散れ!」
ユリウスが、叫びながら。剣を、振るう。
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鋭い斬撃が、迫りくる闇を——薙ぎ払う。はず、だった。
でも。
ずるり、と。
剣は、闇を——すり抜けた。手応えが、まるでない。まるで、煙を斬っているみたいに。闇は平然と、再び——形を、取り戻す。
「——なっ!?」
ユリウスの顔が、驚愕に歪む。
もう一度。今度は、袈裟懸けに振り下ろす。けれど、結果は——同じ。刃は、闇の体を。ただ——通り過ぎる、だけ。
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「くっ……効か、ない、のか……っ」
何度、斬っても。同じだった。剣は、闇を通り抜けるばかり。
その間にも。闇の腕は、ユリウスの足に。腕に絡みつき、じわじわと——その動きを、奪っていく。
「ぐ……っ」
まずい。このままじゃ——ユリウスが、呑まれる。
私が、駆け寄ろうと——した、そのとき。
『……っ、たく。仕方、ない、な』
聞き慣れた声が、した。やれやれ、と言わんばかりの——けだるげな、声。
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ふわり、と。
私の傍らで、フェンの姿が——変わる。小さな狐の姿から、すらりと背の高い——人間の、青年へ。
金色の髪。吊り上がった、切れ長の目。人を食ったような——涼やかな、笑み。
「——っ、お前は……!?」
ユリウスが、目を見開いた。その顔に——はっきりと、見覚えが。あるようだった。
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ああ、そっか。ユリウスには、フェンの人間の姿が。前に、町で会ったときの——あの「金髪の青年」に。見えるんだ。
『やあ、おぼっちゃん。久しぶり、だな』
フェンが。にやり、と笑う。あの、煽るような——態度で。
「な、なぜ……君が、ここに……」
「まぁ——そういう、事だ」
フェンは。ひらり、と肩をすくめる。
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「つべこべ、言ってる——暇は、ないぞ。協力、しな。おぼっちゃん」
「……っ」
ユリウスが、一瞬。何か言いたげに口を開きかけて。けれど——今は、それどころじゃないと悟ったのか。ぐっと、言葉を——飲み込んだ。
その、次の瞬間。
ふわり、と。
ユリウスの身体が、淡い風に——包まれた。剣の刃にも、透き通った風が——まとわりつく。
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「これで——お前の、剣も。あの闇に、届くようになる」
フェンが。ユリウスの隣に、並び立つ。
「それと。この闇の中じゃ、お前の目は——当てにならない。だから——俺が、目になる。俺の動きに、合わせろ」
「……っ、わかった」
ユリウスが、短く答える。気まずい相手のはずなのに、彼は——余計なことを、何も言わなかった。今は、そんな場合じゃない。誠実な彼は、そう——冷静に、判断したのだろう。
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来る。
再び、闇が。うねりながら——襲いかかってくる。
「右だ!」
フェンの、鋭い声。ユリウスが、考えるより早く——身を、ひるがえす。
その剣が、風をまとって——闇を、薙いだ。
今度は——すり抜け、ない。
ぎゃっ、と。耳障りな悲鳴をあげて、闇の触手が。風に裂かれて——霧散する。
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「……っ、斬れた!」
「当たり前だ。俺の風だぞ」
フェンが。得意げに鼻を鳴らす。
「次、左。二つ——来る。下がりながら、薙げ」
「——ああ!」
ユリウスの動きが、さっきとは別人のように——冴えていく。フェンの、的確な指示。風をまとった、剣閃。二人の息が、少しずつ——合っていく。
「上だ! 跳べ!」
ユリウスが、床を蹴る。宙で身をひねり、振り下ろした刃が——頭上から迫った闇を、両断する。
「……っ、君の指示は。正確、だな」
「ふん。当然だろ。俺の目は、節穴のおぼっちゃんとは——わけが違う」
「一言、多い」
軽口を叩き合いながらも、二人の剣と風は。一糸の乱れもなく——噛み合っていた。
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(……すごい)
あんなに、いがみ合っていたのに。いざとなれば——ちゃんと、背中を預け合える。
闇の触手を、次々と斬り払いながら。ユリウスとフェンが、玉座へと——道を、切り開いていく。
でも——その玉座の、上で。
闇の精霊王は。まだ、ゆったりと微笑んだまま。微動だに、していなかった。
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『ほう。なかなか——やる、ではないか』
愉しげに、闇の精霊王が呟く。
『だが——これは。ほんの、戯れにすぎん。本当の絶望は——これから、だ』
その、声と、ともに。
広間の闇が、さらに——濃く。深く。蠢き、はじめる。
戦いは。まだ——始まった、ばかりだった。




