よろしくね
まばゆい光が、少しずつ。形を、結んでいく。
すらりとした、立ち姿。腰まで伸びた、銀色の髪。涼やかで、どこか、寂しげな、面差し。
(……シルヴィア)
間違いない。鏡の中で、何度も見た。この身体の、本当の持ち主。シルヴィアが。光の中に、生身の姿で立っていた。
ずっと、声だけだった。鏡越しの、気配だけだった。その人が、今——目の前に、いる。
「……やっと、会えたわね。みどり」
シルヴィアが、微笑んだ。その声は、優しくて。少しだけ、泣きそうで。
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「シ……シルヴィア!?」
素っ頓狂な声が、上がった。ユリウスだ。
(……え。ユリウス様、見えてるの!?)
驚いた。ユリウスは、精霊が見えないはず。なのに、今——確かにシルヴィアを見て、目を見開いている。
「どうして……君が、そこに。いや、でも……たしかに、シルヴィアだ。本物の……」
ユリウスの声が、震えていた。無理もない。彼にとっては——変わり果てたと思っていた幼馴染が、突然、昔のままの姿で、現れたのだから。
『ふふ。久しぶりね、ユリウス』
シルヴィアが、彼の方を見て、柔らかく笑う。
「これは……まだ、わたしが完全に、こちら側へ行く前の姿。だから、あなたにも見えているのよ。最後に——挨拶くらい、できるように」
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「最後、って……どういう」
戸惑うユリウスに、シルヴィアは。ただ、優しく微笑むだけだった。それから——視線を、私に、戻す。
「みどり。……全部、見たのね。わたしの、すべてを」
「……うん」
声が、震えた。母のこと。その身を蝕み続けた、闇のかけら。突き放した、親友。そして——わたしのために遺してくれた、たくさんのもの。全部、見た。全部、知ってしまった。
「どうして……どうして、そこまで。自分が、消えてしまうのに。自分を、犠牲にしてまで……」
「ふふ。……不思議?」
シルヴィアは、困ったように、笑った。
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「わたしね。ずっと、怖かったの。臆病で、欲張りで。本当は、生きたかった。誰かに生きてほしいなんて言いながら——自分が、いちばん未練がましかった」
(……シルヴィア)
「でも、鏡の向こうで、あなたを見つけたとき。思ったの。ああ——この子は、わたしとよく似てる。臆病で、欲張りで。それなのに——わたしより、ずっと強い」
シルヴィアの瞳が、まっすぐに、私を見る。
「あなたなら。きっと——あなたらしく、選べる。そう、思ったの。どんな道を、選んだとしても。それは、あなたが決めること。……勝手に、巻き込んで。ごめんなさい」
(……勝手、か)
正直——その通りだ。
ずっと、誰にも言えなかった。気丈な令嬢のフリをして、何でもこなすしっかり者のフリをして。弱音なんて、吐いている暇はなかった。
でも——わたしの、すべてを知っている、シルヴィアを前にしたら。
堪えていたものが。ふいに——あふれて、しまった。
「……正直さ」
声が、少し、震えた。
「本当は。いきなり、呼ばれて。わけも、わからないまま。めちゃくちゃ、振り回されて。……毎日、必死で。すっごく、不安だった」
「……うん」
「この身体のことも。この世界のことも。何も、わからなくて。いつ、ぼろが出るかって。びくびくして。……心細くて、仕方なかった」
シルヴィアが、すまなそうに、目を伏せる。
「でも——」
わたしは、顔を、上げた。
「ここに来て。エマや、ピピや、フェンや。フレデリカお姉様や……ユリウス様や。みんなに、会って」
胸が、じんわり、温かくなる。
「……いつのまにか。ここが。わたしの、大好きな場所に、なってたんだ」
「……みどり」
「だからさ。あなたが、謝ることなんて、何もないよ。……むしろ。こんな、素敵な場所に、呼んでくれて。ありがとう」
シルヴィアの瞳が——みるみる、潤んでいく。
「でもね、みどり。これだけは、聞いて」
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「その、身体。その、魂。……もう、あなただけの、ものよ」
(……え?)
「さっき、あなたが暗号を解いた。その瞬間に——わたしの魂は、もう。その身体から、離れたの。今こうして話しているのは、最後の名残みたいなもの。だから——これからは。その身体も、その人生も。何もかも、あなただけのもの」
胸が、震えた。
ずっと、わたしは。借り物だと思っていた。シルヴィアの身体を奪って、その人生を横取りして。まがいものの令嬢として、生きているんだと。
「あなたは、わたしの代わりじゃ、ない。まがいものでも、ない。あなたは——あなたよ。みどり」
(……ああ)
その一言が。ずっと、わたしの奥に刺さっていた、棘を。すっと——溶かして、いった。
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「だから——もう、わたしのことは。気にしないで。あなたが、選んで」
シルヴィアは、晴れやかに、微笑んだ。
「救って、なんて言わない。重たい使命を、押しつけるつもりもない。ただ——あなたの好きに、生きて。あなたの舞台を、作って。それが、わたしの——最後の願い」
(……あなたの、舞台に)
ようやく。あの暗号の、最後の言葉の、意味が。すとんと、胸に、落ちた。
救えと、命じられたんじゃ、なかった。この世界を——わたしの好きに、生きていい。そう、言ってくれて、いたんだ。
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それから、シルヴィアは。ユリウスの方を、向いた。
「ユリウス。……ありがとう」
「シルヴィア……」
「ずっと、わたしの幼馴染でいてくれて。あなたがいてくれたから、わたしは——独りぼっちじゃ、なかった」
ユリウスは、何かを言いかけて。でも、言葉にならないようだった。ただ、唇を噛んで。シルヴィアを、見つめている。
「だから——お願いが、あるの」
シルヴィアは、いたずらっぽく、笑って。それから、私を、ちらりと見た。
「みどりを、よろしくね」
「……っ」
ユリウスの顔が。くしゃり、と、歪んだ。それから——彼は。ぐっと、何かをこらえて。深く、深く、頷いた。
「ああ。……約束する。命に、かけて」
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シルヴィアの顔が、ふと曇った。それから、意を決したように。私と、ユリウスを見た。
「それから……もう一つ。どうしても、お願いしたいことが、あるの」
「……イザベラの、こと?」
私が、そう言うと。シルヴィアは、泣きそうな顔で頷いた。
「あの子は……わたしの、大切な幼馴染だった。なのに、わたしは。あの子を守るためとはいえ——突き放して、傷つけて。そのせいで、あの子は、今……」
シルヴィアの声が、震える。
「全部、わたしの、責任よ。だから——」
「違うよ」
私は、はっきりと、首を振った。
「あれは、あなたのせいじゃない。全部、あの女が——王妃が仕組んだこと。あなたは、イザベラを守ろうとした。それだけ、でしょう」
「……みどり」
「だから——あなたが、背負わなくていい。イザベラは、わたしが必ず助ける。あなたの大切な幼馴染を、もう一度——あなたたちの笑顔を、取り戻してみせる」
シルヴィアの瞳から。とうとう、涙が、こぼれた。
「……ありがとう。本当に……ありがとう、みどり」
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シルヴィアが、涙を拭って。満足そうに笑う。その姿が——少しずつ、また光になっていく。
(……時間が、ないんだ)
わかった。もう、シルヴィアが、こうしていられるのは。あと、わずか。
わたしは——決めた。
胸の奥から。熱い、何かが。せり上がってくる。これから、何が待っているのかも、わからない。怖くない、と言えば、嘘になる。それでも——。
(……わたしは。もう、逃げない)
「急に地球が滅びないかな」。諦めたくなるたび、つぶやいてきた。冷めたフリで、世界に背を向けるための、言い訳。
でも——もう、違う。
守りたい人が、できた。叶えたい、願いが、できた。だったら——。
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「——決めた」
私は、顔を上げて。まっすぐに、前を、見据えた。
「わたしが、これから、作る物語は——」
息を、吸い込む。
「——地球を、滅ばさせたり、しない!!」
叫んだ、瞬間。
わたしの全身から、まばゆい光があふれ出した。足元から、光の渦が立ち上る。温かくて、力強くて。これが——わたしの選択。わたしの、覚悟。
……でも。
(……あ。しまった)
ふと、気づく。シルヴィアも、ユリウスも。きょとんと——目を、丸くしている。
(……そっか。「地球」なんて、言われても。通じない、よね)
わたしの、元いた世界の、言葉。この世界の人には、何のことだか、わからない。せっかく、決めた、決め台詞だったのに。
「……えっと。つまり」
わたしは、こほん、と。咳払いを、ひとつ。仕切り直すように、もう一度。
「この世界を——救う……! そういう、ことです!」
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『……ふふっ』
シルヴィアが。光の中で、吹き出した。
『あはは。やっぱり、あなた——最高ね、みどり』
ユリウスまで。呆れたような、でも、嬉しそうな顔で。小さく、笑っている。
(……うう。決め台詞、台無し)
でも——不思議と。さっきまでの、震えは。消えていた。
代わりに、胸の真ん中に。揺るがない芯のようなものが、すっと通っていた。
『……みどり』
シルヴィアの声が。優しく、響く。
『あなたが、選んでくれた。だから——わたしも、やっと。次へ、行ける』
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その、瞬間だった。
シルヴィアを、かたどっていた光が。ふわり、と、ほどけて。今までとは違う——もっと清らかで、もっと神々しい輝きへと。変わって、いく。
「シルヴィア!?」
ユリウスが、声を上げた。けれど。
「……あれ。シルヴィアが……見え、ない」
(……ユリウス様には)
もう、見えないんだ。
精霊に、なったから。精霊の力を持たない、ユリウスには。
でも、私には——見える。光をまとった、シルヴィアの姿が。前よりも、ずっと安らかで。もう、あの儚い影は。どこにも、なかった。
『ありがとう、みどり。……これで、わたしは。やっと、自由よ』
シルヴィアは——精霊になった、その瞳で。今まででいちばん、幸せそうに。微笑んでいた。




