まっすぐな、言葉
「そろそろ、聞かせて、くれないか。君は——本当は、誰なんだ?」
ユリウスの深い青の瞳が、まっすぐに私を見つめている。怒りでも、混乱でもなく。ただ——知りたい、というように。静かに。
(……どう、しよう)
心臓が、早鐘を、打つ。
言えない。本当のことなんて、言えるはずがない。私が、別の場所から来た、別の人間で。この身体は、シルヴィアのもので。そんなこと、話したところで信じてもらえるはずが。いや、それ以前に。話して、いいことなのかも、わからない。
でも。
(……この人にだけは)
嘘を、つきたくなかった。あんなに、ひどい言葉を、ぶつけた後で。これ以上——彼を、欺きたくなかった。
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「……ごめんなさい」
気づけば、私は。そう、口にしていた。
「さっきの、あれ。……全部、嘘です。あなたを傷つけるつもりなんて、なかった。あんなこと、言いたくなかった」
「……ああ。わかってる」
ユリウスは、静かに、頷いた。
「君の目を見れば、わかる。君は、必死に何かと戦っていた。あの王妃に、逆らえない何かが、あったんだろう」
(……気づいて、る)
この人は。本当に——よく、見ている。私が、隠そうとしたものを。全部。
「でも、ユリウス様。わたしは——うまく説明できないんです。自分のことが。何から話せばいいのか。話して、信じてもらえるのかも——わからなくて」
声が、震えた。
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「ひとつ、だけ。聞かせて、ほしい」
ユリウスが、静かに、言った。
「君は——僕の知っている、シルヴィアと。同じ人、なのか?」
(……っ)
核心を、突かれた。
ごまかすことも、できた。「同じです」と、笑えば。それで、済んだのかもしれない。でも——彼の、澄んだ瞳を見て。私は、もう。嘘を、重ねることが、できなかった。
「……わかりません」
絞り出すように。私は、答えた。
「自分でも、わからないんです。わたしは、たぶん。あなたの知っている昔のシルヴィアとは……違う。でも、それをどう説明したらいいのか。わたしにも、まだ——わからなくて」
うつむく。情けなくて。涙が、にじみそうに、なる。
こんな、曖昧な答え。きっと、彼を——困らせるだけだ。
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でも。
「……そうか」
ユリウスの、声は。意外なほど、穏やかだった。
顔を、上げると。彼は——ふっと。優しく、微笑んで、いた。
「やっぱり、そうだったんだな。……なんとなく、ずっと、感じていたんだ。記憶を失くしてから、君は——変わった。いや、違うな。まるで、別の人みたいに、なった、って」
「……ユリウス様」
「最初は、戸惑った。あの、おとなしかったシルヴィアが。急に、誰にでも物怖じせず、ずけずけ言うようになって。かと思えば、変な言い回しをしたり、妙に肝が据わっていたり」
ユリウスは、懐かしむように、目を、細めた。
「でも——気づいたら。僕は。そんな、今の君に。どんどん、惹かれていた」
(……え)
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「ねえ、シルヴィア。……いや」
ユリウスは、一度言葉を切って。それから、じっと私を見た。
「君を、なんて、呼べばいい?」
(……っ)
その問いは。まるで、私という存在を。昔のシルヴィアとは別の、一人の人間として。認めてくれている、ようで。
胸が、いっぱいに、なった。
でも、本当の名前は。「池崎緑」だなんて、言えるはずない。だから、私は。この世界で、ピピや、フェンや。シルヴィアだけが呼んでくれる——その名を。
「……緑、と。緑って、呼んで、ください」
口に、してから。はっと、した。しまった。変な名前だと、思われる——。
「緑」
でも、ユリウスは。確かめるように、もう一度、その名を、口にして。それから——ふわり、と、笑った。
「いい、名前だ。君に——よく、似合う」
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心臓が、跳ねた。
(……ずるい)
そんな、こと。さらっと、言わないで、ほしい。ただでさえ——諦めようと、しているのに。
「ユリウス様。……あの、聞いてください。わたしは——」
わたしは、あなたの好きなシルヴィアじゃない。だから、あなたの想いには応えられない。そう、言おうとした。彼が好きなのは、昔の、本物のシルヴィア。私じゃ、ない。だから——。
でも、その前に。
「緑」
ユリウスが。私の、名を、呼んだ。さっき、教えたばかりの。その名を。とても、大切そうに。
「僕は——君に、言わなきゃ、ならないことが、ある」
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ユリウスの頬が、ほんのり赤い。いつも余裕のある、彼らしくない。視線が、落ち着かなげに泳いで。それから——意を決したように、私を見据えた。
「……昔のシルヴィア。あの子のことは、大切な幼馴染だと思っていた。だから、あの子には。いつか誰かと、幸せになってほしいと。そう、願っていた」
(……っ)
やっぱり。ユリウスが、想っているのは、シルヴィア——。
「でも、緑。君は——違うんだ」
「……え?」
「君のことは。誰かに、譲りたく、ない。……僕が。僕が、幸せに、したいんだ」
時間が——止まった、気がした。
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「……あの。それは」
頭が、真っ白に、なる。
「ど、どういう——」
「ああ、もう。……こういうの、本当に、苦手なんだ」
ユリウスは、くしゃり、と前髪をかき上げた。耳まで、真っ赤にして。いつもの優雅さは、どこにもない。
「うまく言えないけど。……つまり。僕は、君が——緑が、好きだということだ。昔のシルヴィアじゃ、ない。今の、ここにいる、中身の君が」
(……うそ)
「君がどこから来て、本当は誰なのか。僕にはわからない。でも——そんなこと関係ない。今の君が。その、芯が強くて、優しくて、時々無茶をする君が。……好きなんだ」
不器用に。けれど——まっすぐに。彼の言葉が。私の、胸に、刺さった。
ああ——どうしよう。
あんなに、諦めようとしていたのに。彼が見ているのはシルヴィアの姿だけで、中身の私なんて見ていないと。そう、思い込もうとしていたのに。
(……見て、くれてた)
ちゃんと——中身の、私を。
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涙が。ぼろり、と。零れた。
「……っ、ずるい、ですよ。そんな——まっすぐに、言われたら」
「……ごめん。うまく、言えなくて」
「下手くそ、です。ほんとに」
笑いながら、泣いた。涙が、止まらなかった。嬉しくて。でも、同時に。胸が、締めつけられた。
だって——私は。この世界の人間じゃ、ない。いつか、すべてが終わったら。どうなるのか——わからない。シルヴィアの暗号も、まだ解けていない。これから、何が起きるのかも。
こんな私が、彼の想いに応えて、いいのか。幸せになる資格が、あるのか。
(……でも)
今だけは。この、温かい気持ちを。否定したく、なかった。
「……わたしも」
涙を、拭いて。私は、彼を、見上げた。
「わたしも——です。ユリウス様。あなたのことが、ずっと好きでした」
ユリウスの青い瞳が、大きく見開かれて。それから——今まで見た中で、いちばん嬉しそうに。柔らかく、微笑んだ。
二つの月が、雲間から。そっと、顔を、覗かせる。
その光が——泣き笑いの、私たちを。優しく、照らしていた。
まだ、何も解決していない。これから、もっとつらい戦いが待っている。それでも——この瞬間だけは。私は、ただの恋する女の子で、いたかった。




