クソみたいな、台本
ユリウスが、玉座の前に、進み出る。
「王妃殿下。本日は、お招きに——」
「堅苦しい挨拶は、いいわ」
王妃は、ひらりと手を振って、彼の言葉を遮った。それから——ちらり、と。私の方を見る。底なしの瞳が、楽しげに細められた。
「それより、ユリウス。あなたに、伝えたいことが、あるのは。わたくしではなくて——そちらの、ご令嬢の、ようよ」
(……っ)
ユリウスの視線が、私に、向く。怪訝そうに。
「……シルヴィア?」
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王妃が、すっと、私のそばに、寄った。そして——耳元で。誰にも、聞こえない声で、囁く。
「さあ。あの子に、言ってあげなさい。今から、わたくしが、教える通りに。一言一句、違えず——ね」
冷たい言葉が、毒のように耳に流し込まれていく。ユリウスを傷つけ、突き放すための台本。彼の心を闇に堕とすための、呪いの言葉。
(……これは)
血の気が、引いた。これは——あの日の再来だ。ローザが語ってくれた、シルヴィアがイザベラに濡れ衣を着せ、突き放した、あの夜会。
王妃は、私の強張った顔を見て。くすり、と嗤った。
「あら、どうしたの。そんな顔をして。……前にも、やったことでしょう? 簡単なこと。それとも——ああ、そうだったわね。あなた、記憶を失くしているのだったかしら?」
(——!)
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その、一言で。すべてが、繋がった。
(……そういう、ことだったの)
前にも、やったこと。つまり——あの日、シルヴィアがイザベラを陥れたのも。この女が命じたことだったのだ。シルヴィアの意志じゃ、ない。この王妃が、同じように耳元で毒を囁いて。シルヴィアに、親友を裏切らせた。
ローザが見た、あの「青ざめた横顔」。あれは、脅され、強いられ。やりたくないことをやらされていた、シルヴィアの。引き裂かれた、心だったのだ。
(……シルヴィア。あなたは、ずっと)
胸が、熱くなる。怒りで。そして——悲しみで。
この女は。母を奪い、シルヴィアを苦しめ、イザベラを壊し。今また、同じことを繰り返そうとしている。私に、ユリウスを使って。
(……ふざけないで)
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(……本当、クソみたいな台本書くわね)
心の中で、思いきり、舌打ちする。
でも、わかっている。ここで本心をぶちまけるわけには、いかない。怒鳴って拒めば、この女は容赦なく牙を剥く。イザベラがどうなるか、ユリウスがどうなるか——わからない。
だったら。
(……演じきる)
昔のシルヴィアは、きっと抗えなかった。青ざめ、震えながら、言葉を絞り出した。本心を、隠しきれないまま。
でも——私は。違う。
私は——役者だ。たくさんの役を、生きてきた。涙を笑顔の下に隠す術も、憎しみを優雅さで覆う術も。知っている。
(……見ていてよ、シルヴィア。今度は——飲み込まれたり、しない)
すっと、私は、表情を消した。そして、悪女の仮面を被る。
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「……ユリウス様」
冷たく。優雅に。私は、彼の方へ、向き直った。
「今までの、私。優しくて、可哀想な、記憶喪失の令嬢。……あれは、全部。嘘よ」
「……シルヴィア? 何を——」
「演技だったの。あなたたちを欺くための。ほんとうの私は——もっと、ずっと。冷たくて、性根の腐った女」
声は、震わせない。怒鳴りも、しない。静かであるほど、悪意は、際立つ。それを——私は、知っている。
「あの日。イザベラを陥れたのも、実は、私なの。あの子が目障りで、可愛さ余って。だから罪を着せて、泣くのを見て。……せいせい、したわ」
嘘だ。全部、嘘。一言、紡ぐたびに。胸が、引き裂かれる。
(……ごめんなさい。ごめんなさい、ユリウス様)
でも——表情には。一切、出さない。
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「それから——あなたの、こと」
私は、ふっと。嗤って、みせた。
「気づいて、いたわ。あなたが、私に向ける、その目。……恋慕、でしょう? ふふ。とっくに、お見通し」
ユリウスの、肩が。ぴくり、と、揺れた。
「だから、少し遊んであげたの。思わせぶりに笑ってみせたり、優しくしてみせたり。あなたが一喜一憂するの、とても滑稽で愉快だったわ」
(……違う。違うの)
「でも、もう飽きたわ。正直、迷惑なの。あなたの、その想い」
言葉が、氷の刃のように。彼を斬りつけていく。やめて。もう、やめさせて。心が、悲鳴を上げる。それでも、口は止まらない。王妃の台本の通りに。
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「その、深い青の、瞳」
私は、彼の、いちばん美しいものを。指して。嗤った。
かつて私が「武器にすればいい」と言った、その、宝石みたいな青を。
「じっとりと、こちらを見て。本当に陰湿で、気味が悪い。二度と、私の前に、その顔を見せないでくれる?」
言い、切った。
完璧に、一言一句、王妃の指定通りに。声も、表情も。どこにも——綻びは、ない。冷たく優雅な、完璧な悪女を。私は——演じきった。
広間が、しん、と。静まりかえる。
(……これで、いい)
心臓が、潰れそうだった。でも、やり遂げた。これで、王妃は満足する。イザベラも、ユリウスも。命までは取られない、はず。
あとは、この場を、切り抜けて——。
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けれど。
ユリウスは。動かなかった。
怒りも、悲しみも、見せず。ただ——じっと。
彼のその深く青い瞳が力強く私の目を。
覗き込んだ。
(……え)
「……違う」
ぽつり、と。彼が、呟いた。
「君は、今——嘘をついている」
(——!)
心臓が、跳ねた。なぜ。完璧に演じたはずだ。声も、表情も。一分の隙も、なかったはず。
「……何を、おっしゃるの。気のせいですわ。わたくしは、ただ——」
「いいや。わかるんだ」
ユリウスの声は、静かで。けれど——揺るぎなかった。
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「昔の君は」
彼は、まっすぐ、私を、見つめたまま。
「誰かを傷つけるとき、いつも泣きそうな顔をしていた。真っ青になって、唇を震わせて。本当は、こんなこと言いたくないと。全身で訴えるような——そんな、顔を」
(……っ)
ローザの、言葉が。蘇る。「青ざめて、いたの。誰よりも、傷ついている、みたいに」——。
「でも、今の、君は。違う」
ユリウスの、瞳が。痛いほど、まっすぐに。私を、射抜く。
「顔は、笑っている。冷たく、完璧に、一分の隙もなく。……なのに、その目だけが。まっすぐで、強くて。必死に、何かと戦っているみたいだ。まるで——僕を、守ろうとするみたいに」
(……どうして)
見抜かれている。完璧だったはずの仮面の、奥を。私が必死に隠していた、本心を。たった一人、この人にだけ。
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「君は——」
ユリウスが、一歩。私に、近づく。その瞳に、確信を、込めて。
「……君は、誰だ?」
その、瞬間。
ぴしり、と。空気が、凍りついた。
王妃の虚ろな瞳が、すうっと細められる。彼女も、悟ったのだ。何かが、計算と違う、と。場の空気が、一気に剣呑なものに変わっていく。広間の闇が——ぐわりと蠢いた。
「……あらあら」
王妃の声が。ぞっとするほど、低く、響いた。
「坊やったら。余計なことに気づいてしまったのね。……困った子。それなら——二人とも。ここで、消えてもらうしか、ないわ」
(……まずい)
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広間の闇が。津波のように。私たちめがけて——膨れ上がる。
(——どうしよう。このままじゃ、二人とも)
その、とき。
ドレスの、内側で。あの手鏡が。ふいに、熱く——脈打った。
(……これは)
『——緑』
頭の中に。直接、声が、響いた。荘厳で、優しい、あの声。時計台の——精霊王だ。
『よく、堪えた。あとは、私が。その鏡を、かざしなさい。そして——彼の手を、しっかりと、取るのです』
迷っている暇は、なかった。私は、とっさにドレスから手鏡を引き抜いて。高く、かざした。
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鏡面が——眩い、光を、放つ。
その光は、見る間に広がって。私たちの前に、ぽっかりと。淡く渦巻く抜け道を、切り開いた。
「ユリウス様! こっちへ!」
私は、彼の手を。強く、強く、握った。
「な——!?」
「いいから! 走って!」
戸惑う彼を、引きずるように。私は、光の渦へと飛び込んだ。ピピとフェンも、すかさず後に続く。
「逃がさないわ——!」
背後で、王妃の怒声が響いた。闇の力が、私たちを追って伸びてくる。けれど、わずかに届かない。
ぐにゃり、と。世界が、歪んだ。眩い光に包まれて、私たちの体は。その場から、掻き消えた。
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「……っ、はぁ……はぁ……!」
気づけば。私たちは——城から、遠く離れた。夜の、街外れに。倒れ込むように、立っていた。
冷たい夜気。遠くに、ぽつぽつと灯る、家の明かり。あの、おぞましい夜会は——もう、どこにもない。
(……精霊王さま。助けて、くださったんだ)
手鏡は、役目を終えたように。すっと、光を収めていく。
荒い息を、整えながら。私は——恐る恐る、隣を、見た。
ユリウスが、いた。
まだ、状況が飲み込めないという顔で。けれど——その瞳は。まっすぐに。私を——いいえ。
私と、固く、繋がれたままの。その手を。じっと——見つめていた。
「……さて」
ユリウスが、ゆっくりと、顔を上げる。深い青の瞳が——まっすぐに、私を、捉えた。
「そろそろ、聞かせて、くれないか。
君は——本当は、誰なんだ?」




