第9話 リモート挨拶
心臓の音が部屋中に響き渡っているんじゃないかと思うぐらい俺は今、緊張している。
生前…て言ったらなんか違うと思うけれど、今まで感じてきたものとは比べものにならない緊張感に俺は襲われている。
「相手は母親、相手は母親、相手は母親…」
(早くママとお話したいなぁ)
頭の中で聞こえるカナちゃんの呑気な声に応える余裕さえ今の俺には無い。
だって今から全く知らない相手に娘だと思わせて違和感を持たれないようにしないといけないのだから!
そうじゃないと経済面で詰む。
だってそうだろ?
現代日本でカナちゃんぐらいの子供が働ける所なんて皆無。
親に見捨てられたら養護施設行き。
お小遣いなんて貰えないだろう。
そしたらゲームが買えないじゃん!
カナちゃんみたいな幼女が働ける年齢になるまでゲームを我慢しろなんてできない!
最悪、ゲーム欲しさに窃盗に走るかもしれない。
…能力を駆使すれば誰も気付かずに犯行が可能そうだけど、歳下の子供の身体で犯罪に走るとかダメじゃん。
今後のゲームライフ…俺とカナちゃんの人生を左右するイベントとして今回は失敗する訳にはいかない!
それにカナちゃんから身体を奪った上に両親まで失わせる訳にはいかない。
俺の心が罪悪感で苦しまない為に。
すぐ側には重装備の看護師がカナちゃんの携帯を扱ってテレビ電話の設定をしてくれている。
俺が触ると何故か充電が早く消費されるからな。
能力が関係してるんだとは思うけど…
「よし、出来たよカナちゃん。
ここに置くわね」
看護師はベッドに設置してくれたテーブルの上に携帯を置いて部屋を出て行った。
既に通話は始まっているようで画面には人が写っていた。
(ママ!)
カナちゃんの嬉しそうな叫びに引っ張られるように携帯に触れないように気をつけながら画面を覗き込む。
そこには病院で目覚めた時に会った女性が写っていた。
顔色は悪く、頬は痩せこけていた。
まるで下痢や風邪が長引いた病人のような有様だった。
女性は俺が、カナちゃんの顔が画面に写ると笑った。
弱々しく、だけど心から安堵したと言わんばかりの笑顔。
ただ、その笑顔もすぐに涙で崩れた。
「ぁ…」
話そうと考えていた内容が飛んだ。
大人が人目も憚らずに泣き出した所を俺は初めて見た。
何か言わなきゃと思っても口から言葉が出てこない。
『良かった』
(よかった!)
『生きてる』
(生きてるよ!)
『カナちゃん、心臓が止まったって聞いて…』
(うん?)
『でも生きてて』
(うん!)
『本当に良かった』
(よかった!)
涙をボロボロと流し嗚咽混じりに聞こえてくる母親としての言葉に何も返せなかった。
頭の中でカナちゃんが言っている言葉を使えば自然なのかもしれないけれど、出来なかった。
脳裏に浮かんだ母さんの顔と重なって見えてカナちゃんから奪ったという感覚が湧き出て。
まるで感情という縄で首を絞められたかのように苦しくて何も言いたくなかった。
でも、大人が泣いてるというショックから俺の心はいつのまにか立ち直っていたらしく、俺の口は勝手に気持ちを伝えていた。
「俺…あんたの、娘じゃ…ない」
『…え?』
焦って話し続けようとする口を掴んで強引に塞いだ。
しかし途切れ途切れで発した俺の声は女性に届いてしまったらしく、涙を流しながら目を見開いて固まっていた。
俺は考えていた設定をとっさに口にした。
「五十嵐さん、落ち着いて聞いてください」
「俺は五十嵐 クァンナドーニャじゃない」
「俺は満月です」
「カナちゃんは俺の奥に居ます」
「俺は心臓が止まった時の死のストレスで発生した人格だと思ってください」
俺は二重人格という考えた設定を淡々と話した。
途中で思った言葉が勝手に出ないようになるべく考えていた設定を何の工夫もなく暗記した通りに話していく。
女性は突然の意味不明な告白を聞いて涙も止まり虚をつかれた様子で固まっていた。
処理能力を超えた情報を聞いたからだろうか。
まぁ、幼い娘からこんな事を言われたら困惑するだろうけどさ。
話をまるで飲み込めていない様子の女性に今の俺達の状態を分かってもらえるにはやはり時間がかかりそうだ。
しかし、今回は相手の理解を求めている訳じゃない。
今はその混乱に乗じて今回のイベントを終わらせる!
俺の口がまた勝手に動いて話が拗れる前に!
「俺は貴女に言わなければならない事がまだあります。
落ち着いたらまた話しましょう。
カナちゃん、何かお母さんに言いたい事はある?」
(えっ?
ママ、ちゃんと食べてね!)
「…ママ、ちゃんと食べてね…だそうです。
では失礼します」
『…え!?
まっ』
俺は女性の声を遮るように携帯に触れた。
画面はすぐに暗くなって充電切れのマークが現れた。
俺は携帯を棚に片付けて緊張を解す為に大きく息を吐いた。
「疲れたよ、俺は…
…あぁもう…説明するって言っちゃったよ」
(ねぇ、アクマさん)
「ん?
何」
(ママにまた会えるかな)
「…会えるさ」
さて、どこまで話したものか。
能力についても話さなきゃダメだよな。
男子高校生が娘に入ってるとか、死んで能力を得るとか説明し辛いぞ。




