第3話 止まらない言葉
「…だるい。
腹…減った」
怒涛の精密検査を終えた俺はまた熱が出てベッドで寝かされている。
口元にはドラマで見たような酸素マスクが着けられている。
昨日は夜中で見えなかったが機械の駆動音と空気の抜ける音の正体はこれだったらしい。
検査は触診から始まり血液採取、レントゲン、そしてよく分からない機械を指や胸や頭に着けたりなどなど…
何人かの看護師は途中で倒れるし、高齢の医者は途中から鶏を締めたような気持ち悪い引き笑いをあげるようになり最後には甲高い奇声を上げて飛び出してしまった。
そして昨日の夜から続いた検査は人員不足の為、続けられなくなり俺は病室に戻された。
時折り、遠くから誰かの泣き声や怒鳴り声が聞こえる気がする。
俺は入院した事がないけれどこれが病院の日常なのか?
ここに居たら気が滅入ってしまいそうだ。
壁に掛けられている時計を見たら正午5分前、昼飯時。
しかし、ご飯は出されず腕に点滴を刺された。
仕方ないのは分かってる。
だって今の身体じゃ自分の力で歩く事はおろか、寝返りさえできない。
せいぜい指がピクピク動かせる程度。
それだけでも酷い疲労感がある。
これで食事しようものなら一口目で疲れ果ててしまいかねない。
夜通し行われた検査の結果は気になるが聞きたくない。
だって医者や看護師の反応を見ればあり得ない事が起こっているのは確実である。
それでもついつい思ってしまう。
「誰か…説明してくれ」
俺の力ない声が病室に響く。
ここは個室で俺以外に誰も居らず、俺の問いに応える者は居ない。
普通であれば。
(あの!
アクマさん)
頭の中で少女の、この身体の持ち主であろうカナちゃんの声が響く。
検査中、ずっとママ、ママと泣き叫んでいたが落ち着いたようだ。
どうやら俺だけは彼女と会話ができるらしい。
俺は気怠げに応えた。
「正直…キツいけど…何?」
(アクマさんは本当にアクマ、ですか?)
彼女から聞かれた事は幼少から周囲に言われていた話題だった。
俺はため息混じりに答えた。
「あぁ…言いたい事は…分かる。
でも…違うぞ」
(違うの?)
彼女からしたら勝手に身体を動かしてる異物。
しかも、それがアクマと呼ばれていたら?
なるほど、確かに霊的な何か、悪魔と勘違いしてもおかしくない。
「そっちからしたら…悪魔だと思うよな?
俺は…人間だ。
阿久間ってのは…俺の名字」
姿の見えない少女にそう伝えると大きな欠伸が出た。
熱と疲労感で眠気が襲ってきた。
瞼は既に落ちて視界を奪う。
「悪い…夜通しの検査で…眠い」
(眠いの?
それじゃお休み!)
俺は少女に返事する前に意識が遠ざかった。
目を覚ましたのは丁度オムツ交換の時だった。
この身体じゃトイレも行けないと分かるけど。
年甲斐も無く騒いでしまった。
顔が燃えてるかと思う程の羞恥心を味わったぞ。
言い訳はさせて欲しい。
俺の精神は男子高校生、思春期なんだ。
それが可愛らしい看護師のお姉さんに下半身を触られてる状態になったら。
しかも心の声が外にダダ漏れなんだぞ?
そりゃ騒ぐわ。
その後、そのお姉さんも倒れて騒ぎは拡大した。
なんだよ。
この病院は人が倒れるまで働かせているのだろうか?
入院している身としては心配を通り越して不安だ。
そのせいで起きてすぐだけど疲れてる。
精神にクリティカルダメージだった。
しかし一度寝たせいか熱は下がったようだ。
俺は彼女と対話する事にした。
「まずは自己紹介から始めよう。
俺の名前は阿久間 満月。
阿は阿吽の呼吸の阿。
久は久遠の久。
間は間違いの間。
満月は満月。
呼ぶなら阿久間のままで良い。
そっちは?」
(そっち?)
少女は戸惑った声音で繰り返した。
俺は苛立ちを隠せずに感情のまま言葉を紡いだ。
「察しが悪いな。
あ、いや気にしないでくれ
そっちの名前は?」
苛立ちを隠せない事に違和感を覚えたが彼女の名前を知る事を優先した。
(は、はい!
カナは五十嵐 クァンナドーニャです!)
「く、くぁ…なんだって?
長い名前だな」
まただ。
一言が多い。
いつもなら心の中で留められるのに。
(クァンナドーニャです!
カナちゃんって呼んでください!)
「どこの国の名前だよ!?
いや、違っ…くそ!
ごめんな、カナちゃん。
今の俺は思った事がそのまま口から出ちまう。
俺の言葉はあんまり気にしないでくれ」
どうやら今の俺は言葉の自制が効かない。
今後の言動が不安だ。
(はい!)
「元気だな。
それでこの状態について整理したいんだ。
俺はバイト中に頭を打って気がついたらあの状態だった。
DECの文章とDJスカルが浮いていた空間だったな。
そっちは?」
(えっと…デックってなに?)
「え、知らない!?
『Dead End Count』、略してDEC!
呪われた王冠を被って死ぬ度に強くなるゲーム!
シリーズ3まで出てて今年の夏に新たに出る…
今、何年何月何日なの?
それに…」
知りたい事がどんどん口から溢れて止められない。
カナちゃんが答える前に話してしまう。
止めたいのに止められない。
思っただけで口から出てしまう。
しかし、人は永遠に話す事はできない。
新鮮な空気を求めた生理現象で俺の口が止まるとカナちゃんがようやく答えてくれた。
(えっと…デック?
カナはやった事がないです。
それとこの前、クリスマス会があったよ?)
「く、クリスマス!?
ウッソでしょ、もう冬じゃん!
新しいゲームが発売されてるじゃん!
先行特典を見逃しちまった!
チックショゥ!!」
思った言葉が俺の感情を表すかのように口から飛び出る。
どうやら自制できないのは言葉だけじゃなく、声量もらしい。
「どうしたの、カナちゃん!?」
俺の大声が気になったのだろう。
病室に看護師が駆け込んで来た。
「すいません、何もないです!
それと今日は何年何月何日ですか!?
ここはどこ!?
この身体はどうなってるんですか!?」
俺は駆け込んで来た看護師に質問をマシンガンのように早口で尋ねた。
途中から舌を噛んで呂律が回らなくなっても言葉が続く。
そんな怯えた顔で見ないで欲しい。
俺だってこの口が止められないのだ。
お姉さんは顔を引き攣らせながら大抵の質問は答えてくれたがこの身体については教えてくれなかった。
今日は俺のバイト初日の翌日、俺が予約していた新作ゲームの発売日はまだまだ先だった。