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あぁ、私の愛しいお姉様  作者: たぬきいぬ
第1章
3/3

2 お姉様


「今日君たちが来ることをあの子にも話していたはずなんだが・・・」

「えぇ、わかっているわ。あなたに似て勤勉なのね」


にこりとエリザベスがほほ笑めば、ダルオンがいとおし気に柔らかな髪を撫でた。

エリザベスとミッシェルはとても良く似ている。

ハニーピンクの豊かな髪はふわふわと波うち、吸い込まれそうなほど大きな瞳は少しだけ垂れていて庇護欲を駆り立てる容姿だ。1つ違うのは瞳の色がエリザベスは明るいグリーンなのに対しミッシェルはダルオンと同じアイスブルーだ。


「ミッシェル。今日から君はミッシェル・ヴィルヘルムだ。困ったことがあれば何でも言いなさい」


笑みを向けられ、私と同じ瞳の色だったんだなと、ぼんやりと思いながらミッシェルは遠慮がちうなずいた。




コンコンと控えめなノックが2回されて入ってきた少女を見てミッシェルは思わず席を立った。

白銀の髪はサラサラと風に揺れ、すっきりとした綺麗な目はアメジストを思わせるような透き通る紫色。着ている真っ黒なドレスが彼女の美しさを引き立てていた。


「席に遅れて申し訳ありません。私ヴァイオレット・ヴィルヘルムと申します」


堂々とした声色に綺麗な所作。1つの隙も見当たらない少女はとてもミッシェルの2つ上には見えず、ずっと大人びて見えた。


「初めまして私はエリザベス。この子が娘のミッシェルよ。仲良くしていただけると嬉しいわ」

「はい。エリザベス夫人」

「やだわ夫人だなんて!お母様と呼んでちょうだいね」

「そうだ。ミッシェルも遠慮なくお父様と呼んでくれると嬉しい」


ヴァイオレットの表情がこわばるのをミッシェルは見逃さなかった。

初対面の女性に、急に母親よと言われても受け入れられる人などそうそういないだろう。ミッシェルだってダルオンをお父様などと呼べる気がしない。

そもそも庶民として市井に暮らしていたミッシェルにとって父親のことをお父様と呼ぶことにも抵抗がある。今まで母親と二人で生活してきて父親は死んだものとばかり思っていた。市井には片親や孤児など当たり前にいたし、みんな毎日の生活で精いっぱいだった。



屋敷の使用人らやヴァイオレットは明らかに歓迎していないこの空気の中で新婚の2人だけは関係ないとでもいうように甘く幸せそうだ。


「そうだヴァイオレット、ミッシェルに、この屋敷の中を案内してやりなさい」

「しかしお父様今からマナー講師のリアーナ先生がいらっしゃいます」

「今日みたいな日くらい勉強などせずともいいだろう。断りは私が入れておく。せっかく家族ができたんだ、案内してあげなさい」

「・・・はい、お父様」


そういうや否や、こちらですとヴァイオレットが歩き出し、ミッシェルは慌ててそれに続いた。






それにしても広い屋敷だ。

どの部屋も広く先ほどから他淡々と説明を受けているが豪華な装飾や立派な像などが行ってしまい全く頭に説明が入ってこない。ミッシェルとヴァイオレットの少し後ろには使用人も1人ついてきていた。


ヴァイオレットは応接室から客間、食堂、2階から廊下でつながっている使用人の居住部屋への扉は立ち入ってはいけないこと。様々な約束事を交えながら無駄なく端的に説明していく。


もう1時間ほど歩いたが、広い屋敷全部を案内できていないということはミッシェルにもわかった。

廊下から見える広大な庭には噴水と温室、青々とした芝がよく見える。

疲れたなとミッシェルがぼんやりと庭を見ていると、先を歩いていたヴァイオレットが不意に振り向いた。


「庭にでますか?」

「いいの?」

「えぇ。少し疲れてしまいましたので庭のベンチでお茶にしましょう」

「はい」



庭にでても相変わらず無言で歩く。

開けた温室の横に木陰になった場所にベンチとテーブル。そこにはすでにティーセットとおいしそうな菓子が用意されていて驚いた。

いつの間にかついて歩いていた使用人が離れ、用意していたようだった。



ヴァイオレットが使用人が引いていた椅子にスッと座ると、あなたもどうぞと言われミッシェルも座る。

見目麗しい美味しそうな菓子が上品に並べられていて、使用人が取り分けてくれた。



「あの、美味しいですこれ」

「そう。よかった」

「こんなお菓子今まで食べたことないです」

「そう」


お菓子などミッシェルにとって贅沢品だった。市井にも菓子はあれどこんな甘く見目も綺麗なものなんてお目にかかったのも初めてで、小ぶりな焼き菓子を黙々と頬張る。


甘い。意地汚さが出ないようにミッシェルなりに丁寧にゆっくり口に運ぶが、その手が休まることはなく夢中で食べる。

ふと顔を上げるとフォークを使いゆっくりとお菓子を食べるヴァイオレットを見て、食べる姿まで綺麗で美しく思わず手が止まったと同時に羞恥に襲われた。


手を使って食べてはいけなかった。


よく見れば皿の横にはちゃんとデザートフォークとスプーンが並んでいる。手を拭かなければとオロオロと見渡せばスッと使用人がナフキンを手渡してくれた。


「ミッシェルさん。でいいかしら。」

「あ、はい!」

「不慣れなこともあると思いますがゆっくり慣れていけばいいと思います。使用人たちにも遠慮などせず申し付けてください」

「はい。ありがとうございます」


先程から全く目を合わせてくれないヴァイオレットは表情の機微もほとんどなく何を思っているのかミッシェルにはわからなかった。

ヴァイオレットのことを知ろうにも必要最低限の会話しかできていないからわからない。しかし、一応気遣っていただけているらしいということはなんとなくわかった。


何か会話をしなければ、とミッシェルは意を決して口を開いた。


「あの、綺麗なお洋服ですね。」


飾りも何もない真っ黒なドレスは細かな刺繍が施され落ち着いた中にも高級感が漂い、ヴァイオレットの白い肌によく映えていた。


「その服とてもよく似合ってます」


本心だった。にこりと笑ってミッシェルが言うとヴァイオレットがゆっくり顔を上げ目があった。


「そう・・・。これは喪中ですので」

「喪中?」

「はい。母の。お母様の」

「え、お母さん・・・?」


ひゅっと喉が鳴った。

喪中の間近しい親族は黒い喪服を着て過ごす。最低でもひと月の間は外出を控え故人を悼むのだ。

と言うことはヴァイオレットの母親は最近亡くなったの?

そんな彼女に今自分はなんて言った?


「あ、あの・・・」

「すみません、私今日はもう失礼致します。」

「えっ、」


すっと席を立ち振り向きもせず立ち去ろうとするヴァイオレットをミッシェルは引き留めることも声をかけることも出来ずただ後ろ姿を眺めるしか出来なかった。

立ち去る後ろ姿もただただ美しく悲しかった。


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