《game.12》覚醒
混乱の中、騎士の瀬名渉が目の前で何が起こっていることを把握・理解ができるまで、しばしの時間を必要とした。
全滅寸前まで追い込んでおきながら、共闘者たちが復活したのは、おそらく魔術師三人がかりで【幻覚魔法】をかけられたからだろう─────と今起こっていることの見当はつけた。
しかし騎士には通常で【魔法耐性】のスキルがあったため、自分がまさか幻覚魔法などにかかるとは思ってもみなかった。それが三人がかりの魔法の結果だったとしても、プライドの高い瀬名にとっては、一方的に蹂躙したつもりで、浮かれた姿を彼らに晒したのは屈辱である。
だが、今までの闘いが幻覚だったとしても、これから始まる再戦闘の結果は変わらない、変わるはずがない。
《誓約》により、Hell Moneyで絶大な無双を得た自分を超えることなど誰にもできはしない─────そう思っていた。
今、この瞬間までは。
先程まで幻覚の中で追い詰めていた狩人の少女が、赤い空に向けて叫んだ。
「案内人、聞いてるッ?!!
私は今ここに【猟の誓い】を立てるわ!
その内容は─────
残りの命、一年後の今日この日まででいい!だから─────私に力をちょうだい!!!」
言い終わると同時に、泉の体は渦巻くようなまばゆい閃光に包まれ、その輝きはやがてゆっくりと彼女の内側に吸い込まれるように消えた。
今度は何が起こったのか。
それを理解する前に、瀬名は自らの耳を疑った。
【猟の誓い】だって──────?!
事前に説明を受け、内容を理解していたとはいえ、瀬名は今の今まで失念していた。
狩人にも、騎士の《誓約》に近い、同質のスキルが存在していたことを。
それが今、泉の使った【猟の誓い】である。
それは本来、狩人が代償付きで戦闘における一時的な戦闘力を向上させるスキルだ。代償の大きさによって戦闘力の向上度合いは違うが、よく似たスキルの騎士の《誓約》と決定的に違うのは、狩人の【猟の誓い】は、“一回の戦闘限定”ということである。《誓約》の効力はHell Moneyが終わるまでずっと続くので、その代償の度合いは比べるまでもない。
このHell Moneyで出会った狩人の中にも、【猟の誓い】を使って瀬名に挑んだ者はおそらくいたのだろうと思う。しかし、現実にはたった一度の戦闘のために泉のように巨大な代償を払う人間はいなかったし、そんな人間はそもそも現実に“いるはずがなかった”。
そう推察しながらも、瀬名は確信した。
目の前の少女が、自分と同類か─────それ以上の狂人であることを。
────そうか、それでさっきは幻覚で追い詰められた“フリ”をして、僕の《誓約》の内容を聞き出したのか?
瀬名は泉の意図を悟った。
────僕の代償を、確実に上回るために?
────コイツも、
しっかり狂ってやがる─────。
瀬名は長剣を構え直し、吐き捨てるように言った。
「ふん、その覚悟だけは認めてあげなくもないけどさ!でも、所詮は狩人ごときの、一時しのぎのスキルじゃないか!!仮に何を誓おうとも、それがこの僕の、騎士の《誓約》に勝るはずなんて、絶対にありえない!!!」
光に包まれた瞬間から目を閉じていた泉が、静かに瞳を開けて言った。
「そう?
じゃあ、試してみる?
────騎士のお坊ちゃん」
弓ではなく腰の剣鉈を手にかけ、泉は挑発するように小さく手招きする仕種をした。
「──────この、狩人風情がッ!!!」
それが挑発だと頭でわかっていても、瞬時に頭が沸騰し、瀬名は激発した。
瀬名の体が、残像を置き去りにして消える。
先の戦闘と同じく、超速で泉の側面に回り込むと、そのまま一切の躊躇もなく長剣を叩き込む。
「【両断】!!!」
棒立ちの泉の肩から下辺りに、吸い込まれるように長剣が迫り──────
ガキンッ!
と甲高い金属音がして、火花が飛んだ。
「なッ──────?!!」
予想もしなかった光景に、瀬名が目を見開く。
それも当然かもしれない。
このHell Moneyに参加してから、彼は自分の攻撃が防がれるのを初体験したのだから。
その超速度の攻防は瀬名と泉以外、誰の目にも映らず、認識さえできていなかった。
それは瞬きほどの、刹那の時間。
瀬名が放った横凪ぎの一閃を、泉は腰から抜いた小さな剣鉈で、軽々と弾き返したのだ。
「─────はっ、こんなのはまぐれだよ!そうじゃなきゃ、現実に─────ありうるはずがないッ!」
瀬名は憎悪に近い怒りの眼差しで泉を睨み、鬼の形相で今度は単発ではなく、次々と激しい斬撃を繰り出した。
袈裟斬り、横凪ぎ、唐竹割り、下段からのかち上げ、激しい連続突き。
文字通り“目にも止まらない”、瀬名の超速から繰り出される剣撃の圧に、風は渦巻き、大気が震え、戦う二人以外はただ立ち尽くして圧倒されるだけである。
しかしそれらの攻撃を、泉は余裕をもって全て捌いていた。
払い、受け、かわし─────まるで剣と剣を使った『約束稽古』や『型』のような演舞を披露しているのかと錯覚してしまうほど、泉の“受け”は洗練されていたが、両者の表情は対照的だ。
必死に剣を振るう瀬名に対し、泉は彼の一撃必殺の剣を涼しい顔でかわし続ける。
「このッ!」
ドゴォンッ!!!
泉の肩口を狙った上段からの打ち下ろしがあっさりとかわされ、すかされた衝撃が地面に伝わった瞬間に、その場の土砂が大きくえぐりとられて空中に巻き上げられる。
「くそっ、どこだッ?」
土砂煙に気をとられる間に泉の姿を見失い、瀬名は狼狽した。
─────ヒュッ。
周囲の空気が震えたのを察知し、瀬名は本能的に体を背後に向かって身をよじらせた。
次の瞬間、瀬名の頭部があった空間を泉の剣鉈が超速で凪ぎ払う。
瀬名はすぐさま体勢を立て直し、土砂煙から現れた泉に再度、向かい合う。
「へぇ、やるじゃないか?この僕に回避をさせるなんて─────」
ポタッ。
瀬名が言い終わる前に、何かが地面に滴り落ちた。
それは、瀬名の頬から流れ落ちた血だった。
慌てて頬に手を当てると、薄皮一枚程度だが、どうやら泉の剣鉈がかすって斬られた頬から、赤い血が流れ出ている。
「──────ち、血ッ?!」
瀬名に再び火がついた。
雄叫びを上げて、泉に猛攻撃を再開する。
長剣と剣鉈が閃く光が時折きらめき、弾き合う金属音だけが鳴り響くが、その攻防を目で追うことは常人にはできない。
「はぁ~~~、すっかり化物同士。二人ともチョー、パねぇっし」
双短剣を持ったまま棒立ちの結菜が、二人の超人の攻防にため息をついた。
「まったくだな」
朔田も頷く。
「──────泉ちゃん」
小春は祈るように手を合わせ、目で追うことができない泉の無事をひたすら願っていた。
しかし。
仮に泉がこの闘いに─────いや、Hell Money全体の闘争に勝ち残れたとしても。
彼女は【猟の誓い】によって、未来を手放してしまった。
小春には、とても理解できない。いくらお金、妹の心臓手術のためとはいえ、なぜ泉が自分の未来を簡単に捨てることができるのか──────
この闘いが始まる前、瀕死の高坂敦彦が瀬名への対抗策として泉に【猟の誓い】を薦めてきた時、小春は声を上げて大反対をした。
騎士の《誓約》の内容を確かめるまでは、泉が対抗としてどの程度の代償を打ち出せばいいかはわからない。しかし、おそらくそれが軽くはないことを、小春にも容易に想像ができたから。
『いいのよ、小春』
泉は一切の迷いのない、清々しいほどの笑顔で小春を制した。
『騎士に負けてリタイヤするぐらいなら、私はこっちの道を選ぶ。小春は余計な心配をしてないで、私が騎士に勝った後のことでも考えてなさいよ?そろそろ、私たちも同盟を解消するのも近いんだからね?』
『泉ちゃん─────』
小春の心配を他所に、泉は明るく片目をつぶってみせ、努めて小春を安心させようとしたのだった──────
その泉が。
自分の未来という代償を払ってまで得た力は絶大で、徐々に瀬名を圧倒しつつあった。
少しずつ、少しずつにだが、二人の力の差が、はっきりと攻防に表面化してくる。
最初は瀬名の超速による猛攻が目立ち、瀬名が攻めて泉が受ける展開が続いていたが、時間の経過とともに今度は泉が押し込む場面が増えてくる。
「ぐぅっ!」
瀬名の構えた長剣の隙間を縫って、泉の剣鉈がまるで鞭のように“しなって”襲いかかる。
一撃、二撃はかろうじて受け、三撃目もかわすが、四撃目が瀬名の前髪にかする。五撃目は肩にわずかに触れて、薄く少年の血が舞った。返す六撃目は鉈の柄部分が瀬名の胸部にクリーンヒットし、衝撃で後ろに飛ばされた。
「う、うぅぅッ!」
胸の痛みに悶絶する間もなく七撃目が瀬名の脳天に振り下ろされ、それを何とか転がって避ける。
「ちょ、ま、待てよ!!!こんなのッ!クソッ!!!」
瀬名は叫びながらデタラメに長剣を振り回したが、当然それが泉には届くはずもなく、徒に体力だけを消耗していく。
荒ぶる闘牛をいなす闘牛士のように、泉は冷静に瀬名と距離を保ちつつ、八撃目を彼が剣を振り回した直後の右手に定め、剣鉈で鋭く打ち払う。
「あ、ぐッ!」
瀬名が悲鳴を上げ、浅く斬られた右手からの出血を押さえる。
誰がどう見ても──────
この闘いは──────いや、もはや『闘い』とも呼べまい。
これは蹂躙の領域に移行しつつある。
それは、瀬名がこのHell Moneyで他の参加者に対して、ずっとしてきたはずの同様の行為。
弱者は強者に食い物にされるという、弱肉強食の原理に則ったシンプルな結果を、瀬名はまさか自分にも適用されるとは思いもしなかったのだろう。
「このッ、このッ、クソ女めッ!この僕を、一体誰だと思ってるんだぁッ!!!」
血と汗と泥で汚れた顔で当たり散らす姿には、先程まで自分をHell Moneyの王とうそぶいていた高慢な少年の面影はすでにない。
そこにいるのは、プライドだけが異常に肥大した、憐れで惨めな堕ちた敗者の姿だ。
なおも剣を振り回しながら、瀬名は空に向かって吠えた。
「おいッ、案内人ァッ!!!どうなってるんだ、これはッ?!僕は、《誓約》で─────この世界で、無敵になったんじゃないのかーーーーッ?!!!」
瀬名の雄叫びが森に木霊したが、案内人どころか、誰からの返答もない。
瀬名の身勝手な問いは、空しく赤い空と暗い森の奥に吸い込まれて消えた。
姿を見せる気配のない案内人の代わりに、泉が答えた。
「─────君ね。認めたくないだけで、追い詰められている理由を自分でも本当はわかってるんでしょ?
事は簡単。
君の代償を、私の代償が上回った────ただそれだけよ」
「う、うるさいッ!認めない、僕は認めないぞ!高貴な騎士の《誓約》を、狩人ごときに上回れるわけが、ないんだぁーーーーッ!!!」
激高した瀬名が、長剣を背中の鞘に戻して叫んだ。
「《槍》!!!」
瀬名の手に、黄金の柄で作られた豪奢な装飾の槍が出現した。長剣に次ぐ、騎士の近接戦闘用武具である。
「体中を穿たれて死ねッ!
【万本牙撃】!!!」
瀬名が槍を超高速で突き出すと、それは水平に迸る槍の雨となり、幾百の光の洪水となって泉に殺到する。
上下左右、ありとあらゆる角度から繰り出される“突き”の嵐に、しかし泉は即座に対応した。
かわす、かわす、かわす。
ただひたすら、猛烈に突き出される万の槍を、次々とかわしていく。
首を、体を何度も捻り。
地を飛び、時には剣鉈で槍を払い。
瀬名の高速突きを、ただの一度も体にかすらせることなく、淡々と、しかし目にも止まらない速さの最小限の動作で、その猛攻を捌いていく。
泉は攻撃をかわしながら、落胆した様子で言った。
「─────ねぇ。
これが─────こんなものが、ひょっとして君の奥の手なの?
─────正直、ガッカリした」
「う、うるさいッ!」
瀬名は突く攻撃を一度止め、槍の柄を脇に挟んで、ビュンッと鋭く空気を裂きながら今度は横に払った。
“引いて突く”の直線の動作から突然、攻撃のリズムを変えた円を描くような動作。
今までの攻撃がフェイントになって必ず戸惑い、対応が一瞬遅れるはず─────そう読んだ瀬名の“アテ”が外れた。
槍は空気を切り、泉がいたはずの空間には彼女の残像すら残っていない。
「?!!」
泉を見失った瀬名が、狼狽して周囲を見渡す。
「ここよ」
その声を察知して振り向くより早く、泉は剣鉈を握っている右拳で、瀬名の横面を思いきり打ち抜いた。
殴られた瀬名が、派手に地面に転がる。
しかし、瀬名もまた只者ではなかった。
泉の拳が顔に触れた瞬間、咄嗟に首を“捻って”ダメージを半減させながら、パンチの衝撃を少しでも逃がすために自ら後方に飛んでいたのだ。
しかし、それでもダメージを完全にゼロにしたわけではない。
鼻と口から多量に出血し、瀬名は何とか立ち上がろうとするが、生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせた。おそらく、泉の右ストレートで脳を揺らされた影響だろう。
「こ、こ、このぉ……!」




