《game.11》圧倒的蹂躙
「──────なッ?!!、
みんなッ、撃って!!!」
瀬名の超速度、そして目の前の惨劇に驚愕しつつも、泉は真っ先に瀬名に弓を向けて叫んだ。
矢が一本、二本、三本と立て続けに放たれ、それは高坂に剣を突き立てている瀬名を正確に狙撃したが、瀬名が現れた時と同様に超スピードで動くと、矢は瀬名がいた場所の残像を虚しく通過してしまう。
「───────ッ?!!!」
瀬名のあまりの速さに全員が彼の姿を見失ったが、【鷹の目】を発動している泉は視力を全力で活性化させて周囲を探る。
「─────みんな、あそこよッ!!!」
やがて、泉は一本の木の上を指差した。
そこには、逆さまの状態で木の上にぶら下がっている瀬名がいた。
「【風魔法】!」
「【雷魔法】!」
間髪入れずに、小春と朔田が魔法攻撃に出る。
【風魔法】の効果で大気が渦巻いてカマイタチ状になって瀬名に向かい、【雷魔法】は赤い空の上から雷が発生し、光の刃となって同じく瀬名に殺到する。
瀬名は「へぇ?」とだけ薄く笑い、またもや神速で木の上から姿を消した。
ズガァンッ!!!
バキバキバキッ!!!
二つの強力な魔法の波状攻撃で、瀬名が先ほどまでぶら下がっていた大木は粉微塵に砕け、黒煙と砂煙が周囲を覆う。
「─────や、やったか?!」
瀬名の動きを視認できない朔田が、確認しようと煙に向かって踏み出そうとした。
「ダメッ、不用意に動かないで──────」
瀬名の移動がかろうじて視えた泉が注意を喚起しようとしたが、遅かった。
「おじさーーん、残念だったね?」
「────────ッ?!!」
背後からする瀬名の声。
朔田が振り返ろうとする前に、一瞬で彼の首から盛大に血の奔流が吹き出した。神業的スピードで、首の頸動脈を長剣で斬られたのだ。
「がっ?!!」
「朔田のおっさん?!!─────このォッ!!!」
目から急速に光が消え、朔田がゆっくりと仰向けに倒れ落ちる。それに激昂した結菜が双短剣を構えて毛を逆立てる頃には、瀬名は結菜の背後に回り込んでいた。
「う、ぎゃっ?!!」
無防備の背後から、体の中心部を瀬名の長剣に貫かれ、涙目の結菜が大量の血を吐く。
「藤浪ッ!!!!」
泉はすかさず矢をつがえたが、瀬名は巧妙に結菜の体が盾になるように位置どり、泉を躊躇させた。
「あははッ、甘い甘い!味方ごと撃つ覚悟がなきゃ、僕には届かないよ?」
瀬名は愉しそうに笑い、長剣を結菜の体から一気に引き抜いて彼女を泉の方に向かって突き飛ばした。
泉が、致命傷を負った結菜の体を受け止める。
同時にキッ、と烈しい顔を上げると、瀬名はそこにはもういなく、顔を振って姿を探した時には──────
泉の【鷹の目】をもってしても、かろうじて見えるかどうかという、剣の光が水平に閃いた。
その結果、
高坂敦彦が“いた”場所で力なく膝をついていた伊吹楓の首が、血煙とともに宙に舞った。
「は、あ、あ、あぁッ………!」
体を小さく震わせた小春が、顔面蒼白になって悲鳴を思わず漏らし、その場に力なくへたり込む。
泉の方は、内臓が損傷しているのか濃い色の血を大量に吐いている藤浪結菜の頭を膝に乗せ、瀕死の彼女にただ声をかけてやるしかなかった。
「藤浪、藤浪!しっかりッ!!」
「あさひ、なっち──────
あ、、ア、イ、ツ………、絶対、倒し、て………」
そこまで言うと、大きな血の塊を苦しそうに吐き出して、藤浪結菜は─────あっけなく、息絶えた。
「──────ッ」
しかし、泉には感傷に浸る暇はない。
先ほど高坂の死による虚脱状態の伊吹楓が、目の前で首を飛ばされたばかりである。何より泉には、まだ護るべきものがある。
結菜の体を地面に横たえ、泉はすぐに弓を取り出した。そして矢をつがえながら大きく叫ぶ。
「騎士!堂々と出てきて、私の弓と勝負しなさいッ!─────それとも、この私とまともに勝負するのが怖いの?!」
泉の声に呼応して、森の中を木霊するように瀬名の笑い声が反響する。
「ハハハハハハハハハッ!僕一人に多勢で待ち構えておいて、今さら『いざ、尋常に!』ってワケかい?でもまぁいいや、そんなに知りたきゃ教えてあげるよ─────絶望ってヤツをね」
瀬名の姿が、泉の真正面にスッと現れる。
「さぁ、射ってみなよ?ただし、その矢が放たれた瞬間が君の最後だよ。だからせいぜい、悔いのないように射つんだね」
瀬名は残酷な笑みを浮かべた。
「い、泉ちゃん─────!」
小春の震える声を背に、泉は弓の弦を引き絞った。
この、一撃に──────!
散っていった人の想い、無念も一緒に乗せるつもりで。
泉の矢が、瀬名の超速に勝るとも劣らないスピードで、弦から放たれる。
発射の振動で周囲の空気が震え、泉の髪がブワッと舞い上がる。
音の壁を超えた矢が、とてつもない速度で瀬名に迫り、ついにその体を射抜いた──────ように見えたのは一瞬。
「はい、残念でした!」
その場に残像を残し、瀬名は超速度で泉へ真っ直ぐ迫った。
【鷹の目】でも動きを追いきれず、泉が何とか至近距離で瀬名の姿を視認できたのと、左足の腿に熱く激しい痛みが走ったのは、ほぼ同時。
「──────うぐっ!」
たまらず、泉は地面に膝をついた。
剣を左腿に突き立てられたんだ─────と理解した時には、すでにその剣は引き抜かれ、血を払いながら今度はへたり込む小春に、瀬名がゆっくりと近づくのが見えた。
腿から流れ出る血を手で止血しながら、泉は必死に叫んだ。
「どこに行くのッ?!アンタの相手は私でしょう?」
瀬名は首だけを器用に回して振り返る。
「さっきからうるさいなぁ。誰から始末するか決めるのは、今やHell Moneyの王である僕だけの特権なんだよ?この子のすぐ後で相手してあげるから、そこで這いつくばって見てなよ」
瀬名は、へたり込んでガタガタと震える小春の前に立って、悠然と長剣を振り上げた。
「い、い、泉ちゃん─────!」
それは圧倒的な、目前に迫る死の恐怖。
小春の目が、すがるように泉を見る。
「やめなさいッ!ねぇ、やめてよッ!!!相手なら私がいくらでもなってやるから!だから、小春には手を──────」
泉の必死の叫びに、瀬名は一瞬、長剣の動きを止めた。笑みを消した真剣な面持ちで泉を顧みて、彼は一言。
「却下」
そして───────
無情な剣が振り下ろされた。
小春の華奢な体が、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。
「───────ッ!!!」
目の前の凶行に、泉は這いつくばったまま地面の土砂をすくってギュッと握りつぶし、やり場のない激情に顔を歪めた。
「そうそう、その顔!何度見てもね、絶望の色に染まった死ぬ前の人間の顔ってさ、見飽きることがないよ!現実世界では犯罪行為でも、Hell Moneyでは立派な正義なんだ!アハハハッ、ホント楽しいなぁ!
─────────
────うーん、でもなぁ。
君が最後の一人だと思ったら、Hell Moneyの殺し合いも結局大したことなかったというか………。達成感も少しはあるけど、寂しいような、歯応えがなかったような─────ちょっと複雑な気分だね?」
瀬名は真顔で唸ってみせた。
一方、泉は血が地面に滴り落ちるほどきつく唇を強く噛んで悔しそうに地面を叩いていたが、やがてその動きをピタリと止めて顔を上げた。
その顔に、すでに怒りの色はなく。
まるで人が変わったように、呟くように静かに瀬名へ問う。
「─────ねぇ、あなたに一つだけ訊いてもいい?」
「ん??」
血濡れた長剣を片手にぶら下げていた、瀬名の動きが止まる。
「この僕に、一体何を訊きたいのでしょうか、先輩?」
年上の泉をおちょくるように、瀬名はにやけながら片手を胸に添える仕種をして、訊き返した。
泉は特に意に介さず、続けて訊く。
「あなたは──────【誓約】で何を誓ったの?」
「【誓約】?─────アハハハッ、なぁーーーーんだ、今更、そんなこと訊くのかぁ!アハハッ!!!」
瀬名は自分の“ツボ”にはまったのか、愉快そうに笑だした。
泉は地面に這ったまま、そんな少年を黙って見つめている。
ひとしきり笑った後、瀬名は言った。
「そんなこと、このタイミングで訊くとはね─────まぁ、それで先輩の気が済むなら、現実世界への土産ってやつで?特別大サービスとして、お教えしましょうか?
僕の【誓約】は、
“18歳までに────あと4年で死ぬこと”ですよ。
その巨大な代償のおかげで、この絶大な能力を得たんです。
どうです、これで満足ですか?まぁそれを知ったところで、もう先輩はとっくに詰んでるけどね!アハハハハハハッ!!!」
嘲るようにさらに笑う。
泉は、何も言い返さない。
「じゃ、大事なことを教えてあげた代わりに、そろそろお開きにしようか?」
這いつくばる泉に対し、あらためて長剣を構え直す瀬名。
その時──────
泉がポツリと小さく呟いた。
「─────がとう────じまりよ」
「ん─────?
なになに??死ぬ前に、僕への呪詛の言葉でも唱えてるの?」
言葉をよく聞き取れなかった瀬名が、半笑い顔で聞き返す。
泉が顔を上げた。
そして、今度は瀬名にハッキリと聞こえる声で、高らかに告げた。
「自信家くん。
大事なことをベラベラと教えてくれて、どうもありがとう。
だけどこれは、終わりじゃなくて始まりよ」
「はっ、何を言うかと思えば──────?!!」
嘲笑おうとした瀬名の視界が、グニャリと揺れた。
目前に這いつくばる泉の姿が消えて、一瞬、森全体が霧か靄で包まれたような白い世界に変わったかと思うと、それもすぐに霧散し、もう一度瀬名の視界が回復した時には─────
全ての状況が変貌していた。
瀬名は剣を手にしたまま、思わず目をこすった。
「な、なんだ、何が起こったんだ?!!」
瀬名は茫然としたが、それも無理なからぬことだった。
彼の目の前に現れた新しい状況は、まるで時間が巻き戻ったかのような光景だった。
足に重傷を負って地に這いつくばっていたはずの泉は、瀬名の正面で無傷のまま仁王立ちしており、その背後には先ほど確かに自分が斬り殺したはずの五人──────高坂、伊吹楓、朔田、結菜、そして小春たちが、同様に無傷で立っている。
いや、よく見れば、高坂敦彦だけは伊吹楓に支えられて虫の息状態で、それでも魔術師の杖を片手で必死にかざして、何かの魔法を行使している。
朔田と小春も同じように杖をかざしていたが、泉がサッと片手を挙げて三人に“制止”の合図をかけた。
「朝比奈、君。どうだった─────、ちゃんと、確認はできた、か?」
魔法を止めた高坂が、死を予感させる凄絶な死相を浮かべながら声を振り絞った。
泉は返事の代わりに、右手の拳をグッと突き上げた。
「そ、そうか─────じゃあ、僕の役目は、ここまでだ、な。勝者はたった一人の個人戦、このHell Moneyでこんなことを言うのもおかしな話、だが、君たちの健闘を祈るよ─────おかしいな、この僕がまさかこんな陳腐な台詞を、言うことになるとは、な。だが、不思議と悪くない気分だ」
「高坂先生─────」
「伊吹君、僕が消えたら君は自由になれ。もう僕のわがままに縛られる必要は、ない。君は心のままに、好きにここで振る舞うがいい」
そこまで言うと、高坂はゴホッと血の混じった咳をした。視界がぼんやり霞んでいく。
「先生!私は、あなたのためにここまで─────」
「それはここまでだ。もう、君の好きにしたらいい。ただ、無為に命は、散らしてくれるな、よ」
高坂はそこまで言ってから、顔を少しだけ上げた。
朝比奈泉が、何か大きな声で叫んでいる。彼の耳にはもう、それはよく聞き取れなかったが、その直後に泉の体が一瞬、まばゆい光に包まれる姿がかろうじて見えた。
「─────後は、君ら次第だ………」
最後の言葉を残し、高坂敦彦は伊吹楓に抱かれながら、ゆっくりと消滅していった。




