第4話 戦いを終わらせる者
新生物の詳しい生態は分かってはいないが、とりあえず海からやってくる事が多いことは分かっている。それだけに海洋調査が重要視されることについては納得がいくのだが、危険なはずの沿岸にこれほどまでに人が集まるとは、それも娯楽目的とはあってはよくやるなと感心すらする。
『ふ~ん。ざっと見て……1000人くらいいる?』
『えぇ~、そんなにいるかなぁ?』
猪原のイヤホンから聞こえる空見と稲嶺の声。ひとまず新谷は本部で中央管制ならびに支援。猪原・空見・稲嶺の3人は実際に現場に出て見回っているくらいである。やはりこうしていると武器を手にしている彼らは一般人からの注目を集めるが、それも当然といったところだろう。
『施設管理者からの報告によると、1000人は超えていないだろうとのことです。ですが駐車場における駐車数などから見る限り、700人、もしくは800人くらいはいるだろう。とのことです』
それを答える新谷の声は相変わらず事務的な淡々としたものである。
「7、800人か。なんかあったら大混乱は避けられないな」
なんなら今来ている人たちがその数。40分早い開場であったことから考えるに、これからさらに増えてもなんらおかしくはない。そうともなれば1000人は超えることだろう。
『そうですね。ですから避難誘導は的確に行わなければいけません。もっとも、私たちの仕事は新生物の討伐ですので、避難はスタッフの担当ですが』
「あっ、聞こえてた?」
『はい。しっかりと。聞こえるのがまずい会話なら、マイクは切っておいてください。イヤホンは切らないようお願いします』
「了解」
『因みにさっき、空見さんの「私も泳ぎたいなぁ」も聞こえていましたよ』
『うそっ⁉ わ、私も切っとこ』
独り言が聞かれていたことに気付いた猪原は、新谷と軽い会話を行ってからマイクのみ電源を切る。別に聞かれてまずいことを口にするわけではないが、ふと気が抜けた瞬間に発した独り言を拾われたりしては恥ずかしいことこの上ないだろう。まさしく空見のように。
彼は一休みするように近くの日陰に腰を下ろして砂浜を見渡す。
空見も通信で口にしていたが、結構な人の数である。そして海水浴に来ている人の層もまばらである。あまり高齢の人はいないようだが、子連れで和気あいあいとしている家族、さらには20くらいの水着女子数人や、彼女たちにちやほやされている男子たちも。こうしてみると、今が危険な新生物の襲撃に悩まされている状況とは思えない。やはりそこは単なる戦争とは意識が違うのだろう。平時ではないが戦時ではないといったところか。
そうしていると一人の若い男が彼の近くに腰かける。本当に若い男であり、猪原の見立てでは20歳前後。大学生といったところ。
「お疲れ様です」
「あっ、お疲れ様です」
彼に元気よく挨拶された猪原は、やや戸惑いつつ会釈。
「自分は海洋研究に来たのですが……すごい人ですね」
「海洋研究……研究所の方ですか。あいにく、今日は専属の護衛はできません」
「いえいえ。別にそんなつもりじゃ。本格的な海洋研究の折には、改めてご協力をお願いします」
「期待しています。この戦いを終わらせるのは、僕たちではなくて研究者たちかもしれませんから」
あくまで猪原の今日の任務はこの砂浜での警備である。研究のための専属護衛はできない。それでももちろん改めて協力を乞われればやるだけである。それどころか彼らにとっては積極的に協力したいところでもある。キリがないこの戦いを終わらせることは、自分たちには難しいと分かっているからだ。
「さてと。一休みしたしそろそろ」
そう口にして立ち上がった猪原だったが、そんな彼の背に声がかけられる。
「ご一緒してもいいですか?」
先ほどの研究者である。
「なぜです?」
「新世代の方ですよね。新生物の研究者として、ぜひお話をさせていただきたく思いまして」
「どうせ暇だし、邪魔しなければ構わんさ。まぁ、何か考えてて無口になることはあるかもしれんが、そん時は放っておいてくれ」
「はい。分かりました。では」