第41話 中等部本校舎制圧作戦2
ぼくはアリスとたまきにヘイストをかける。
アリス、たまきの順番で走り出す。
割れた窓を順に乗り越え、内部に突入していく。
ぼくとミアは、窓に近寄り、教室のなかを覗く。
美術室だった。
壁際の石膏像は破壊され、キャンパスは叩き折られ、床には絵具が散っている。
部屋の隅には、首がおかしな方向に曲がっている男の子の身体が三つほど転がっていた。
そして中央付近では、三体のオークが三人の裸の少女にのしかかっている。
アリスとたまきが、背中を向けたオークに襲いかかる。
槍でひと突き。
斧で頭をカチ割る。
オークたちは断末魔の悲鳴をあげて……。
いや、口をおおきくひらいて絶叫するような仕草こそすれ、まったくの無音でその場に倒れ伏す。
サイレント・フィールドの範囲内ではすべての音がシャットアウトされるのだ。
声も、物音も、なにひとつ立てられない。
残る一体のオークが慌てて振り向き、なにやら口をおおきくあけて、立ち上がろうとする。
たぶん罵声でも飛ばしたのだろう。
だがその声も聞こえない。
次の瞬間には、たまきの斧がそのオークの胴を薙ぎ払っている。
オークは胴を真っ二つにされ、青い血を噴水のように流して息絶える。
それらすべてが、無音のもと行われた。
戦闘終了。
ぼくは木陰に隠れた志木さんたちに手で合図した。
四人の少女が駆け寄ってくる。
ぼくたちは改めて、全員で美術室に入る。
三人の少女のうち、ふたりはこときれていた。
息があるひとりに、アリスがヒールとキュア・マインドをかける。
このMP4点は、必要経費だ。
犠牲者たちを助けないわけにもいかない。
今回の作戦だけを考えるなら、オークの掃討が優先である。
だが、ぼくと志木さんは、今後、彼女たちの戦力化も視野に入れている。
この先、どれだけの仲間を得られるかわからないのだ。
助けたひとたちのすべてが戦ってくれるとは限らない。
でも長月桜のような子がその何割かでもいれば、明日はもっと楽になるだろう。
明後日は、さらに楽になるに違いない。
高等部の状況も勘案すれば、それが最善だろう。
少なくとも、高等部でいま生きている人々をアテにはできない。
シバのやりかたを、きっとぼくたちは許容できないだろうからだ。
仲間は中等部から得るしかない。
ぼくも志木さんも、そう考えている。
さて、隣の美術準備室のドアに志木さんがひとり、近づく。
ドアにそっと耳を当てる。
彼女のいまいる位置は、アリスたちのサイレント・フィールドの効果範囲外だ。
志木さんはこちらを振り返り、指を一本、立てる。
少なくともオークが一体以上、いるということだ。
何体いるかは、わからない。
だがどのみち、潰すことには変わりない。
ぼくは身ぶりで、アリスたちにゴーサインを出す。
アリスとたまきが、ドアの前に立つ。
志木さんがドアを開け放つ。
オークがいた。
ぼくの位置から見えるのは、一体だけだ。
向こうが驚く間に、アリスが突入する。
アリスはオークに駆けより、刺突を繰り出す。
オークは喉を貫かれて息絶える。
たまきがアリスに続き、奥に駆けていく。
ということは、あちらにもオークがいたのだろう。
志木さんがなかを覗き、指を三本、立ててきた。
オーク三体か。
なるほど。
準備室のなかには、死体があった。
女性教師の裸の死体がひとつ、男子の死体がふたつ、女子の死体がひとつあった。
女性たちが死んだあとも、オークは彼女たちに乗っかっていたようだ。
やりきれないが、ここで感情を吐き出してもなにひとつ得るものはない。
いまぼくたちができるのは、この本校舎のオークをできる限りたくさん殺すこと。
そして、まだ生きている人々を、ひとりでも多く助け出すこと。
それだけだ。
ぼくはもう一度、カラスで偵察を試みる。
偵察中にサイレント・フィールドが切れるだろうが、これは仕方がないことだ。
アリスたちによると、この隣は家庭科室で、そのもうひとつ隣は理科室らしい。
火を使う特別室を並べた、ということだろうか。
また廊下を挟んで対面には、三年生の教室が並ぶという。
中等部本校舎では、一年生の教室が三階、二年生の教室が二階、三年生の教室が一階に存在する。
各学年八組まであり、特別教室も含めて、ひとつの階につき部屋数は、十二から十四。
数に差があるのは、音楽室のように広い部屋や、準備室のように狭い部屋があるからだ。
また、校庭に面した南向きの部屋と、ぼくたちが入ってきた北向きの部屋がある。
空き教室もいくつか存在する。
カラスが戻ってきて、側面と対面の教室にはオークもひともいないこと、斜め前の教室にはオークが四体いることを告げてきた。
オークのうち一体は、肌が青いという。
いたか、エリート・オーク。
「通路にオークは」
カラスは、いまはいない、と答えた。
よし。なら、いまのうちにやるしかない。
「アリスは先に雑魚オークを倒して。たまきはエリート・オークを狙うんだ」
本校舎の教室では、机や椅子といった障害物が多い。
天井もさほど高くない。
鉄槍を持つアリスでは、百パーセントのちからを発揮できない可能性を危惧した。
もっとも、対エリート・オーク戦ではアリスに一日の長があるから、どちらが絶対の正解とはいえないかもしれないが……。
「任せて、カズさん。わたし、役に立ってみせるわ!」
たまきは乗り気のようだし、まあいいか。
ふたりはヘイストとサイレント・フィールドをもらい、駆け出していく。
ぼくとミアは通路にオークがいないことを確認したあと、彼女たちのあとを追う。
志木さんたちは、ひとりが生き残りの少女を背負い、残りは少しあとからぼくたちを追いかけてくる。
アリスとたまきが、美術室の斜め前の教室に突入する。
ぼくはすぐ後ろから教室に近寄り、入り口からなかの様子を覗きこむ。
入り口のそばにいたエリート・オークが侵入者に素早く反応し、たまきの大斧を太い剣で受け止めていた。
本来なら鋭い剣撃の音が聞こえてくるのだろうが、無音である。
エリート・オークはそのことに怪訝そうな顔をしていた。
アリスは、少女たちにのしかかるオークの一体を、後ろ首へのひと突きで殺す。
残る二体が振り向いたところで、それを順番に突き殺していく。
相変わらずの見事な手並みで、またたく間に三体すべてを倒していた。
たまきとエリート・オークは、一合、また一合、斧と剣をぶつけ合う。
サイレント・フィールドがかかっていなければ、さぞ派手な音を立てていたことだろう。
すさまじい攻防で、ぼくには互いの太刀筋がさっぱり見えない。
雑魚オークを片づけたアリスが、たまきの援護に入った。
いまやアリスもたまきも、武器スキルがランク4となっている。
さすがに二対一では、エリート・オークも分が悪い。
それから数合。
アリスの刺突によって、エリート・オークがバランスを崩す。
そこに、たまきの大斧が振るわれる。
横薙ぎの一撃が、その太い首を一撃で刈り取った。
エリート・オークの首が宙を舞う。
アリスがレベルアップした。
※
白い部屋にて。
「やった、やったわ! わたしたち、もうエリート・オークにも勝てるんだわ!」
たまきは、ぴょんぴょん飛びあがって喜んでいた。
ブロンドのツインテールが、犬の尻尾のように跳ねる。
「いまのは二対一で、しかもヘイストありで、だからな。油断するな」
「もちろん、アリスとカズさんのおかげなのはわかっているわ」
「そうじゃない。ぼくに対する礼なんていいから、油断だけはしないでくれ。頼むよ」
たまきは少しきょとんとしたあと、ぼくが心底、心配していることを理解したのだろう、「うん!」とおおきくうなずいた。
「それにしても、はーっ、ずっと黙っているのって息が詰まるわね!」
「いや、別に叫んでもいいんだけど。実際、アリスは叫びながら突撃してただろ」
ぼくはアリスの方を向く。
アリスは少し恥ずかしそうに「み、見てたんですか」と答えた。
「叫んで気合を入れた方がちからが出るなら、叫ぶべきだよ。どうせサイレント・フィールドでまわりには聞こえないんだから」
「そ、そうですよね」
胸に手を当て、ほっとしているアリス。
そっかー、とちょっと間の抜けた様子で口をぽかんとあけているたまき。
このふたり、なんかこう、将来が心配になるコンビというか、うーん。
いやまあ、いいんだけどさ。
「ふたりとも、面白い。アリスちんとたまきちんは、でこぼこコンビ」
ミアがいう。
たしかにその通りだけど、きみがいうな、きみが。
「って、ミア、きみは午前中、ふたりの名前に先輩ってつけてたよな」
「かたっくるしい呼び方はやめよう、って話しあったのよ」
たまきがいった。
なるほど、ぼくたちは仲間だもんな。
「でも、アリスちんにたまきちんって……」
「略してたまきん」
ぼくはじっと、ミアを見つめた。
「恥ずかしい呼び方」
「じゃあ呼ぶなよ」
「まーいいじゃない。わたしは気にしないわ」
たまきはけらけら笑う。
大物だなあ。
いまはじめて、彼女を尊敬したくなったよ。
「ま、とにかく、各自、思い思いに休んでくれ。ここではなるべく、心を休めよう」
ちらりと見ただけだが、この教室にも死体があった。
裸体の少女が何人も倒れていた。
男子の死体もあった。
なんらかの部活動だったのかもしれない。
そこをオークたちが襲った。
逃げだせた者はいるのだろうか。
窓は閉め切られていた。
ということは、おそらく……。
いや、まあいい。
休めといったそばから、ぼくが陰鬱な気分になってどうする。
「カズっち、カズっち」
ミアがぼくの服の裾を引く。
「アリスちんといけない遊びするなら、わたしとたまきちん、向こうの方で後ろ向いててあげても……」
「余計な気はまわさなくていい」
ぼくは断固として提案を拒否し、首を振る。
「ん。見られて喜ぶタイプ?」
ミアの頭に拳骨を落とす。
ミアは照れた笑みを浮かべる。
じゃれあいが楽しいのだろう。
やれやれ、とぼくは肩をすくめる。
アリスがはにかんだ笑みを浮かべている。
たまきがけらけら笑っている。
※
休憩を終えたぼくたちは、白い部屋を出る。
アリス:レベル9 槍術4/治療魔法3 スキルポイント2




