第42話 中等部本校舎制圧作戦3
途中で、アリスとたまきの教室も解放した。
クラスメイトの死体を見ても、ふたりは少し手を合わせただけだった。
「泣いている時間も惜しいわ」
たまきは気丈にそういって、少し落ち込むアリスの肩を抱く。
「仇を取ろう、アリス」
「はい」
南側の教室からは、フェンスごしに校庭が見える。
キャンプ・ファイアの火は消えていたが、死体の山のまわりをうろつく二十体以上のオークは健在だった。
たまきがいう通り、ここでぐずぐずしているわけにはいかない。
幸いにして、いまの時間帯なら、光の加減で校庭から教室のなかはよく見えないはずだ。
それでも、なにがあるかわからない。
オークたちに気づかれる前に、教室を離脱する。
本校舎の一階と地下を制圧するまでに、それから二十分ほどかかった。
一階で助けた少女は、全部で三名。
さらに地下に一名。
合計で四名だ。
殺したオークは、ここまであわせて雑魚オーク十八体、エリート・オーク二体。
「ひとまず、助けた子たちを育芸館に運んで欲しい」
ぼくは志木さんに指示を出す。
「まだ生存者がいるとしたら、そのひとたちの運搬も考えなきゃいけない」
助けられた少女たちは、全員、アリスの治療を受けても立ち上がれないほど疲労困憊していた。
無理もない。
まる一日もの間、オークたちの暴力に晒され続けたのだから。
「わかったわ。気をつけてね」
志木さんたち四人は、ぐったりしている少女たちを担いで、割れた窓から出ていった。
さて、とぼくはアリスたちに向き直る。
顔色を見る限り、彼女たちに疲労の色はなさそうだった。
「ちなみに、トイレにいくならいまのうちだけど」
「漏らさないわよっ!」
たまきが、野犬のように唸る。
「もうっ、カズさんには、デリカシーってものがないわ。ねえ、アリス」
「ええと……」
アリスは遠慮がちにぼくの方を見る。
どうした、天使よ。
思う存分、ぼくを褒めてもいいんだぞ。
「カズさんは、その。たまきちゃんの困る顔を見たいだけなんですよね?」
思った以上にキツい言葉をありがとう。
肩をすくめて、ごまかすように「さあ、二階だ」と近くの階段を見た。
二階から一階への階段は、校舎の両端にひとつずつ存在する。
いまぼくたちは、左端の階段の近くにいる。
二階を偵察していたカラスが、その階段から戻ってきた。
カラスからの報告によれば、オークが数体、二階の廊下にたむろしているらしい。
凶報だった。
これでは、階段をあがったとたん、敵に発見されてしまう。
どうするか。
ぼくはリュックサックから取り出したカロリーメイトをかじりながら考える。
一度外に出て、配管を伝って二階によじのぼるという手もある。
ぼくのマイティ・アームで腕力があがった状態なら、充分に可能だろう。
サイレント・フィールドをかけておけば、騒音を立てずにすむ。
ただしこれには、両手になにも持ってないなら、という条件がつく。
アリスの鉄槍もたまきの大斧も、おおきくて重い武器だ。
これを持ったまま二階までよじ登るというのは、なかなかにキツい作業となるだろう。
誰かひとりを先に上にあげ、あとはロープ等を使う方法もあるが……。
その場合でも、そのひとりが敵のただなかで無防備となる。
危険がおおきすぎるように思う。
「ミア。パス・ウォールはどうだっけ?」
地魔法のランク4、パス・ウォールは、その名の通り、通路などの壁に穴を開けることができる魔法だ。
こうしてできた穴は、一定時間でふたたび埋まる。
人知れず壁抜けができるということだ。
銀行強盗に最適の魔法であった。
「パス・ウォールを天井に撃ってもいいけど、はしごがないと、登れない」
「ハイ・ジャンプで届かないかな」
風魔法のランク2、ハイ・ジャンプは、跳躍力を大幅に上昇させる。
荷物さえなければ、木の枝の上に一発で飛び乗ることすら可能だ。
「届くと思う。けど、一発で上の階に着地しないと」
「そうか。上の教室にオークがいたら、着地に失敗したとき、危険だな」
雑魚オークならともかく、エリート・オークの目の前で転んだら……。
ランク5にあがったたまきでも、ちょっと危ない気がする。
「あー、はしごを手に入れるには、育芸館まで戻らないとダメ、か? そんなことないだろ。本校舎のどこかに、普段使う梯子が……」
「あの、カズさん。中等部って、梯子のようにかさばるものは、グラウンド前の倉庫に……」
アリスが申し訳なさそうにいった。
なるほど、いまグラウンドには、オークが溢れている。
二十体以上を一度に相手にするのは、かなりレベルアップした現在でも、さすがにキツい。
それに、グラウンドで騒げば、二階、三階のオークにぼくたちの存在を気づかれてしまう。
せっかくの隠密行動がパーだ。
本末転倒である。
さてどうするか。
しばし腕組みして考えたすえ……。
「そうだ。風には透明になる魔法があったよな」
「インヴィジビリティは、風魔法ランク3。まだ使えない」
そうだった。
だが、たまきとミアは、次のレベルまであと経験値30点だ。
オーク二体分でレベルアップする。
ミアはいま、スキルポイントを1点だけ余らせている。
レベルアップすれば、風魔法をランク3に上げられる。
ちょっとまわり道だけど……経験値稼ぎ、するか?
なんかコンピュータRPGみたいだな。
うん、でも、ここは経験値稼ぎをしよう。
ぼくは外にカラスを飛ばし、校舎付近ではぐれているオークを探させる。
ほどなく、カラスが報告してくる。
校舎右側の下駄箱の裏手、ちょうどグラウンドからは死角になるところに、オークが二体だけいるという。
この校舎にはふたつの玄関があるが、そのうちぼくたちから見て奥にある下駄箱である。
「わかった、ちょっとヤってくるわ!」
たまきは陽気にそういって、大斧をかついで駆け出す。
慌ててミアが追いかけ、彼女にサイレント・フィールドをかけた。
二分ほどのち。
ぼくたちは白い部屋で、たまきとミアのレベルアップ報告を聞く。
※
ぼくたちは白い部屋に集まっていた。
これでふたりは、レベル8だ。
「あ、それとね、カズさん。生きてる女の子、見つけたよ」
「オークのところで、か?」
そんなところに捕まっている子がいたのだろうか。
気の毒なことではあるが、もうぼくのなかで、感覚が麻痺してしまったように思う。
生きているだけ幸せと思え、と割り切ってしまうことにしている。
そして、できるならのちのち、戦力として活躍して欲しい。
明日以降、皆が生き残るために戦って欲しい。
ひとりでも多くそういった人員を集めるのが、本校舎襲撃作戦の目的のひとつだ。
だが、たまきは首を振る。
「それが、違うのよ。下駄箱脇の掃除用具入れのなかに隠れてた子が。っていうか、アリス、すみれちゃんなんだけど」
「え、すみれちゃん、生きてたんですか! よかったあ」
アリスは、ぱあっと花が咲いたような笑顔になる。
そうか、ふたりの友達か。
「えーと、つまり、そのすみれって子は無事……なのか」
「うん! 怯えて、昨日からずっと、じっとしてたんだって」
たまきは嬉しそうに報告してくる。
「でね、まる一日、外に出られなかったみたいだから、お漏らししててね!」
「なんできみは、そんなに嬉々としてお漏らしの報告を……」
「え、だってカズさん、お漏らし大好きでしょ?」
ぼくは無言でアリスとミアを見た。
ふたりとも、コクコクうなずいていた。
「ぼくにそんな趣味はない」
「えー、いいじゃん別に。カズさんだって男の子だもん、ヘンタイ趣味のひとつやふたつ、あって当然だよ! わたしぜんぜん気にしないわ」
おいおい、なんできみはそこで、理解のあるいい女を演じるんですかね。
アリスが頬を朱に染めて、ぼくをじっと見つめてくる。
違うんだ、誤解だ。
ぼくはいたって健全だ。
全部たまきの妄想だ。
「アリス、ぼくを信じてくれ」
「わ、わたし、お漏らし、した方がいい、ですか」
真っ赤になって、いきむアリス。
きみはなにをいってるのか。
なにをやっているのか。
ミアが、アリスの肩をぽんと叩いた。
ゆっくりと首を振る。
「そうじゃない。我慢しているのにもうダメ漏らしちゃういやあ見ないでーっ、ジャーッ、となるのが萌え」
「きみは余計なことをいわんでいい」
ぼくはミアをアリスから引きはがし、背中にかばう。
まったくもう、こいつはアリスの教育に悪い。
いや、アリスの方が年上だけど。
「話を戻そう。そのすみれって子はじゃあ、歩けるのか?」
「たぶん。あ、でも、すみれちゃんを見つけただけで会話とかはしてないから、詳しいことはわからないわよ」
「なんでだ」
「サイレント・フィールド」
ああ、そりゃそうか。
ぼくは額をぽんと叩いた。
たまきの周囲は現在、沈黙結界の効果範囲内なのである。
「じゃあいっそ、もう少しの間、隠れてもらった方がいいか……いや、さすがにそれも辛いか」
本校舎の攻略には、あまり時間をかけたくない。
こっちとしては適度に敵の数を削って、少なくとも明日の朝までの育芸館の安全を確保できれば、それでいい。
ジェネラルと動物らしきヤツが出てくる前に撤退するのが望ましい。
かといって、やっと助かった子に、もう少し我慢しろ、というのも酷か。
「とりあえず、連れてきてくれないか」
「うん、わかったわ。で、どっちがいい?」
「どっち、ってなんだ」
「トイレで着替えさせてから連れてくるのと、お漏らししたまま連れてくるの」
ぼくはたまきをジト目で睨む。
「着替えさせてこい」
「あいあいさー」
ぼくはため息をつく。
「一応、志木さんに連絡しておくよ」
さて、方針は定まった。
あとはスキルポイントの使い方だが……。
「ミアは当然、風魔法をランク3にしてもらう。たまきは……剣術をランク5にできるわけだけど、それでいいよな」
「ええ、いいと思うわ。やったーっ、ついにアリスのランクを抜いたわ。わたしがトップよ!」
「おめでとう、たまきちゃん」
アリスは、素直にたまきを祝福する。
いやあ、アリスはいい子だなあ。
天使だなあ。
それにしても、たまきときたら。
「な、なによ、カズさん、そのジト目。まるでわたしが空気読めないアホの子みたいな……」
「自分でわかってるじゃないか」
たまきは、ぷーっ、とむくれた。
「ひどいわ、カズさん! ねえ、アリスもそう思うでしょう」
アリスは困ったような笑顔でぼくを見た。
「拳骨を落としてやるのも友情だぞ」
「えっと、別にその、怒ってないですし……」
「そうそう、いいのよ、カズさん。わたしとアリスは、親友だもの!」
「うーん、まあ、調子に乗ってハメを外さなきゃいいんだけどさ」
「そんなのだいじょうぶよ。わたしは慎重な性格だもの。ねー、アリス!」
ぼくはアリスと視線を合わせた。
アリスはそっと目線を外した。
「親友だけに、相手のことをよくわかっているな」
「え、なによ、わたし、すっごい慎重よ? テストでも滅多に名前を書き忘れないわ」
「名前の書き忘れなんて、そんなの一生に一度、あるかないかじゃ」
「たまきちゃん、年に一回は……」
う、うーん。
たまき:レベル8 剣術4→5/肉体1 スキルポイント5→0
ミア:レベル8 地魔法4/風魔法2→3 スキルポイント3→0
若干の不安を覚えつつ、ぼくたちは白い部屋から出る。
※
白い部屋からもとの場所にもどったあと、ぼくは無線機をつける。
志木さんからの応答はなかった。
あー、そうか。
林を挟んでいたら、電波が届かないか。
それ以前に距離の問題もあるか。
ダメだな、無線機。
そうこうするうち、たまきがひとりの少女を連れて戻ってきた。




