アフターストーリー10 文化
カクヨムネクストで連載中の『若くして引退した銀河帝国元帥は辺境の星でオーヴァーロードと暮らしたい』書籍版、カドカワBOOKSより本日発売です!
とても面白いものができたので、よろしければお手にとってみてください。
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https://kakuyomu.jp/users/seotsukasa001/news/16818622172778982691
ルシアが連れてきたエルフの裏方人員五名は、ぼくのことを下にも置かぬ扱いをする。
正直、とても居心地が悪い。
ぼくが王侯貴族に生まれて、人に傅かれる生活を送っていたならこういう扱いにも慣れたものなのだろうが……。
つい半月前まで、ただの学生だったんだぞ。
下手したらトイレにまでついてきて、この人たちに介護されそう。
と志木さんに愚痴ったところ、「そのあたりは、わたしから先方に伝えておくわ」と真剣に返事された。
「これも文化摩擦のひとつよ。彼女たちの献身が、かえってあなたの負担になっているということを、しっかりと理解してもらわないと」
「あ、うん、ありがとう」
「あなたが思っているより、ずっと重要なことよ。この世界の人たちは、いい加減、わたしたちの価値観を理解して、受け入れる必要があるわ」
「ぼくたちが、向こうの価値観を受け入れるんじゃなくて?」
普通、逆なんじゃないかな。
ぼくたちは、この世界のお客さんなんだし、と素直に口にしたところ……。
「わたしたちは、もうお客さんじゃない。この世界に居ついて、生きていくこの世界の住人になったの。なら、もっと主張する必要がある。わたしたちの文化は先方の文化と対等に、受け入れるべきものであると、ね」
「そう……だね。これまでは、いろいろとリーンさんが守ってくれたけど」
「これからもそうとは限らない。そして、いつかわたしたちは、自分たちだけで相手の文化と渡り合うことになる」
もっとも、と志木さんは続ける。
「わたしたちには、ちからがあるわ。この世界の人たちにとっては圧倒的なちからが。魔王すら滅ぼしたという名声も、ね。だから、いまがいちばんのチャンスなの。わたしたちという民族を相手に受け入れさせるこの絶好の機会を、絶対に逃すわけにはいかない」
強気だな、と一瞬考えて、いや逆なのだと思い直す。
ぼくたちは、中等部と高等部で全部合わせても百人に満たない集団なのだ。
圧倒的な少数民族なのだ。
にもかかわらず、そのひとりひとりがとんでもない戦闘力を持っていて、世界連合の中でも強い存在感を放っている。
そのちからと名声があるうちに、ぼくたちが今後もぼくたちであり続ける、という意志を表明しなければならない。
さもなくば、ぼくたちは遠からず、ぼくたちの文化を失うだろう。
別にそれでいいなら、いいんだけど。
志木さんや彼女の部下たちは、それをよしとしていないのだ。
主に日常生活や食生活の面で。
「白い部屋のミアベンダーから米を手に入れる手段は確保したわ。次は味噌、そしてうま味調味料……。欲しいものはまだまだある」
そう、強い決意で。
彼女たちは、これまでの食事を守ろうとしている。
なおこの件についてアリスやたまきに訊ねたところ、ふたりとも首を激しく縦に振って、志木さんの方針に賛同した。
「お味噌汁、飲みたいです」
「はいはーい、塩昆布が入ったおにぎり食べたい!」
ふたりの強い願いは、サモン・フィーストでも叶えられないものだ。
あの魔法で出てくるのは、あくまでこの世界における代表的な高級料理なのである。
で、ここでひとつ、白い部屋で志木さんの部下が質問をした。
この世界における代表的な高級料理が変化すれば、サモン・フィーストの内容も変化するのか、と。
答えはYESだった。
加えて、コメを出したければ頑張り給え、という余計なコメントまでついてきた。
その具体的な道について質問しても、それについては沈黙されてしまったのだが……。
それでも、これからぼくたちが何をするべきか、その目標については全員がよく認識できてしまったのである。
つまり、ぼくたち異世界人をこの世界の民族のひとつにのし上げることで、ぼくたちの民族料理をサモン・フィーストで出てくる料理のひとつにするということだ。
ぼくたちが代表的な民族になれば、ぼくたちの料理も好きなだけ食べることができる。
そんな、「かんぺきなりろん」が中等部から高等部へとプレゼンされ。
高等部からは「全面的に協力いたす」という強い返事がきたのであった。
食は、皆の気持ちをひとつにする。
ぼくは、この数日の流れで、それを改めてよく理解させられた。
※
ちなみに、このあたりのことをルシアが連れてきたエルフの人たちに話したところ……。
「旦那さまを始め、みなさまのこの世界に対する貢献には、計り知れないものがございます。しかし、みなさまはそのことをひけらかさず、常に一歩退いているように思われます」
という返事がきた。
それって駄目なことなのだろうか、と首をひねるぼくだったが、隣で話を聞いていた志木さんは、とても納得した様子であった。
「自己アピールが足りない、というのは事実なんでしょうね」
「奥ゆかしい日本人の美徳とかそういうこと、しているつもりはないんだけど」
「たぶん、これはルートの問題よ」
道?
ぼくの顔にはハテナマークがついていたんだろう、志木さんは「影響力のあるルートを通ってアピールする必要がある、ということ」と言い直した。
「この世界の人々にとって影響力のあるところに、しかるべきアピールをしなきゃいけないのよ。でもわたしたちは、これまでずっとリーンさんに頼りきりだったわ」
ああ、そういうことか。
ずっとリーンさんを窓口として、リーンさんから仕事を受けたり、リーンさんに頼んでなんとかしてもらったり、とにかくこの世界樹のボスになにもかも任せてしまっていたわけだけど……。
それじゃ、この世界の人々にとっては、世界樹がすごい、ということになっちゃうって話なのか。
「その通りでございます。旦那さまの献身を、あの方々はなんだと思っているのでございましょうか」
エルフの女官たちが憤っている。
なんか自分たちで言った言葉で余計に興奮している感じだ。
「リーンさんは、精一杯やってくれているよ」
「それはそれ、これはこれ、という話でございます」
うーん、リーンさんがぼくたちの貢献を奪っている、か……。
そういう風に考えたこと、一度もなかったな……。
「そこまで自己顕示欲の強いカズくんは、それはもうカズくんじゃないわよ」
「ぼくの自己顕示欲……」
「ま、そこがいいところなんじゃないの? あなたに不足しているものは、わたしたちが補えばいい」
それは、たしかに。
ぼくたちは仲間なのだから。
とはいえ、今回の場合、ぼくの頼もしい仲間たちが何とかできるものなのだろうか……。
そもそもアピールって、具体的になにをやるんだろう。
「平原の民たちは、日々、宴を開いてその場で己の軍の活躍を語っております」
へー、なるほど。
……えーと、いまの世界樹の状況で?
ちょっとよくわからないなとそのあたりについて訊ねてみたところ、エルフたちは沈痛な表情で肯定した。
どうやら、亡国の貴族たちは、毎日パーティを開いては、お互いのマウントを取ることに余念がないらしい。
「もうそんな奴ら、全員滅びたらいいんじゃないかな」
「気持ちはわかるわ。でも、彼らには彼らの伝統があって、それを壊すことで発生するデメリットよりも、彼らを許容することで得られるメリットの方が大きい、と世界樹は考えているのだと思う」
デメリットよりもメリット、ねえ。
この物資不足の状況で宴を開くメリットってなんなんだろう。
いや、そうか、現状変更こそがデメリットで、おとなしくしているだけでメリット、なのかもしれない。
そこまでしてたくさんのヒトを抱え込む必要がある? とこちらとしては考えてしまうけど……。
でもそれは、この戦争の最後の方に来て、ちょっとだけ手助けした外様のぼくたちだからこその感覚だ。
ここまでずっと戦い続けてきた彼らには、そしてリーンさんを始めとした世界樹には、それだけの積み重ねとしがらみがあるのだろう。
サモン・フィーストも、その積み重ねのひとつが形となって表れているもののひとつだ。
あの魔法で出てくる豪華な料理は、この世界の代表的な民の饗宴である。
つまり、貴族たちが日々、宴を開いているからこそ、ぼくたちもあの料理を食べることができる、ということなのだろう。
……それを差し引いても無駄じゃない? というのはともかくとして。
「でも、たぶん、サモン・フィーストだけじゃないのよ」
と志木さんは言う。
「わたしたちが見えているものだけが、この世界の全てではないわ。きっと、その背後に、わたしたちの知らないものがたくさんある」
「リーンさんが守ろうとしているのは、その、ぼくたちが見えていないたくさんのもの、なのかな」
「それも含めての、この世界、ということなのだと思うわ。もちろんそれは、わたしたちにとって大切かどうかとは別の問題だけどね」
それって、リーンさんの目標が、ぼくたちとは異なるものだ、ということで……。
どこかでぼくたちとリーンさんは、袂を分かつ、ってことになるのかな。
ふと、そんなことを考えた。
「カズくん、あなたがなにを考えているかわたしは知らない。でもね、わたしたちには言葉があって、お互いに意志を通じ合える。これは素晴らしいことだって思わない?」
「別に、そんなぶっそうなことを考えているわけじゃないんだって」
「そうかもしれないわね」
うわあ、いまひとつ信用されてない。
いやまあ実際に、そこそこぶっそうなことを考えていたんだけど。
「大丈夫よ。なにか決定的なことが起きる前の段階で、よく話し合うから」
「そうしてくれると助かる、けど……」
「忍者がね」
「志木さんがやるんじゃないんだ……」
この女、面倒なことは忍者に押しつける気まんまんである。
「適材適所、よ。わたしだって腹の探り合いは得意じゃないもの」
逆に、腹の探り合いが得意なあの忍者、なんなんだろうね。
本当にね……ミアの兄だけはあるよね……。




