アフターストーリー11 キターマの民
本作品のパラレルで高等部の物語、”ぼくの壊れた正義はループする異世界で愛と罪を天秤にかける”のコミック版一巻が発売しました。
よろしければお手にとってみてください。
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-893720-5
orブログ
http://blog.livedoor.jp/heylyalai/archives/56046222.htmlにて。
異世界に召喚されてから十五日目の午後。
ぼくはたまきとふたりで、とある城塞都市に転移した。
城壁の修理を頼まれたのである。
ここ最近は、もっぱらこういう仕事ばかりを、一日に何件もこなしている。
ぼくひとりでもいいと思うんだけど……育芸館組の満場一致で「誰かひとりは護衛につけてください」とお願いされてしまっては仕方がない。
護衛として選ばれたのがたまきなのは、表向き「たまきちゃんがいちばん強いから」であり……。
裏の理由として「たまきちゃん、事務とかできないしアリスちゃんみたいに魔法も使えないから……」とのことである。
もちろん裏の理由は、たまきには秘密だ。
「カズさん、まわりを気にしないでお仕事してね! わたしがカズさんを守るんだから!」
「お、おう、期待している」
「うおー期待されてるんだ、がんばるぞーっ」
本当に秘密である。
※
この城塞都市は、三年ほど前に魔物の群れに襲われ、その際に多くの人々が難民となった。
陥落の際には籠城した兵が最後まで戦ったため、建物には多くの被害が出たという。
世界樹に避難していた人々は、戦後、この城塞都市に帰還して復興事業に着手。
しかしもともとの人口が五千人に対して、戻れた者はわずか三百人であり……。
ひとまずは崩れた壁を修復し、魔王軍の残党から身を守ることを優先したい、とのことであった。
世界樹としても、彼らのような意欲的な者たちをモデルケースとして、帰還事業をスムーズに進めたい。
故に、ぼくが派遣されたというわけである。
岩壁を召喚するのは、ぼくの得意分野だからね……。
むしろ召喚魔法をこうして平和目的に利用できるのって、嬉しいことだから。
過去に壁を召喚してまわった町でも、ぼくの壁は頑丈で使いやすいと評判なのである。
「よく来てくださいました、キターマの方々!」
ぼくとたまきは、出迎えた壮年の男女に歓迎される。
たまきが、目を白黒させて、「え、キターマ?」と首をかしげているので、ぼくが前に出る。
「初めまして。キタヤマの者です」
「あー、北山学園の北山かー」
ほっと胸に手を当てるたまき。
うん、そうなんだ。
育芸館組と高等部組の上層部同士で考えたことでね。
ぼくたちには、国というか……種族というか……民族の名前が必要だ、という点で意見が一致したのである。
故に、キタヤマ。
もちろんこれは、ぼくたちが通っていた私立北山学園からとったものである。
キタヤマの民、というぼくたちの民族名を、リーンさんを通じて世界樹の皆に通達した。
百人に満たぬ少数民族ながら、魔王を討伐したという、おそるべき者たちだ。
ぼくたちの呼称が決まったことで、いくつか変化が訪れたという。
たとえば、世界樹の一角にキタヤマの民の領地があるから、あそこに不用意に近づいてはならないとか。
キタヤマの民の女性に声をかける場合は充分に注意するようにとか。
キタヤマの民に強引な声かけをすると、腕切りの化け物使いが襲ってくるとか。
最後のは、ぼくだよなこれ……いや別にいいんだけどさ……。
それくらいの噂で女の子たちを守れるなら、風評被害のひとつやふたつね……。
「カズさん、カズさん」
「どうした、たまき」
「ナントカの民って呼ばれると、なんかへんな気分だね」
「慣れるしかないかなあ」
ちなみに会議のときにたまきも連れていったはずなんだけど。
こいつ、そういえば会議の場で寝ていたな……。
という目でじとっと見つめると、なにを察したか、わざとらしくそっぽを向いて「さーカズさん、仕事仕事!」と元気に叫ぶ。
まあ、いいか……とぼくは指示された場所に石壁を召喚していく。
「おお、素晴らしい。あっという間に、かつてあった以上の城壁が!」
「これがキターマの民のちから!」
「というかこれ、全部このお方の出す城壁に替えてしまった方がいいのでは?」
おい最後のやつ!
旧城壁は、たしかにけっこうぼろっちい感じではあったから気持ちはわかるけどね……。
さすがに、最大人口五千人の町のまわりに壁を張り巡らせるとなると数日がかりの仕事になるんだよなあ。
だから今回は、補修用の壁だけで勘弁して欲しい。
みたいなことを相手に伝える。
先方としても、最初の要請は部分工事だったから、それで納得するしかなかった様子である。
※
とはいえ、だ。
大型の魔物に破壊され、それから放置されたままだった城壁は思った以上に劣化していた。
これならいっそすべて取り替えてしまった方がいい、という部分も多かった。
ぼくはゴーレムを召喚して、明らかに脆くなっている部分を撤去し、その跡地をまっさらな壁で埋めていく。
瓦礫の撤去には、たまきも協力してくれた。
五メートルくらいの欠片を、よいしょと持ち上げて、ぽーんと遠くの草原に放り投げている。
五百メートルくらい跳んだその欠片は、砲弾が着弾したかのような音と煙をあげて爆散した。
まわりで見物していた人たちが、あんぐりとおおきく口を開けている。
「たまげたお嬢さんだなあ。キターマの民は剛力無双の神人であられたか」
たまきを崇めるように手を合わせている人たちもいた。
神人ってなんだろな……と思うけど、まあ別にそのあたりを聞いても仕方のないことだ。
あと、このひとたち何度、キタヤマって言ってもキターマって返してくる。
ども発音が難しいらしくて……失敗したかなあ、民族名。
いまさら変更も難しい気がする。
仕方がないかー。
「これならゴクシの奴らも納得するしかなかろう」
初老の男が腕組みしてそんなことを言う。
ゴクシの奴ら、ってなんだ?
そんな疑問が顔に出ていただろうか。
別の男が説明してくれる。
「こちらに出向してきて下さった、ゴクシ騎士団の方々です。この町が復興した暁には、町の守りを担っていただくことになっております」
「ぼくたちが出しゃばってきて、気に喰わないって話ですか」
そういうの、本当によくあるのだ。
復興が始まってから、まだ十日足らずのはずなのにね……。
「町は自分たちが守る、すべて任せておけばいいのだ、とおっしゃられて……しかし復興のためには、まず壁の修理を終えて安全を確保してから、と我々は考えておりまして……」
なるほど、騎士団には相応に魔物と戦うちからがあるのだろう。
なんなら己のちからをこの町の人々に見せつけて、今後の関係を有利に運びたい、とすら考えているかもしれない。
でも、この町にもともと暮らしていた人々にとって、町を囲む壁は安全の象徴だ。
実際に、外には森が広がり、魔物がいつ襲ってくるかわからないという状況で……まず壁を修理して欲しい、と願うのも当然だろう。
お互いに話し合ってくれ、としか言いようがないんだけどなあ。
ぼくたちは交渉のために来たんじゃないわけだし。
「世界樹への応援は、あなた方の独断だったんですか」
「そのようなことはございません。騎士団の団長殿は納得しておられます。ただ、一部の団員が、その……」
男が言葉を濁した、そのときだった。
町の奥の方から怒声が響いてくる。
「いつまで我々が大人しくしていなければならんのだ! 奴ら、調子に乗って壁を壊してるではないか!」
あ、黒い鎧を着た男たちが、三人ばかり、早足でこっちに歩いてきた。
後ろでそれを止めようと町の女の人たちが慌てているけれど……。
うわあ、肩をいからせた黒い鎧の男たちに手を振りほどかれて、地面に尻もちをついてる。
「ちょっとちょっとちょっとーっ! はいストーップ! そこまでーっ!」
ぼくが前に出ようとしたら、先にたまきが黒い鎧の男たちとぼくとの間に割って入った。
ぼくを守るように、両腕をおおきく横に広げて立っている。
「なんだ、このガキは。おれたちが用があるのは、そこのキターマ人だけだ」
「わたしだってキタヤマの民だよっ! おじさんこそ、なにさ!」
黒い鎧の男たちが、「こんなガキが、キターマ? 魔王を倒した奴らだって?」と不愉快な笑い声をあげる。
ずっとぼくたちのそばにいた町の男たちが、ひどく慌てている。
ゴクシに苦言を呈していた男すら、顔を蒼ざめさせていた。
そうだよね、きみたち、たまきが遠くに大型の瓦礫の残骸を放り投げるところを見ていたもんね。
純粋な近接戦闘パワーで言えば、ぼくたちの中でも圧倒的ナンバーワンなんだよなあ。
「カズさん、やっちゃっていい?」
「手加減しようね。本当にすごく手加減してあげようね?」
「任せて!」
たまきは、とても元気に叫ぶ。
「このガキが、躾けてやる」
無防備に手を伸ばしてきた男の手首をつかむ。
そのまま、地面に引き倒そうとして……。
ここでひとつ、肉体スキルと運動スキルについて検証の結果、判明したことについて説明しよう。
このふたつのスキル、得た者の身体能力を格段に向上させ、スキルランク9ともなればそれは人外じみたものとなるのだが……。
それは常時発揮されるわけではない。
スキルを持つ者が必要なときに、必要なだけ能力を向上させる。
そうじゃないと、たまきはお茶碗を持ったりスプーンを使ったりすることもできなくなるからね。
彼女がぼくを抱きしめたら、ぼくの身体がお腹のところでまっぷたつ、とかになりかねないからね。
でもたまきは毎日、お箸とお茶碗でご飯を食べている。
ぼくとのスキンシップは毎日だけど、幸いにしてぼくの五体はどこも壊れていない。
そのあたりのオン・オフについては、非常に感覚的なものであるらしい。
冷静な状態で、きちんとこれくらいのちからを出す、と考えながら動けばそうなるのだという。
逆に言えば。
きちんと考えずに、しかも冷静でなければ。
スキルは暴走する可能性もある、ということだ。
つまり、いまのように。
ぶち、と嫌な音がした。
ひねった拍子に男の手首がねじり切れてしまっていた。
「あれ?」
たまきは、ちぎれた手首を握ったまま、小首をかしげる。
そのそばでは、黒い鎧の男たちが、片手を失い悲鳴をあげながら転げまわる同僚を見て顔を真っ青にしていた。
まずいな、血が勢いよく噴き出しているから……。
ぼくは慌てて、召喚魔法を唱えた。
「サモン・ファミリア:祈願の騎士コルダ」
緑色のローブに身を包んだ、全長二メートルを越える人物が出現する。
その頭は目深にかぶったフードに隠されているものの、フードの中からは、理性を感じる青い双眸がこちらを覗いていた。
数少ない、治療魔法を使える使い魔である。
魔法をいろいろ使える使い魔が欲しくて、新たに契約した使い魔なのだ。
アリスたちと共に行動するなら必要ない使い魔なんだけど、これからはそうも言っていられないからね。
町の人たちも黒い鎧の男たちも、突如として現れた偉丈夫を見てびっくりしているが……。
「その男に回復魔法を」
「そ、そうだわ。この手をくっつけて!」
祈願の騎士コルダは、委細承知とばかりにたまきから男の手を受けとると、転げまわる男のもとに赴き、ちから強く男の身体を片手で拘束した。
突然、大柄な人物にのしかかられた男は更なる悲鳴をあげるも――怪我をした男の身体が青白く輝き。
ちぎれた腕が、みるみる融合する。
「く、くっついたのか!?」
「そ、そうみたいだ……」
手がちぎれた男も、その同僚たちも、目を丸くして、元通りになった手を眺めている。
それから、はっとなって祈願の騎士コルダの方に向き直り……深く頭を下げた。
「どなたかはわからぬが、感謝いたします。あなた方、キターマ族のちからはよく理解いたしました!」
違うんだ、待ってくれ、その騎士はぼくの使い魔で……。
と言うまでもなく、男たちはたまきにも「嬢ちゃん、悪かった!」と頭を下げて、町の方へ戻っていく。
いやだから……ああもう、別にいいか……。
ぼーっと立っている騎士に、「お疲れさん。しばらくそこで歩哨を頼む」と告げる。
うん、もうここは割り切ることにした。
おれもたまきも子どもにしか見えないのはもう仕方がないから、「頼もしいキターマ族」の役割はこいつに任せよう!
「カズさん、これでいいのかなあ」
「きみが人と戦うようなことになるより、こっちの方がずっといいよ」
「そっか。カズさんがその方が嬉しいなら、わかった!」
たまきは笑って、大岩を持ち上げては、ぽーんと遠くに投げる作業に戻った。
うん、この光景を見ていれば、彼女に突っかかるなんて恐ろしいことは絶対にしないと思うんだけどなあ。




