アフターストーリー9 崩壊
ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける、コミック版、5巻が発売です。
2日目の夕方、黒いオークとの決戦、そして深夜……。
是非、お手にとってみてください。
詳細は活動報告か、こちらに。
http://blog.livedoor.jp/heylyalai/
今日で、異世界に召喚されてから十五日になった。
ここ数日はいろいろあって、どたばたしていたのだけれど……。
いや、この異世界に来てからずっとどたばたしていた、と言われればそうなのだが、それはあくまで魔王軍という強大な敵との戦いがメインであった。
ここ数日のどたばたは、少し性質が違ったのである。
ある意味で、もっと強大な敵との戦いであったのだ。
つまりは。
過労だ。
志木さんたち後方担当がばたばたと倒れ、連鎖的にぼくたちの仕事がまわらなくなったのである。
ぼくはサモン・フォートレスで豪邸と豪華なベッドを召喚し、ぶっ倒れた志木さんたちをそこに叩き込んだ。
護衛の使い魔を召喚し、志木さんたちが仕事に戻ろうとしても絶対に外に出すな、と命令した。
続いてリーンさんに事情を説明し、バックアップを頼んだ。
「仕事を調整する人材をこちらから出しましょう」
と彼女は請け負い、初老の男がひとり派遣されたのだが……。
その彼とぼくたちとの意思疎通が、まず大変だった。
いや、向こうの言語はわかるのだ。
わからないのは、向こうの理屈であった。
そもそも、彼の指示が間違いだらけであった。
たとえば、とある現場に向かうよう指示されたのに、実際に応援が必要だったのは別の現場だったりとか。
現場に行ったら相手の方は全然こちらの到着を知らず、野盗と勘違いされて攻撃されたりとか。
ぼくたちはともかく、女の子たちだけのグループで行ったら襲ってきたとか。
ぼくの場合も、壁をつくるつもりで現場に向かったら、相手がなぜか怒り出してしまったり。
よく聞いてみたら向こうが要請していた仕事の内容が全然違ったりとか。
応援に行ったはずなのになぜか賄賂を要求されたとか。
で、これらの食い違いを問い詰めたら、なぜか調整役の男は「そんなこともできないのですか、やれやれ」と呆れ始めて……。
よくよく話を聞いてみても、あなた方には誠意が足りない、とか言い始める。
どうやら、ぼくたちの態度が不満な様子であるのだが……。
平民が、どうとか。
言葉遣いが、どうとか。
いや知らんよ。
こっちは手伝いに来てるんであって、政治をしたいわけじゃないよ。
たしかにこの世界にはこの世界なりの文化や歴史があるのかもしれないが……。
それを尊重するかどうかは、ぼくたちが決めさせて貰う。
結局、リーンさんから派遣されてきた男はクビにさせてもらった。
後に、この男があちこちから賄賂を受け取って、恣意的に仕事の取捨選択をしていたことが判明した。
リーンさんはとても恐縮し、ぼくたちに謝り通した。
彼女たちの前では理想的な調整役として機能していた、有能な男であったとのことである。
うーん、ぼくたちが若くて野暮な田舎者、と侮られたっぽいのだが……。
誰が魔王を倒したのか知らなかったのか、あるいは知っていて、それでも政治は素人と侮ったのか。
でも実のところ、そういう人材であっても使っていかないといけないほど、リーンさんたちの事務方の事情も切迫していた、ということなのだろう。
「結局のところ、有能な者から倒れるのです」
目に濃いクマをつくってそう語るリーンさんに、あまり文句を言うこともできなかった。
たぶん、いまの人類において、事務方でいちばん重要なスキルは頑丈な身体なんじゃないかと思う。
志木さんたちは、本当によく調整してくれていたんだなあ。
事前の打ち合わせって重要なんだなあ。
※
で、結局のところ。
志木さんたちは、三日間、爆睡した後、仕事に戻った。
ぼくらの気持ちとしてはもう少し寝ていて欲しかったのだけれど、現場の状況はそうも言ってはいられなかったのだ。
少しでも多くの者たちを迅速に世界樹の難民キャンプから大陸中に戻す必要がある。
リーンさんたち事務方が倒れる前に。
たぶん、その日は遠くないのだと、志木さんが倒れたことで、異世界側の者たちもそれをよく認識した様子である。
うん、たった三日で、リーンさんはますますふらふらになってたからね……。
トラブルが大幅に増えて、それの解決に奔走していたのだから無理もない。
「本当は、この大帰還事業そのものに無理があるのよ」
復帰した志木さんはそう言いきった。
「安全を確保してから、避難民がもともと住んでいた場所に戻す。これじゃ手間がかかりすぎるわ」
「じゃあ、どうすればいいって志木さんは考えるの?」
「とても大きな第二の難民キャンプをつくって、そこにいったん、避難民を移送する。本来の土地に帰還するのは、それからゆっくりやればいいわ」
なるほど、論理的だ。
大帰還事業を急いでいるのは、世界樹の避難民受け入れキャパシティが飽和しているからである。
故に、まずはキャパシティの大きな避難所を別につくって、人々をそこに移動させる。
この方法なら、ぼくたちはゆっくりと、彼らが本当に戻るべき場所の整備ができる。
「当然、世界樹側もそれくらいわかっているんだけどね」
「できない理由があるの?」
「世界樹の居心地が良すぎるのが、いちばん大きいわね。第二の難民キャンプは、世界樹ほど利便性の高い場所にはならないでしょう」
「それはまあ、わかる。だからわざわざ、避難民をいろいろ制限している、とかリーンさんも言っていた」
でもそれなら、彼らの故郷に戻ることだって大きなリスクだ。
「望郷の念が利便性を上まわった人から大帰還事業で故郷に戻っているってことよ」
ぼくの沈黙を正確に解釈して、志木さんはずばり正解を言ってみせた。
「つまり……実はこの世界樹にずっと居座るつもりの人も多いってこと?」
「そうよ。でもいまは、その人たちを後まわしにしている。帰りたいって人たちだって充分に多くて、手が足りない状態だから」
「……もしかして、彼らの気が変わらないうちに帰還事業をなるべく進めたいってこと?」
「たぶん、ね。実際にそのあたりを話し合ったわけじゃないけど、世界樹側のやっていることから推察すると、そういうことになるわ」
でも、それじゃあ。
この大帰還事業と呼ばれているものは、間もなく破綻する。
下手をすると、世界樹に居座ろうとする人々と、もともと世界樹に住んでいた人々の間でひどい争いが起きる。
ぞっとした。
その結果、いったいどれほどの血が流れるのだろう。
「馬鹿な話よね。魔王軍との戦いですり減った人たちが、また勝手に自分たちですり減ろうとするのだもの」
「防ぐことはできないの?」
「きっともう、その段階はとっくに過ぎているんでしょうね。少なくとも、世界樹側はそう考えていると思うわ」
「志木さんは、いつから気づいていたの?」
「この三日、ベッドの上にいたでしょう。暇を持て余しちゃってね、いろいろ考えていたの」
なる、ほど。
ぼくたちの中でいちばんたくさん、世界樹の人たちと接している彼女だからこそ、そこに気づけた。
落ち着いて考えているうちに、気づいてしまった。
そういうことか。
「心の準備はしておきなさい。そうなったときにどうするか」
「ぼくに決めさせるわけ?」
「あなた、いちおうわたしたちのリーダーなのよ?」
ぼくはきっと、苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう。
そんなぼくを見て、志木さんは不敵に笑ってみせる。
「安心しなさい。いざとなったら忍者を矢面に立たせるから」
「それは……」
「こういうときは年長者を頼るものよ。あとはまあ、わたしとあなたが、中等部の泥をかぶる。それくらいの覚悟は、お願いね」
それは、言われなくても。
せめて中等部の子たちの心くらいは、守っていきたいと思うのである。
※
事務方を増やす件については、ルシアの方から解決策を出してくれた。
いまは亡き彼女の国であるア・ウル・ナアヴの民の生き残りから、事務の得意な者を出すという。
「そっちでも必要な人材じゃないの?」
「裏方の者ばかり多くても、国は立ち行かないのです」
どういうこと? と話を聞いてみれば、ア・ウル・ナアヴの生き残りの大半は、戦えない者たちであるらしい。
そもそも戦える者は、国が滅びるときに戦って死んだのであると。
そりゃ、そうだよね……。
だからこそルシアが先頭に立って、再興のために活躍していたという話である。
「本当は、もっと早く人員の融通を行いたかったのですが……」
エルフたちは、国が滅びてもなお高い気位でもって、自分たちだけで行動しようとした。
ルシアはそんな彼らを説得し、事務方として一部のエルフを出すかわりに、戦闘力の高い人員をまわしてもらう、という段取りをようやく取りつけたとのことである。
「その、まわして貰う人員って……また頭の固い人たちが来ても、困るんだけど」
「そこは大丈夫です。あなたに命を救って貰った者たちですから」
ああ、魔力を吸い取られていた人たちか。
ぼくとルシアのふたりだけで敵の拠点に侵入して、そのときに助けた人々である。
彼女たちは、ぼくたちに対して強い恩義を感じているとのこと。
すぐにでも協力したい、と申し出ていたのだが……ずっと、それに反対していた一派がいて、ルシアとしても調整に苦慮していたとのことだった。
「オラー姉さまの尽力で、なんとか……」
ルシア、お世辞にも口が上手い方じゃないからなあ。
頭はいいんだけどね。
「問題は、中等部からの支援を約束してしまったことですが……」
「志木さんたちが少しでも楽になるなら、それくらいは許容範囲だよ」
いや本当にね。
このままじゃ、早晩、ぼくたちが動くことすらできなくなりそうだったからね。
いくらちからがっても、それを適切に投入できなければ意味はない。
そのことを、よく理解させられてしまった。
そういうわけで、五人のエルフの女性という新しい人員を迎え、中等部組の裏方は再スタートを切り……。
数日かけて立て直しを図った。
彼女たちはおおむね優秀で、しかもぼくたちに敬意を持って接してくれた。
これはとても素晴らしいことで、彼女たちの献身には感謝しかない。
ないんだけど……。
ちょっと献身が行き過ぎているような気がするんだよなあ。
特にぼくのことを「旦那さま」と呼ぶのはさあ。
「ルシア殿下の旦那さまでございますから」
「あ、うん、それはそうなんだけど」
敬意がありすぎるのも、問題だなと思った。




