アフターストーリー8 米と豆
新作の宣伝です。
カクヨムネクストにて、今日から連載を開始しました。
よろしければ読んでみてください。
ネクストに加入しなくても3話遅れで読める、らしいです。
現在6話まで投稿してみたので、3話まで読めるはずです。
若くして引退した銀河帝国元帥は辺境の星でオーヴァーロードと暮らしたい
https://kakuyomu.jp/works/16818093088030940237
よろしければ、ブックマークと評価をお願いします。
異世界に漂流してから9日目の夜。
ぼくは日が暮れた後、育芸館組の集会所となっている樹上家屋でレポートをまとめていた。
昼の仕事の記録をリーンさんに提出するのだ。
こんなの、つい先日までただの高校一年生だったぼくにやらせるような仕事ではないと思うのだが……。
ぼく以外の事務方は同級生の志木さんと、中等部の面々なのである。
ぼくが泣き言をこぼすわけにはいかない。
その志木さんたちは、長テーブルの向こう側で朝から引き続き事務仕事をしているのだった。
羊皮紙とぼくたちの世界の紙が入り交じった書類の束はカオスのひとことで、それらの内容を適宜翻訳したり書き写したり数字をチェックしたりしながら今後のための資料をつくっているのだという。
いまやっておかないと後々の行動に支障が出るとのことで、とにかくここ数日が勝負なのだとか。
本当に……お疲れさまです……。
「カズくん、少し休憩しましょう」
そんなことを考えながらレポートと格闘していたら、志木さんがすぐそばに来ていた。
彼女が手にしたふたつのカップから、コーヒーのかぐわしい香りが立ち込めている。
「コーヒー豆、まだあるの?」
「あと数日分というところかしら。ミアベンダーのアイテム複製セットで増やすか、コーヒー豆を召喚する魔法をつくって貰うか、カズくんはどちらがいいと思う?」
「今朝も米やら味噌やらをミアベンダーに入れるとか話してた気がするけど」
「ええ、お米を召喚する魔法はランク3ということになったわ。さっそくひとり、覚えてもらった」
もうやったのか、行動が早すぎる。
いや、お米はサモン・フィーストでも出てこないから、ぼくたち転移した人々にとって生命線なのはわかるんだけども。
味噌や醤油、それに……。
「コーヒー豆、そこまで必要なのか」
「豆がなくなったら、わたしも含めて深刻なカフェイン中毒者が、起こすわ」
「何を」
「反乱を」
反乱が起きるのか。
ちらりと少し離れたところに座る少女たちを見る。
彼女たちはこちらを見て真剣な顔でうなずいていたから、彼女たちも反乱分子予備軍らしい。
「米の召喚がランク3なら、コーヒー豆もそこまでじゃないだろう。召喚魔法をミアベンダーに置いて貰うのがいいんじゃないか。あと、豆を栽培できないものかな」
「栽培できても時間がかかるわ。そうなる前に反乱を起こすから」
「きみが反乱を主導するんだ……」
反乱、怖いなあ。
とはいえ事務方に負担がかかっている現状、何とかしてやらなければならない。
志木さんは、「わたしたちは戦っていないから」と何かと遠慮しがちな事務方の女の子たちの言葉を代弁しているんだろうしね。
「召喚で出した米ってずっと残るの?」
「いま試しているところだけど、消えたって報告はないわね。ただ、一日に60キログラムまでしか召喚できないわ」
えーと、米の一合って150グラムだっけか。
つまりだいたい400合?
ぼくたち異世界転移組全員が白米をお腹いっぱい食べられる程度の米は用意できるけど、異世界人たちに無条件で配れるほどじゃない、と。
ミアがそんな感じで調整したのかな。
「コーヒー豆にも、そういう制限が入るかもね」
「コーヒー豆で腹は膨れないし、どうかしらね。制限がなかったら、世界樹の事務方に、比較的安全な目覚まし薬として売り出せないかしらって考えているの」
「世界中の人たちが集まっているいまのうちに世界樹で流行らせておけば、各地に再入植した人たちにもコーヒー文化を伝導できるというわけか」
「ええ。いま世界の中心はここよ。そうであるうちに、わたしたちの存在をなるべくアピールしておかないと。もちろん、カズくんたちの存在感は最初からばっちりなわけだけど」
魔王討伐面子に入っている志木さんだって、たぶん世界樹の人たちは英雄のひとりだと思っている気がするけど。
実際、リーンさんはそう扱っているみたいだし。
そもそも志木さん、ぼくたちほどのレベルじゃないけど、それでも現地の人たちからは隔絶した戦闘力の持ち主なんだよね……。
彼女が本気で隠密してナイフを投げてきたら、忍者夫妻以外の高等部は誰でも即死する程度には。
たぶん、この先しばらくずっと書類仕事で前線には出ないだろうから、他の人たちにレベルを抜かされていくだろうけど。
というか交渉役の面でも高等部の忍者と並んで替えがきかない人材なので、皆が彼女を戦わせたがらないだろうけど。
「リーンさんの部下には、覚醒剤みたいなものまで使って仕事している人もいるのよ」
「事務方が末期的な状況すぎない?」
「わたしたちが来るまで、ここの人たちはずっと末期戦をしていたのよ」
そういえばそうだった。
絶望的な戦いと最後の悪あがき的な反抗作戦の直前に、ぼくたちが現れたのだ。
結果的に、それがすべての転換点となって、彼らからすればあっという間にすべてが終わっていた。
だが、そこから先も彼らの人生は続いていく。
なら残された後方の人々は、死に物狂いで……書類を片づけなければならないのである。
うん、人生ってたいへんだね。
ぼくはカップの中のコーヒーをひと口飲んだ。
苦味が意識を覚醒させて、頭がすっきりしたような気がする。
うん、これはたしかに、事務方には麻薬みたいに流行るかもしれないなあ。
「他にも欲しいものはたくさんあるし、ミアベンダーで何を頼むかは難しいね」
「ちょっと前まで現代社会の恩恵に浸っていたわたしたちが、何を切り捨てて何を維持するか。考えることがいっぱいで嫌になるわ。カズくんは何が欲しい、とかあるかしら」
「ぼくのことは後まわしでいいよ。アリスとたまきも……たぶん、あまり何かを欲しがったりはしないんじゃないかなあ」
「そうでしょうね。だから聞いてみたの。あなたが欲しい、と言えば意見も通りやすくなるわ」
またそうして、ぼくを利用しようとする……。
半分は冗談なんだろうけどさあ。
「志木さんって、ワルぶるの好きだよね」
思わずそう言ってしまったところ、志木さんはコーヒーのカップに口をつけたまま、口をへの字に曲げてしまった。
彼女の後ろで部下の子たちがくすくす笑っている。
「いいじゃない。女は誰でも権力を裏で操って真のラスボスごっこをするものなのよ」
「なにそれ怖い。聞いたことない女性観が出てきたな……」
「別にいいじゃない! わたしだって口先三寸で権力者を手玉に取ることに憧れる乙女だったころがあったのよ!」
「ごめん、ぼくの想像力にも限界があってさ」
志木さんは時々、よくわからないことを言う。
以前は、真面目で事なかれ主義なリーダーって感じだったんだけどな……。
※
コーヒーで頭をすっきりさせた後、えいやっ、とレポートを仕上げにかかる。
よし、完成! となった時には、だいぶいい時間になっていた。
志木さんたちはまだ仕事してるけどね……昼に交代で少し寝たらしいけど、どうかご自愛ください。
そんな忙しい志木さんには申し訳ないけど、レポートを見てもらう。
志木さんはさっと黙読した後、「これでいいわ。あとはこっちで直しておくから」とレポートを受けとってくれた。
「どっちみち、こちらで翻訳してからリーンさんに渡すのだもの。あなたはこれで充分よ」
「めちゃくちゃ言い方を考えてくれているけど、つまりひどかったんだね、ぼくのレポート」
「最初は誰でもこんなもの。そのうち書き慣れるわ」
うーん、申し訳なさばかりが募る。
とはいえ、いまのぼくにできることはこれ以上ないわけで。
居残りのみんなに「頑張って」と声をかけて、その場を辞した。
今日のぼくの仕事は、すべて終わりだ。
アリスたちが待つ家に戻るだけである。
真夜中ではあったが、樹上都市のあちこちで明かりがついていて、一部ではにぎやかだった。
なんか怒鳴り声とかも聞こえるし、酔っ払いが歌っているような声も聞こえる。
避難民の大半は地上に建てられた臨時の小屋で暮らしているらしいけど、もっとちゃんとした待遇で迎える必要があった者たちを中心に、ぼくら同様、樹上都市に居住する権利を得た者たちは多い。
そんな人たちの中には、ちょっとハメを外してしまったり、うちの生徒たちと揉め事を起こしちゃったりする者もけっこういる。
だから、なるべくそういう人たちには近寄らないように、と高等部組、育芸館組の双方に注意が出ていた。
リーンさんもそのあたりには配慮してくれていて、ぼくたちの活動領域と彼らの領域がかぶらないように配置してくれているわけで。
だからといって、すべての者がその配慮を守ってくれる、なんてこともないわけで。
酔っぱらった男たちが、魔法の明かりで周囲を照らしながら、おぼつかない足取りで樹上の橋を渡ってぼくたちの方にやって来るのを発見した。
口々に「こっちに若い女たちがいる」「みんな未婚らしい「肌がきれいでいい匂いがするらしい」「だったらおれたちが貰ってやらねぇとなあ」みたいなことを大声で言っている。
聞きたくなかったし、見たくなかったなあ、と思いつつ、ぼくはランク4のソルジャーを五体召喚し、彼らの前に立つ。
「何だぁ、おまえら」
「この先は許可なき者は立ち入り禁止だ。帰ってくれ」
ぼくの合図で、鎧姿の兵士たちが一斉に剣の柄に手をかけた。
これで怖がってくれるような相手だったらいいな、と思ったのだが……。
男たちはげらげら笑いだす。
「おれたちを相手に、それっぽっちの兵士で何をするつもりだってんだ」
「筋切り峠の三英雄を知らないのかぁ?」
何それ、知らない。
そのエピソードにはちょっと興味があるけど。
「どけ。おまえらみたいなのが守っているってことは、その奥に女がいるんだろう?」
「もう一度だけ言うよ。このまま橋を渡って向こうに戻ってくれ」
「うるせぇっ」
男がひとり、踏み込んできた。
頼りない明かりのもとでは、ぼくには視認できないような鋭い踏み込みだ。
太い拳が、ぼくに向かって繰り出されて……。
ぼくを守るように立ちはだかった透明な存在によって、その拳は肘のところで切り離された。
血しぶきが舞う。
男は悲鳴をあげて地面を転がった。
「いま、何をしやがった! そこに何が隠れてる! くそっ、こいつは囮か!」
「いや待て、こいつ、噂の化け物使いじゃないか? 魔王殺し! 百人の女を妻にした化け物使い! まさか実在したのか!?」
何それ知らない。
百歩譲って、化け物使い、という言葉の是非はともかく……百人の妻ってなんだよ。
複数の恋人がいるのは認めるけども……。
「逃げろ! 魔王殺しに敵うわけがねぇ!」
片手を切り落とされた男を放っておいて、残りふたりは慌てて背を向け、橋を渡って逃げていった。
激しく揺れる橋を、何度も落ちそうになりながら駆け抜けていく。
うーん、できればそこに転がっている男も含めて、全員で逃げて欲しかったんだけど……。
おれは切り落とされた拳を拾って、怯えてあとずさる男に渡してやる。
ついでにウォーター・エレメネタルを召喚して、軽い回復魔法をかけてやった。
止血程度にはなるだろう。
「悪いけど、腕をくっつける魔法はぼくじゃ使えないんだ。そっちで勝手にやってくれ」
そう言い残して、もうすっかり怯え切ってしまった男を残し、その場を立ち去る。
来た道を戻ることにした。
あーあ、これ、志木さんに報告しないと駄目だよなあ。
とはいえ、同じようなことがないようにしないと。
今回はぼくがいたからあの程度で済んだのである。
もし女の子たちが彼らと出会っていたら……。
確実に、あの男たちは全員、死んでいた。
たぶん女の子たちは手加減しないし、できるような余裕もなかったからだ。
ぼくの場合、あの程度が相手なら何とでもなるって考えていたからね……。
そんなことを考えながら集会所に戻り、志木さんに先ほどの出来事を語る。
「殺しちゃってもよかったのよ。世界樹の上層部も、愚か者が消えて喜ぶわ」
「そう言うと思った。でも恐怖を覚えて貰って、他の人にも警告してくれた方が都合がいいかな」
「それはそうかもしれないけど、でも性犯罪者なんて殺しちゃっていいの」
志木さんの後ろで、中等部の子たちもうなずいている。
このへんの彼女たちの反応を知って貰わないと、当分、この世界のひとたちとぼくたちの宥和は進まないだろうなあ……。




