アフターストーリー4 たとえどれだけ変わろうと
『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける』コミック版の2巻が発売されました。
1日目のオーク退治から、いよいよ2日目に移り、4人パーティが結成されます。
漫画ならではの展開も盛りだくさんですので、よろしければお手にとってみてください。
外伝4
異世界に召喚されて8日目の夜。
ぼくはリーンさんの依頼を受け、ひとりで狩りに出た。
ちょっと散歩、くらいの気軽な調子で、転送ネットワークの近くにある村を襲ったオークを退治することになったのである。
その村では幸いにして、避難指示が行き届き、人的な被害はなかった。
村を占拠していたオークは、ぼくがサモン・レギオンで召喚した騎乗した騎士百体によって、あっという間に始末された。
そして。
ぼくはレベルアップし。
白い部屋に……。
行かなかった。
※
気づくとぼくは、鉄筋コンクリートのアパートの一室にいた。
畳敷きの部屋で、部屋全体がぼんやりと橙色の明かりに包まれていた。
窓の外は真っ暗だったが、なぜか電車が通る音が時々聞こえてくる。
非現実的なところがとても夢っぽい。
でも夢じゃないな、と直感でわかった。
ここもまた、白い部屋の一種なのだと。
「ミア、だろ?」
天井を向いて、訊ねてみる。
すぐ目の前の空気が揺らいだ、空間が歪んだ、そんな感覚があった。
目線を降ろせば、目の前には。
いつの間に現れたのか。
小柄な少女が、学校指定のジャージを着て正座していた。
あのころと変わらぬ、ミアだった。
ぼーっとぼくをみあげている。
ぼくは腰をおろして、あぐらをかいた。
「ミア」
「ん」
「一昨日ぶり、か」
「そんな感じ」
「だいぶ人間らしさが戻ってきたな」
ミアはきょとんとした様子で小首をかしげた。
ぼくは黙って、そんなミアを見つめる。
「そっかな?」
「昨日も、今日も、ぼくたちのことを見守っていてくれたのか」
「ん、あんまり? いろいろ、やることがあった」
「やること?」
「アップデート、終わった。どう?」
どう、といわれても。
改めて六畳間くらいの部屋を見渡す。
壁にかかった日めくりカレンダーの日付は、本来なら向こう側の世界における今日であった。
部屋の隅にはテレビに、デスクトップのパソコンに、ゲーム機まであった。
ドアの向こうにはなにがあるのだろうか。
どっちにしても……。
「やり直し」
「えーっ」
「むしろ、どうしてこれでイケると思った?」
ミアは、おかしいなあ、と首をかしげている。
ヒトの感覚は忘れてしまっても知識は残っているはずだろ、いい加減にしろ。
※
ミアが、ぱん、と両手を合わせる。
周囲の景色は、いつもの白い部屋に戻った。
うん、こっちの方が落ち着くな。
「改めて、ミア。また会えてうれしい。実際のところ、きみの体感時間ではどれくらいの歳月が経過したんだ?」
「んー?」
正座したまま、こてん、と首を横に傾けるミア。
しばしののち、ぽん、と手を叩く。
「時間の感覚は、こっちで操作できるから。体感は、すぐともいえるし、長かったともいえる」
「じゃあ、きみの気持ち的には?」
「とても待ち遠しかった」
ぼくは、そうか、とうなずいてミアのそばに寄り、彼女のちいさな身体を抱きしめた。
ミアは抵抗せず、されるがままだった。
「ぼくも会いたかった」
「ん」
「ミア、きみもぼくを抱きしめてくれないか」
ミアの細い手がぼくの背中にからまる。
彼女が、少しちからをいれて……。
ぼくの身体が、みしり、と音を立てた。
「あいてててててててててててっ、ちょっ、折れる、折れる!」
「あれ、加減を間違えた」
慌てて身をよじり、距離をとる。
ミアがきょとんとして自分の両手をみている。
「生身のヒトって、どれくらいの力なんだっけ」
「改めて、きみがだいぶ変わってしまったことを思い出したよ」
「もういっかい、試していい?」
お手柔らかに、と苦笑いして、ぼくはおそるおそるミアに近づく。
ミアは、わかっているのかいないのか、あまり表情を変えずにぼくをみつめ……。
その細い両腕をぼくに伸ばした。
うにょーん、と何倍にも。
両腕が伸長し、ぼくの胴に巻きつく。
うわっ、気持ち悪っ!
「ミア、ヒトの手は伸びない」
「そうだった、そうだった」
「わかっててやってるだろ」
ミアは表情を変えずにぼくをじっと見つめてくる。
ぼくは負けずに、ミアを見つめ返した。
見つめ合うことしばし、先に音を上げたのはミアであった。
小柄な少女は、口の端をわずかにつりあげる。
「バレちゃあ仕方ねえ」
「タチが悪い冗談はよせ」
「タチが悪い冗談だから、楽しいんだよ?」
心底不思議そうにいわないで欲しい。
こっちは、相応にきみの心を心配しているのだ。
いや……そうか、これも言葉にしないと、わからないことか。
「きみのことが心配なんだ。ミア、ぼくはきみが大切なんだよ」
ぼくの言葉に、ミアは目をぱちぱちとしばたたかせた。
「ありがと、でもわたしは平気だよ?」
「そう、かな」
もういちど、改めてミアをじっと見つめる。
ミアは平然とした様子で見つめ返してくる。
「できれば、ぼくにはなんでも打ち明けて欲しいな。たとえきみが、とても遠い存在になったとしても。それでもきみは、ミアなんだから」
「ん。嬉しい」
ミアは押し黙った。
ぼくは黙って、ミアを見つめ続けた。
彼女の言葉には続きがあるように感じたからだ。
「もっと、ぎゅってして欲しい」
ぼくは無言で、もういちど、彼女をきつく抱きしめた。
ずっと、ずっと、長いこと。
度重なるレベルアップで強化されたこの身が疲れてしまうまで、ずっと。
※
深夜。
世界樹の樹上都市に戻ってきたぼくのもとに、アリスが駆け寄ってきた。
ずっと待っていてくれたみたいで、申し訳がない。
「カズさん、それは?」
ぼくが手にした木彫りの人形を目ざとくみつけ、アリスが訊ねてくる。
アリスに、その人形を手渡した。
少女は、樹上都市のあちこちに灯された魔法の白い明かりのもと、しげしげとそれを眺める。
「この人形……顔がミアちゃんに似てますね」
「白い部屋で、ミアベンダーに入ってた。無料で」
「無料、ですか?」
ぼくは人形を返してもらって、人形の背中のスイッチを押した。
少しだけMPが吸い取られる感覚がある。
「みあだよー」
人形の口が、ぱくぱくと動いた。
アリスが、可愛らしい悲鳴をあげる。
「え? え? え? これ、いま、ミアちゃんの声が……」
「ありすーっ」
「え、しゃ、しゃべって……?」
「おっぱーいっ」
「あ、あの?」
うん、よくわからないけど、しゃべるんだこれが。
ミアによると、これを自分だと思って可愛がって欲しい、とのことなんだけど。
「おっぱーいっ! もみたーいっ」
「あの……この子、なんなんですか。ミアちゃんがなかに入ってるんですか?」
「わからん。まあ、MPを与えなければしゃべらないから実害はないだろう」
数分で、人形の口の動きが止まった。
一回MPを与えた程度では、それが限界のようなのだ。
「ええと、その……。カヤちゃんの教育には、あんまりよくないと思います」
「それはそう」
カヤにこれを見せるかどうか、真剣に悩んでいたりするのだ。




