アフターストーリー5 9日目の朝のおにぎり
ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける、コミック版、3巻が発売です。
よろしければ、育芸館攻防戦のあたりの手に汗握る描写、ぜひとも漫画で確認してみてください。
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異世界に漂流してから九日目、早朝。
樹上都市のぼくたちの家に、ルシアが戻ってきた。
戻ってくるなり、ベッドの上にぱたんと倒れ込み、寝てしまった。
昨日は徹夜だったようだ。
いや、徹夜なだけならともかく、だいぶ精神的な疲労が著しかったようである。
各国の交渉の折衝役として、昨日一日、たったひとりで頑張ってくれていたらしい。
この世界で生まれ育った人類としては、おそらく最強の存在だからなあ。
この場合、エルフもヒトに含むとして。
加えて高貴な生まれであり、現地人であるからお互いの機微もわかる、とくれば……。
これはひょっとすると、ぼくたち以上に換えのきかない人物かもしれない。
魔王が倒されて、魔物たちによっていまにも絶滅の危機に瀕していた人類は救われた。
だけど、人が三人集まれば政治が発生する。
もとより、先日の一大反攻作戦ですら内輪もめに忙しかった人々であるからして……。
下手をすれば、間髪容れずに人類同士の戦いが起こりかねない。
リーンさんも、そのあたりを非常に懸念していた。
まだ大陸のあちこちに魔物がいるし、その駆除には長い歳月がかかるだろうに、気の早いことである。
志木さんによれば、先日はうちの女の子たちを拐かそうとした奴もいたという話で……。
もちろんそいつはその場で反撃され、顔面の形が変わるくらいぼこぼこにされたとか。
馬鹿なのかな?
ぼくたちの力を知らないのかな?
まあ、馬鹿で無知じゃないと、そんなことしないよなあ。
で、なぜかお偉いさんから志木さんのところに文句が来て、最終的にリーンさんまで出て来る羽目になったとか。
一事が万事こんな調子であるらしいが、人類首脳陣のリソースを無駄遣いしないで欲しい。
「治安が世紀末状態なのは、わかるのよ」
昨日の夕方。
志木さんは愚痴の最後に、そんなことをいっていた。
「明日、自分たちの命があるかどうかもわからなくて、自分たちが生き残るためには自分より弱い者から奪うしかなくて。そういう末期的な生活が長く続くうちに、そんな日々が当然になってしまったんだと思うわ。モラルも寛容さも、それができるだけの余裕があってこそ」
でも、と彼女は続ける。
「わたしたちだって、明日があるかどうかもわからない状態で戦ってきた。でもわたしたちには、道しるべがあった。あなたよ、カズくん。あなたのおかげで、わたしたちは修羅道に落ちずに済んだ」
「あとは忍者?」
「ええ、そうね。高等部の道しるべは、田上宮結城先輩だった。啓子さんの明るさも大きかったと思うわ」
忍者夫妻はなあ。
身体能力と工夫次第でレベル以上の力を発揮できる、と教えてくれたふたりだ。
ちなみに啓子さんの師匠は、レベルすらないのに、一瞬とはいえ四天王を凌駕してみせている。
あれは本当にびっくりした。
同時に、ヒトの可能性を教えてくれた。
ぼくたちが持っているレベルとスキルなんて、所詮は外付けの装備にすぎないのだと、つくづく理解させられた。
もっとも、その外付けの装備がなければ、ぼくたちは初日すら生き延びられなかったのだけれど。
この世界の人たちは、そういったものなしに生き延びなければならなかったのだ。
それこそ、地獄のような戦場をいくつもくぐり抜けて、身も心もすり減らして来たのである。
だからといって、それは先日までのこと。
そんな日々は、もはや終わりを告げた。
明けない夜はない。
明日をも知れぬ生活に戻る必要はないし、戻ってはならないのだ。
リーンさんは、魔王討伐からこっち、言葉を尽くして生き残った人類にそれを伝えているという。
ルシアも、きっとそんなリーンさんの意を酌んで、仲裁役を買って出たに違いない。
いや、リーンさんに押しつけられた、という可能性もちょっと……いやかなり……あるけど……。
でも、リーンさんの想いはよくわかっているルシアのことだ、断り切れなかったのだろう。
「とりあえず、ルシアはこのまま寝かせておいてあげよう」
起きてきたアリスとたまきにそう告げる。
ちなみに我が子であるところのカヤは、ペット(注:ペットではない)の黒豹クァールと共に、樹下につくった小屋に寝泊まりしていた。
いっしょに暮らさないか、とカヤに聞いてみたところ……。
「パパとママたちの、よるのじかんは、じゃましちゃだめです!」
といわれてしまった。
「いちおう聞くけど、誰にいわれたの?」
「ママ!」
知ってた。
クァールの黒いもふもふの毛がたいへんお気に入りで、毛皮に埋もれているとぐっすり眠れる、とのこと。
クァール自身はたいへん迷惑そうにしていたが、こいつもなんだかんだ本気でカヤのことを嫌がったりはしないから、まあいいか……。
「起こしちゃ悪いから、朝食は別のところで取ろう」
「それなら、志木さんのところに行こうよ! たぶん、みんなの分の朝ご飯を用意してくれているよ!」
実際に用意しているのは料理担当の子たちだろうけど、たしかにそれが一番いいか。
ぼくたち三人は、そっと家を出た。
※
異世界漂流者たちは、高等部組と育芸館組に分かれて、現在、樹上都市の一部を間借りしている。
ぼくたちと忍者夫妻のように個別に家を貰っているのは例外で、広い家をいくつか借りて、雑魚寝している者が大半だ。
いまのところ、あまり不満は出ていない。
単純に、不満を出すほどの余裕がない、という理由が大きい。
なにせ魔物はまだたくさんいるし、戦える者たちが戦うしかないのだから。
治療魔法の使い手なら、なおさら引っ張りだこである。
MPが切れるまで患者を治療しても、まだ足りないほど怪我人が溢れているのだ。
魔王軍との戦いで何日も前に負った傷が、まだ癒やされずに後まわしにされていた、という者たちが列となっているという。
アリスもそういう人々の治療に行きたがっていたが、志木さんにこう諭され、諦めている。
「あなたのMPは、わたしたちの切り札なのよ」
と……。
志木さんの理屈は正しい。
それに、アリスだって昨日も別の場所に投入され、別に遊んでいたわけではないのだ。
皆、朝から晩まで身を粉にして働いている。
もちろん無償ではなく、それぞれの仕事に対して設定された報酬が、金貨や宝石、あるいは食料といったもので支払われている。
志木さんをはじめとした首脳陣は、依頼の窓口になったり、報酬体系の適切化のための折衝をしたり、記録を取ったりと、こちらもひどく忙しい様子である。
そういうわけなので、朝のこの時間、育芸館組のほぼ全員が、志木さんの執務室兼会議室である貸し家に集まり、朝食を取っているはずだった。
果たして、大樹と大樹の間に渡された橋を渡り、会議室にたどり着いてみれば……。
そこは、がらんとしていた。
志木さんの他に書記役の子がふたり、のんびりとおにぎりを頬張っている。
傍らには、発電機に繋がれた大きな炊飯器とホットプレートが、汚れたまま放置されていた。
志木さんが、「あら」と顔をあげる。
「おはよう、カズくん、アリスちゃん、たまきちゃん」
「もうみんな、食べ終わっちゃった後でしたか」
「ええ、この世界の人たち、日の出と共に動くから」
な、なるほど。
電気がない世界の人々なら、そうもなるか。
この樹上都市でも、明かりの魔法が使える人は少ない。
いまは午前七時といったところ。
この世界の人々にとっては、だいぶお寝坊さんだったようだ。
たまきのお腹が、ぐうと鳴った。
「あ、おにぎり、すぐつくりますね」
少女のひとりが、自分の分を口の中に放り込むと、ぱたぱたと走って部屋の隅へ。
ラップが張られたボウルを持ってくる。
中には、余った白米が入っていた。
「わあっ、炊きたてのご飯でおにぎり! 最高だね!」
「召喚魔法で出す料理には、なぜかご飯がないからなあ」
召喚魔法ランク7、サモン・フィーストで出て来る料理はいくつかのレパートリーから選べるのだが、和食はまったく存在しない。
いちおう、パエリアのような米を使った料理はあるが、使われているのは日本米のように丸い米ではなく、東南アジア産のような細長い米だ。
たぶん、この世界で一般的な料理から選ばれているのだろう。
その割には香辛料が豊富で、どれもめちゃくちゃおいしいのだけれど。
ケーキやらクッキーやらのお菓子も選べたりする。
あれの選定、どうなってるんだろうなあ。
ミアがやったんだろうか。
未だに、スキルシステムには謎が多い。
「味わって食べなさい。いつまで日本米が食べられるか、わからないんだから」
「米、この世界には無いのかな」
「似たようなものは、あるみたい。でもわたしたちの世界の日本米って、品種改良を重ねたとびきりのエリートだものね。同じ味を再現するのは難しいと思うわ」
まあ、そうだよなあ。
向こうの世界から種籾でも持って来ていれば、また違ったのかもしれないけど。
いや、米をつくるのってめちゃくちゃ職人の技術が必要なんだっけ?
「えーっ、お米、食べられなくなっちゃうの?」
「たまきちゃん、こればっかりは仕方がないよ……」
しょんぼりするたまきをアリスが慰めている。
実際のところ、食は皆の士気と健康にも影響するし、できれば米以外の和食も、と思うのだが……。
志木さんによれば、そのあたりはすでにリーンさんに相談した後で、彼女も難しいだろう、と返事をしていたとのこと。
そうなると、残る手段は限られてくる。
たとえば、そう、手段のひとつは……。
「ミアベンダーに、お米召喚の魔法を入れて貰おうかしら」
冗談めかして、志木が言う。
「名案ですね!」
「さすが志木先輩です!」
書記のふたりが、一斉に目を輝かせた。
その手があったか、とばかりに。
喜色満面である。
あっ、この子たちもお米の魔力に取り憑かれていたのか……。
いやまあ、気持ちはわからないでもないんだけど。
「カズくん、サモン・フィーストはランク7よね? お米を出す魔法なら、きっとそれよりは下だと思うの」
「それは、そうかもね……。でも汎用魔法扱いだと、ランク判定が厳しいっぽいよ」
「何にせよ、聞いてみないと始まらないわ。お昼にでも情報を共有して、白い部屋に行きそうな子に頼んでみるわ」
てきぱきと、段取りを進めていく。
ああ、本気で白米のためにそこまでするんだ。
ぼくたちはこれからもずっとこの世界で生きていくんだから、日々の生活を豊かにするというのは重要ではあるんだけども。
「あと、実は生卵も欲しいわ!」
「そうですよね、先輩!」
「醤油と味噌もですよ、先輩!」
志木さんと書記の子たちが盛り上がっている。
いったい、いくつの魔法を陳情するつもりだ?
というかそれ習得させられるの、ぼくじゃないよな?
「もちろん、召喚魔法を上げている子は他にもいるもの。安心して、カズくん。あなたは、ただ強くなることだけに専念すればいいわ」
「そうさせてもらうつもり、だけど」
「……どうしたの。また、何か思い詰めるようなことがあった?」
志木さんは、さすがに聡いな。
ぼくは、昨夜、ミアと会ったことを簡潔に話した。
ミアベンダーに入っていた人形を手渡す。
「そう……。これを、ミアちゃんだと思って……」
志木さんが人形に魔力を流す。
人形の手足がぱたぱた動いて「おっぱーい」と叫んだ。
「彼女のセンスは、よく分からないわ……」
「大丈夫、ぼくもよくわからない」
「忍者先輩の妹なだけありますよね」
書記の子よ、それを本人に言うと、ひどくスネるんだぞ。
あのひとがスネると、けっこう面倒くさいんだからな。
かくしてぼくたちは朝食にありつき……。
各々、割り当てられた仕事にでかけていく。
異世界での新しい一日が始まる。
この話を書くために魔法のデータをひっくり返していたところ、サモン・フィーストがランク6という資料とランク7という資料が出てきてひどく混乱していました。
いやたしかランク7で合っていたはず……漫画用の資料として先方に提出した資料でもレベル7だし……。




