アフターストーリー3 アリスの膝枕
ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける、コミック版、本日発売です。
よろしければお手にとってみてください。
詳細は活動報告に。
異世界に召喚されて8日目の夕方。
ぼくは絨毯に座ったアリスに膝枕され、よしよしと頭を撫でられていた。
ばぶう。
樹上の村の、木製の小屋のひとつ。
ぼくとアリス以外には誰もいない。
窓から差し込む夕日が床の木目を橙色に照らし出している。
「カズさんはよくやっています。もっとゆっくり休みましょう。ずっと頑張っていたんです。いくらだって休んでいいはずです」
アリスはぼくの頭を撫でながら、耳もとで甘やかしてくれる。
いや、うーん、ぼくとしてはそこまで疲れているつもりはないんだけど……。
昨日一日、休んだおかげでだいぶ回復したつもりなんだけど……。
今日だって、午前中にちょっと働いただけ。
まだまだいけるつもりだ。
でも同行したたまきがちょっとした事故で酒気に当てられてしまい、そのまま寝込んでしまった。
アリスたちはそのときいなかったし、志木さんには迂闊だったと注意を受けた。
そんなこともあって、志木さんの小屋を出たとき、ぼくがちょっと肩を落としていたのは事実だ。
そこをアリスに発見されて、小屋に連れ込まれ、こうして膝枕をされているというわけである。
「カズさんが身をすり減らす必要なんて、もうないんです」
「そうなんだけどね。ぼくならもっと上手くできることもある、って」
「一昨日までとは違うんです。完璧にやらないといけないことなんて、もうそんなにないんです」
そうかもしれない。
魔王を倒して、この世界は救われた。
魔物たちの一部は未だに暴れているけれど、統制をとって襲ってくるわけではない以上、その大半は、ぼくたち以外でもなんとかなる。
これまでのように、ぼくたちがあちこち駆けまわって対処する必要はない。
育芸館組も高等部組も、だいぶレベルが上がっているしね。
そのへんは、志木さんにも言われたことだ。
「でも、さ。みんなが頑張っているわけだし。アリスだって午前中、飛びまわっていただろ」
「わたしの回復魔法を頼られたんです。怪我をして治療待ちの人がたくさんいるから、って。わたしなら治せるから、だったらやらないと」
ぼくも人のことはいえないけど。
アリスだって充分、ワーカーホリックだと思うなあ。
これまでの数日があまりにも濃密だったせいで、未だに時間に追われる癖が抜けない。
そういう意味じゃ、酔っぱらって寝てしまったたまきは、いい塩梅に休養になっているのかもしれない。
彼女だって、起きていれば元気いっぱいに仕事をしたいといっていたはずである。
「それに、カズさんが休まないと、きっとみんな休まないですよ」
「それは、そうかもね」
トップが休む姿を見せるのは重要、らしい。
そうなんだよね、でもぼくたちの集団におけるトップってぼくで、ぼくは召喚魔法のおかげでやれることがとても多いわけで……
アリスもたまきも、ひとりで数十体の魔物を相手にできる、最強の戦士だ。
でもぼくは、召喚魔法を駆使すれば何百体、場合によっては千体以上もの魔物の侵攻をひとりで阻止できる、ワンマンアーミーなのである。
そりゃ、人によってはぼくを便利に使いまわしたいだろう。
リーンさんも志木さんも、そんな便利な駒だからこそ普段は出ていかないで欲しい、という考えみたいだけど。
切り札として運用したいということだ。
逆に、カヤやルシアは、今日も元気にあちこち飛びまわっている。
ルシアは自分の国の人たちとの繋がりもあるし、もともとこっちの世界の人だから、交渉の機微もわかる。
カヤは愛犬(偽)とコンビで文字通り空を飛んで、好き勝手やっているみたいだ。
「だからカズさんは、もっとゆっくりするべきなんです」
「みんなが働いていると思うと、どうしてもさ」
「みんなを顎で使うくらいでちょうどいい、って志木さんがいってました」
志木さん自身はそんなことできないくせにさあ。
彼女に心配してもらっているのは、わかるんだけどね。
「今日はこのあと、だらだらしましょう。退屈に過ごしましょう」
「わざわざ退屈するの? 難しいな」
「ぽけーっとするのもいいことだ、って聞きました」
ぽけーっ、とねえ……。
ぼけー。
うーん、ぽかんと口を開けているのもなんか違う気がするな。
「気分転換と慰安ということなら、本当は旅行とかいいんだろうけど」
「この世界で慰安旅行は、難しいでしょうね……」
まだ、どこに魔物がいるかもわからないしね。
そもそも人が相手ですら、安全かどうかもわからない。
この森の周辺とか、ごく一部以外は治安もひどく悪いらしい。
この世界の人たちが命懸けじゃない旅行ができる日が来るとしても、だいぶ先だろう。
それくらい、この世界の人々は追い詰められていた。
崖っぷちで、最後の奇跡を起こすために死に物狂いで戦っていたんだ。
「この街の近くに温泉でもあれば、のんびりできるかもしれないけど」
「湖はあるそうです。でもここの人たちにとって大切なところらしいので……」
「そりゃ、そうだよね。水源だもの」
召喚魔法のサモン・フォートレスでコテージを召喚して、お風呂を楽しむくらいがせいぜいか。
あれは便利なので、昨日のうちに街のすぐそばに複数軒建てておいた。
育芸館組も高等部組も自由に使っている。
樹上の街では水まわりが不便らしい。
ぼくたちは、水魔法や召喚魔法を使える人がそばにいればなんとかなるけど。
現地の人たちは、近くの川から引いた水を滑車で汲み上げて使っているという。
それも、滞在人口が増えてしまっていろいろたいへんなことになっているとか。
取水制限をかけても限界があるので、現地人の魔法を使ったり用水路を広げたりと、あれこれしているみたいだ。
「そういえば、ぼくの召喚魔法で工事とかもできるよね。そういうのも提案した方がいいのかな」
「あ、それは……いらないそうです。難民の人たちに出す仕事が減るのは困る、ってリーンさんが」
「そういう事情かー」
ただでさえ、住処を奪われ逃げてきた人々をどうするかは喫緊の課題だ。
順次、解放された土地に戻ってもらうにしても、彼らの大半は難民となった際、故郷からほとんどなにも持ちだせなかったらしい。
持ち出せたものがあったとしても、旅の間やこの地についてから、食べ物や消耗品と交換してしまっただろう。
そんな彼らの再開拓には支援が必要で、でもタダで支援するのも負担が大きすぎる。
目下必要なのは、そんな彼らに与える当面の仕事、というわけであった。
用水路などの生活に必要なあれこれは、ちょうどいい仕事のひとつと目されているわけである。
「今後、難民の方々がもとの場所に戻っても、結局この街に来る人はそんなに減らないんじゃないか、って話なんです。だから上下水道は、きちんと計画を立てておきたいって」
「ここを世界の中心にでもするつもりなのかな?」
「どちらかというと、国連の本部みたいなものでしょうか……。ここからあちこちに転移できるわけですし」
ぼくたちが使ってもらった転移魔法はリーンさんの力だけど、それ以外にもこの世界には、限定的ながら双方向の恒常的転移魔法が存在するという。
それらを使って、この街を中心とした転移ネットワークを構築するらしい。
「つまりこの街が、新宿駅になるわけか」
「カズさん……」
アリスが、なぜか残念そうなものを見る目でぼくをみつめてくる。
あれえ、適切な例えだと思ったんだけどなあ。
「でもそうなると、樹上の街っていうのは制約が大きいんじゃない?」
「転移魔法には、高いところの方が都合がいいそうですから」
「そういう制約、あったんだ。じゃあ仕方がないのかな」
コンクリートで塔みたいなビルを建てる方法もあるかもしれないけど、この世界の人々にとっては、この樹上都市の方が堅牢なのかもしれない。
リーンさんとかだと、樹木の成長とかもある程度、コントロールできるみたいだし。
「カズさん、さっきから、なにか仕事がないか探そうとしてませんか」
「それは……そうなのかな。無意識だった」
「休みましょう」
断固たる口調で、アリスは告げる。
たしかに、これはワーカーホリックかもしれないなあ。
そういうわけで、そのあと。
ぼくはアリスの膝で目をつぶった。
あっという間に意識が落ちる。
夢も見ずに眠った。




