第201話 水没林のモンスター
それからも、何度か先頭を行くアルファ号への襲撃があった。
半分は、啓子さんがリフレクションで彼方に吹き飛ばした。
残る場合も、たいていはベータ号のファイアボール連打で終わった。
「もう全部、啓子さんでいいんじゃないかな」
そんなことをぼくが呟いてしまうほどで……。
「深刻なカズくんのミアちゃん化ね」
「心外だ。じつに心外だ」
「いいじゃない、心に余裕ができたということでしょう」
余裕……まあ、グレーター・ニンジャがこっちにいるおかげで、だいぶ安心感はあるなあ。
なんといっても、危機察知の能力がすごい。
カンもいいし、戦闘に際しては頭もキレる。
問題は……彼女、ホントに戦闘以外でへっぽこなとこくらいで……。
誰かついてないと、まともにお使いもできないほどなのだ。
逆にいえば、誰かのボディガードをしているときの彼女は、これほど頼もしい者はない、という感じである。
加えて結城先輩がいる。
後ろにはミアや桜子たちも控えている。
万全の態勢といっていいこの状況、気が緩むとしても仕方がないではないか……。
でも実際のところ、それは運がよかっただけにすぎないとのちに知る。
数分後に、それは起きた。
船底にガツンとおおきなものがぶつかる音とともに、ぼくたちの身が投げ出される。
くるくると宙を舞い……。
「カズさんっ」
アリスが伸ばしてくれた手を掴む。
ぼくたちはなんとか空中で制動して、そのまま後ろのベータ号に拾ってもらった。
見れば、巨大なヌルヌルの触手が、アルファ号を覆い尽くして水のなかに沈んでいく。
ベータ号に乗ったぼくたちは、慌ててその場を離れた。
戦えば勝てるかもしれないけど、敵はこの不気味に濁った水中だ、誰だってこのなかに入りたくはない。
「油断すると、これね」
「いやはや、まったくだ。こっちの気が緩んだところを見透かされた感じだよ」
「で、ござるな。拙者たちも気合を入れ直すでござるよ」
ベータ号で、そんなことを話す。
「兄が殊勝で気持ちが悪い」
ミアは軽口を叩き、啓子さんに「もー、そんな憎まれ口叩いちゃだめよー」とたしなめられていた。
「はい、ごめんなさい」
「おまえ……啓子さんには素直なんだな」
「相手を見て卑屈に態度を変えるのが社会の処世術」
こんちくしょう、最年少でなにいってやがる。
「新しい船を召喚するよ」
ぼくたちは、安全距離まで逃げたあと、ガンマ号を召喚した。
アルファ号の乗員がそのままガンマ号に乗り移り、移動を再開する。
そうして、空飛ぶ船の旅は合計で三十分ほど続き……。
ぼくたちは、陸地に辿りつく。
旅の終着点だ。
※
霧を割って、乾いた土地が見えた。
木製の桟橋がある。
綺麗に掃除された、ピカピカの桟橋だ。
って……え、こんなところにある桟橋が、ピカピカに磨かれているの?
おかしくないか……?
とぼくが不審に思う間にも、アリスが操縦する空飛ぶ船は桟橋に近づく。
「待つでござる、あれは嫌な予感が……っ」
結城先輩が叫ぶ。
でも、その警告は少しだけ遅かった。
桟橋から黒い棒状のものが、無数に伸びる。
次の瞬間。
高さ五メートルで飛ぶ船を、強い衝撃が襲った。
アリスと志木さんの悲鳴。
「アリス、脱出だ!」
ぼくはそう叫んで、志木さんに突進する。
呆然としている彼女に抱きつき、そのまま空中を駆けて船から離脱。
ちらりと見れば、結城先輩と啓子さんも同じく船から脱出したようだ。
その直後、船体が中央から真っ二つに割れる。
船の甲板から、黒い細長いものが無数、出現した。
ぼくたちに襲いかかってくる。
舵から手を放すのを躊躇したためわずかに逃げ遅れたアリスが、それに身を貫かれる。
少女の悲鳴。
「アリスっ」
桟橋に背を向けていたアリスは、親指くらいの太さの黒い棒に左脇腹と右肩をえぐられ、串刺しとなる。
手足がちからなく垂れ下がっていた。
愛用の槍は、いま手放していて、甲板に転がったままだ。
彼女を助けにいく余裕もないまま、ぼくたちは追ってくる黒い棒から必死で逃げる。
なんだこれ、触手みたいなものか?
くそっ、フライじゃなくてウィンド・ウォークだから、空を走るといってもスピードが出ない。
このままじゃ、追いつかれる。
ぼくを追ってくる黒い棒は、三本。
だったら……っ。
「アクセル」
ぼくは自分の意識を加速させ、その場に立ち止まる。
志木さんから手を離し、背後に振り向く。
迫る黒い棒を睨みつける。
それは、よく見れば先端が尖り、電動ドリルのように高速回転していた。
たぶんこれ……金属だ。
「フォース・フィールド」
ぼくは左手に円錐形の力場の盾を形成する。
付与魔法のランク7、サッカーボールをひとまわりおおきくしたくらいのおおきさのそれは、持続時間がランクにつき一分。
ただ、自分で盾を持ったところでいままでの戦いじゃなにもできなかった。
いまは違う。
アクセルのおかげで引き伸ばされた時間のなか、ぼくには危機に抗うちからがある。
そして黒いドリル三本の接近には、わずかのタイムラグがあった。
ぼくは一本目のドリルを力場の盾で弾く。
棒は強い衝撃を受けて、折れ曲がる。
そのまま左手を動かして二本目も。
残る一本は、左手じゃ弾けないぼくの右半身を襲うが……。
「リフレクション」
右手に生み出した虹色のバリアが、これを反射させる。
三本目のドリルが、かん高い音を立てて撥ね返る。
強い衝撃で、棒がポキンと折れてしまう。
アクセルが切れ、時間の流れがもとに戻る。
よし、いまだ。
ぼくは空中で目を白黒させている志木さんにふたたび抱きつき、駆け出す。
あ、おっぱいやわらか……。
いや、そんなことしてる場合じゃない。
ちらりとベータ号の方を見れば、船はそのままガンマ号の残骸に向かって突進していた。
よし、やる気まんまんだ。
思った通り、彼女たちはアリスを助けるつもりなのである。
なんといっても……彼女たちの方が、この敵には相性がいい。
「ホワイト・カノン」
アリスの胴体を抉っていた棒の甲板から生えた付け根あたりに、白いビームが命中する。
ミアの必殺風魔法だ。
黒いドリルが真っ二つになる。
アリスはそれを受けて、己の身をおおきく振る。
獣のような叫び声。
右肩のドリルを強引に引きはがす……というか右腕の肉ごと引きちぎってみせる。
「アリス、だいじょうぶっ?」
ちからなく倒れる彼女のもとに、たまきが駆け寄る。
たまきは剣を右手に握ったまま、左腕だけでアリスを抱えた。
そんな彼女たちを、桟橋から伸びた黒いドリルが襲うも……。
「フレイム・カッター」
百合子と潮音の炎魔法が、ドリルに衝突しこれを潰す。
「インフェルノ」
さらにルシアの爆炎が、残るドリルを焼き尽くす。
大爆発が起こる。
アリスを抱えたたまきが、宙をくるくる舞う。
「いまのうち、砲撃を続けて!」
敵の正体はよくわからないが、アリスがやられた程度には油断できない相手だ。
ここは瞬間的に全力を出す。
「ミア、風で視界をクリアに。ルシア、タイミングを合わせて三倍のプロミネンス・スネーク。目標、桟橋」
「ん、了解」
「わかりました、カズ」
ぼくは後方に下がりながら、続けざまに指示を出す。
いまは爆風で視界が遮られているからか、敵の追撃がないけど……。
めまぐるしく頭を働かせる。
と、「ちょっと」とぼくのお腹のあたりで声がした。
志木さんの声だ。
……あ、まだ彼女を抱えていたんだった。
視線を下げれば、ぼくが両腕でぎゅっと抱いている志木さんは、顔色を青くしていた。
ごめん、まだきみ、男性が怖いのね。
いや、それ以前に、ええと、その。
「きみのこと、すっかり忘れてた」
「でしょうね。もっと熱烈にハグしてくれるのかしら」
震える唇で、でも精一杯の皮肉な笑顔をつくる志木さん。
突っ張ってるなあ。
と、ミアがテンペストで強引に煙を吹き飛ばす。
同時に、ルシアが魔力解放で三倍のプロミネンス・スネークを使用する。
巨大な炎の蛇が、ドリルの触手を漂わせる桟橋に吸いこまれ……。
巨大な爆発が起こる。
ふう……なんとか倒せたか。
ぼくは、次の瞬間、白い部屋へ。
レベルアップしたのは、たぶんルシアだ。
あと少しでレベルアップのはずが、この短い旅の間、ずっと第二パーティにトドメを渡してたからなあ。
向こうに経験値を与えるのも重要だから、これはこれでいいんだけど……。
と、なぜかみんな、ぼくに注目している。
大怪我しているアリスまで、自分にヒールをかけながらぼくをじーっと見ている。
あれ?
「カズくん、あの、熱烈なラブコールは嬉しいんだけど」
ぼくの胸もとで、志木さんがいった。
あ……まだ抱いたままだったか。




