第200話 空飛ぶ船
アルファ号、ベータ号と名づけられた二隻のフライング・シップは、瘴気を吐き出す幽雷湿地に飛び出した。
濁った水面の五メートルほど上を、すべるように飛ぶ。
先頭のアルファ号はアリスが操縦士で、ほかの乗員はぼく、結城先輩、啓子さん、志木さん。
後ろのベータ号はミアが操縦士で、ルシア、たまき、桜、百合子、潮音が搭乗する。
なんでこの組み合わせかというと、ミアが結城先輩と一緒の船を拒絶したからだ。
いわく、「お互いにボケすぎて話が進まなそう」とのことで、たいへん納得できてしまう。
ぼくと結城先輩、志木さんは、指揮官同士の話し合いをする都合上、同じ船の方が都合がいい。
「やはり、飛空挺はファンタジーのロマンでござるな」
とか船首に立って格好つけている結城先輩。
うん、たしかにこのひととミアが一緒にはしゃぎ出したら、会議もなにもない気がする。
「本当は、もっと奥地まで使い魔を進ませたいところだったのですが。この先はモンスターも多く、侵入を断念いたしました」
鷹を経由してリーンさんが語る。
「もっとも、このフライング・シップの方が速度を出せますから、結果的にこちらの方がよかったかもしれません」
「どれくらいでつきそうです?」
「おそらく、みなさまの時間単位で三十分とかからないかと」
ま、そんなもんならこの船でかっ飛ばした方がいいだろうなあ。
問題は、モンスターの襲撃なんだけど……。
「来るでござるよ。アリス殿、面舵いっぱい」
いちばん前に立つ結城先輩が、なにげない口調で告げる。
やっぱり、ニンジャは頼りになるなあ。
と……。
「え、ええと、おもかじって……なんですか?」
あ、しまった。
船が直進する。
前方の水面が割れ、ひとひとり、楽勝で丸呑みできそうなほど巨大な蛇が鎌首をもたげた。
蛇がおおきく口を開ける。
巨大な水球を吐き出す。
ぼくたちを乗せた船は、まっすぐ水球に突っ込んでいき……。
「リフレクション」
船頭から顔を出した啓子さんが、魔法の盾を生み出す。
水球がはじき返され、蛇の頭部にぶちあたる。
ジュッ、と蛇の頭部が焼けた。
あ、酸か。
アシッド・ボールとか、この状態で食らったらヤバかったなあ。
で、この蛇は自分の放った酸で傷つくのか……。
高速で飛行する船は、蛇に突っ込んでいく。
アリスは慌てて左に舵を切り、回避。
後ろを飛んでいたベータ号から、三発の火球が飛んだ。
大蛇は炎に包まれ……その頭が吹き飛ぶ。
長い全身が、ちからなく濁った水面に、没していく。
ぼくたちはおおきく息を吐き出す。
「とりあえず、アリスちゃん。面舵と取り舵から覚えましょうか」
「は、はいっ、ごめんなさい!」
「仕方ないわよ。いまのはどっちが悪いともいえないわ」
志木さんが肩を落とす。
※
ちなみに今回の経験値は第二チームの方に入ったとのことで、百合子と潮音がレベルアップしていたそうだ。
白い部屋では女子会が開催され、結城先輩がたいへんに居心地の悪い思いをしたとのことである。
さすがの忍者も、啓子さんの前でほかの子にデレデレするわけにはいかないだろうしなあ。
「ちなみに、いまのモンスターはアシッド・サーペントと名づけたでござるよ」
「名づけたって……いちおうこの世界のモンスターなんでしょう?」
「水域に生息するモンスターの情報は、ほとんど得られていないようでござる」
川はともかく、海や湖に潜むモンスターはさっぱりわからないとのこと。
ただでさえ人類不利だから、ってことかな。
陸上ですら苦戦するのに、水中を得意とする相手なんて立ち向かうどころか調査することすらできないってことか。
「会敵は一瞬だったから、アシッド・ボール以外の攻撃がわからなかったけど……ほかにも遠距離攻撃してくるモンスターがいるのかなあ。だったら、ずっと気を張ってないとヤバいね」
「見張りは拙者と啓子に任せるでござるよ」
ま、忍者夫妻に任せるしかないか。
最初は十一人で行動とかちょっと多すぎるかなと思ったけど、彼らがいてくれて本当によかった。
ぼくたちだけだと、索敵面が弱いからなあ。
「さて、それじゃいまのうちに会議といきたいけど……」
志木さんが仕切り出した。
「結城先輩、啓子さん。高等部側でいま出ている問題、教えてくれないかしら」
うん、そのへんは知っておきたいところだ。
※
結城先輩が語ったところによると、昨晩の戦いで合計四名の死者が出て、高等部ではメンタルが不安定になる者が何人も出てきたようだ。
これまでオークによって殺されまくっていたけれど、自分たちから戦いに赴いて死ぬというのは、やっぱり別種のショックなのだろう。
全体的に、多少の厭戦気分が蔓延しているとのことである。
それとは別に、現状に不満を抱く者たちもいるらしい。
たとえば、中等部ではひとりの死者も出なかったこと。
それは高等部だけ危険な場所で戦わされていたからだ、と主張する者たちがいたりして……。
「それはまあ、事実だものね」
志木さんは腕組みしてため息をつく。
「結城先輩とわたしの打ち合わせがあったとはいえ、わたしたちがキツい部分を避けさせてもらったというのは、純然たる事実。そこに関して、いい逃れするつもりはないわ」
「年上のお兄さんお姉さんが中等部の子たちを守るのなんて、当然のことよねー」
啓子さんが笑う。
あ、でも目が全然笑ってない。
このひと、ひそかに怒っておられる。
「ユウくん、そんな意見を野放しにしちゃダメよー」
「わ、わかっているでござるよ、啓子! 拙者も、個人としてはまったく同意見でござる」
個人としては、か。
組織の長としてはまた別の言葉を口にする可能性もある、と。
うん、いいたいことはだいたいわかったかもしれない。
「リーンさん」
ぼくは少し考えたあと、啓子さんの頭の上に止まる鷹を見た。
「いま、そっちでは水面に映像を映すとかして鷹の目でこっちの様子を見ているんですよね」
「はい、カズ。その通りです」
「高等部の何人かにも、その光景を見てもらうってどうでしょう。こっちの面倒な事情に巻き込んでしまって、申し訳ないですけど」
結城先輩が、ぼくを見て「よろしいのでござるか」といった。
「ぼくたち中等部の主力が毎回どれだけヤバい橋を渡っているか、高等部のほとんどのひとは知らないから、そういう話になるんじゃないですか」
「そうでござるな。カズ殿たちは、いつも最前線で、もっとも危険な敵と戦い続けているでござる」
「結城先輩や啓子さんもたいがいですけどね」
リーンさんからは「了解いたしました」という返答がきた。
高等部の者が集まるあたりに、すぐひとを派遣するという。
「では、サブリーダーの成宮朱里殿に人選を任せるでござるよ。いちおう、今回のミッション、秘密厳守でござろうからな」
それもそうだ。
目的地であるテパトの寺院から、どんなものが発見されるかわからない。
前に会ったしっかり者っぽい朱里さんなら、きっとうまくやるだろう。
「ところで、来るわよー」
啓子さんが前方、遠くに目を凝らす。
灰色の薄霧のせいでよく見えないけど……。
グレート・ニンジャの視線からすると、上空になにかいる?
「気配がするわー。狙われているから、気をつけてー」
ふうむ……まあいまさら、彼女の言葉を疑うわけじゃない。
彼女は偵察スキル、持ってるしね。
いま何レベルなんだろう……。
ちらりと横の志木さんを見れば、彼女はしばし耳を澄ませたあと、ちいさくうなずいた。
「はばたきの音、風に乗って聞こえてくる。あと、嫌な感じ」
「で、ござるな」
ああ、結城先輩もか。
偵察スキル持ちの三人が、三人ともそういうなら……そうなんだろう。
「一体だけねー。すれ違いざま、来るわよー」
啓子さんが船頭に立って、身構える。
いまぼくたちの乗る空飛ぶ船は、時速六十キロで水面上五メートルを飛行中だ。
前方から迫る敵がぼくたちを攻撃しようとするなら、それは必然的に、すれ違いざまの一撃離脱戦法となる。
気づけばさっきよりずいぶん霧が濃くなっているせいで、視界も悪い。
敵の姿が見えたその瞬間には、勝負がついているかもしれない。
こうなると……いまのぼくにできることはない、かな。
「アリス、操縦を替わろう。きみは前衛のカバーを」
「は、はいっ」
身構える皆を見渡して、ぼくはアリスから船の舵を握る。
ちなみに、自動車についているようなハンドルだ。
ただしぼくたちが知る車のそれよりひとまわりおおきく、木製である。
アリスが槍を手に、船頭に駆けていく。
すでにそこには、ニンジャ夫妻が待ち構えている。
さて……ぼくはなにか指示があったら、すぐに船を動かさないと。
そして……それは、きた。
霧を割いて、なにか巨大なものが落下してくる。
って、これちょっとでかすぎるだろ!
胴体で押しつぶすそうとでもいうように、船全体を覆うほどおおきなそれが斜め上から落下してくる。
巨大な鳥だ。
ああ、こいつって……一日目の夕方にアリスと共に見た、アレだ。
学校の山から見渡せる草原で、象を掴んで宙に舞い上がっていた、巨鳥。
のちに結城先輩から聞いたその名は、ロック鳥。
それが、いましもぼくたちを押しつぶそうと、霧の上空から落下してきていた。
でも……。
「リフレクション」
啓子さんの出した魔法の盾が、巨鳥を撥ね返す。
ロック鳥は、襲ってきた勢いそのままで、後ろに飛んでいった。
スピンして、霧のなかに消えていき……あ、ぼちゃんって音がした。




