第175話 共同作戦
鷹は、リーンさんの声でいった。
「さきほどおっしゃった作戦通り、兵に指示すればよろしいのですね」
「お願います」
ぼくがうなずいたのを確認して、「では」と鷹が口を開いた。
なにか叫んだようだけれど……あれ、なにも聞こえない。
あ、でもルシアの耳がぴくりと動いた。
「カズ、あなたの耳では聞こえない音です」
「高周波か。犬笛みたいなものだね」
「見てください。兵の動きが変化しました」
ルシアの言葉の通り、親衛隊員の一部がハウリング・ウルフを引きつけ、群れから引き離すような動きを始めた。
そうして釣られたハウリング・ウルフは、仲間を巻き込まないと判断した瞬間、衝撃波の準備に入る。
一瞬、その身が硬直する。
「フレイム・カッター」
「ホワイト・カノン」
ルシアとミアの魔法攻撃が、そうして動きの止まった敵に飛ぶ。
炎の刃が狼型モンスターの胴体を真っ二つにし、白い光線がその身を刺し貫く。
どちらも一撃で倒してのけた。
その間に、アリスとたまき、シャ・ラウも目の前のハウリング・ウルフを撃破した。
ここでまた、白い部屋へ。
今度はルシアのレベルアップだ。
特に白い部屋でやることはない。
軽く打ち合わせして、もとに戻る。
ルシア:レベル34 火魔法9/水魔法6 スキルポイント2
さて兵士たちのなかには、複数の敵に囲まれ、なぶり殺しにされる者もいた。
敵の方が数は多いため、ほかの者も助けに行けない。
孤立した兵士から死んでいく。
だがそうした場所は、犠牲者の悲惨さにさえ目をつぶれば、恰好の範囲攻撃の的だ。
ルシアはそこを見逃さない。
「インシネレート」
彼女の放った業火が、兵士の喉と腹と腕に噛みついた三体のハウリングウルフを、絶命したその兵士もろとも焼き尽くした。
割り切った、見ようによってはちょっと非道な判断かもしれないが、そのあたりの見切りについて、ぼくがルシアにいうべきことはない。
この世界の戦場における作法は、彼女の方がずっと長けているだろう。
直後、白い部屋に。
アリスのレベルアップだ。
※
「ミア、いまのを見たな」
「ん。参考にする」
白い部屋で、ぼくたちはそのあたりの打ち合わせを入念に行った。
ルシアがいうには、もう手遅れの兵士を巻き添えにしてでも敵を倒すのは、慈悲のある行為だそうだ。
介錯と仇討ちを一緒に行うようなものか。
「わたしが間に合えば、生き延びさせることもできるんですが……」
「ダメだ。アリスが乱戦のなかで回復に専念するようじゃ、ジリ貧だよ」
心優しい少女の提案を、ぼくは即座に却下した。
この戦場で犠牲を出したくないという彼女の意見はもっともだが、いまはそれより、時間との戦いだ。
ぼくたちは味方における最大最強の戦力である。
こんな片隅の戦場で手間取っていてはいけない。
そのことは、よく自覚しておくべきだと諭した。
アリスはちょっと悔しげに口の端を噛みつつ、うなずく。
ぼくはそんな彼女にキスをした。
「カズさん……」
「勝手なことをいうようだけど、きみのすべてをぼくに捧げてくれ。きみの善意は、いま、ぼくのために殺してくれ」
アリスは頬を朱に染め、うなずいた。
たまきとミアがなにかいっていたが、全部無視する。
白い部屋を出て、戦場に戻る。
アリス:レベル35 槍術9/治療魔法6 スキルポイント4
※
ルシアのインシネレートによる一網打尽が、転換点となった。
以後もルシアとミアは、兵士を食い殺したハウリング・ウルフを確実に仕留めていく。
アリス、たまき、シャ・ラウの前衛組も、危なげない戦いで戦果を拡大する。
途中で、たまきとミアもレベルアップした。
逃げようとする敵も、すべてシャ・ラウが追いかけて仕留める。
最終的に、ぼくたちが倒したハウリング・ウルフは二十一体に及んだ。
たまき:レベル35 剣術9/肉体6 スキルポイント4
ミア:レベル35 地魔法6/風魔法9 スキルポイント4
戦闘終了後、生き残っていた親衛隊の兵士は、九人。
戦力比を考えれば善戦したといえるだろう。
もっとも彼らは、いずれも身体のどこかを負傷し、疲労困憊していた。
アリスが、全員にヒールを一回ずつかけるが、もう今日の戦いでは使いものにならないだろう。
鷹が、リーンさんの声で彼らに撤退を指示する。
ぼくたちは、またフライをかけて空に舞い上がる。
次の戦いへ。
※
それから二か所ほど、小規模なモンスターの集団を潰した。
ヘルハウンド部隊と、ライトニング・ウルフ部隊だ。
ぼくとアリス、ルシアのレベルが1ずつ上昇した。
ぼくは付与魔法を9にした。
これで、召喚魔法と合わせてふたつのスキルが9になった。
派生スキルの条件を満たしたことになる。
実際に派生スキルを習得するまでには、追加のスキルポイントが必要だ。
しかも、今後はランクをひとつ上昇させるごとに固定で5ポイントである。
派生スキルを習得するには、最低でもレベル48が必要、ということだ。
先は長い……かなあ。
できれば、アガ・スーとの決戦前にあと3レベルといきたいけれど。
それは、よほどぼくたちが前のめりにならなければ不可能……あまりにもギャンブル度が高すぎる。
それになにより、ぼくたちは皆、疲れきっていた。
特にルシアの疲労は深刻そうだ。
和久:レベル45 付与魔法8→9/召喚魔法9 スキルポイント9→0
アリス:レベル36 槍術9/治療魔法6 スキルポイント6
ルシア:レベル35 火魔法9/水魔法6 スキルポイント4
ふたつめの敵集団を潰したところで、使い魔の鷹を通してリーンさんから連絡がきた。
「決戦の準備が整いました。前線の方々は撤収させます。みなさんも、適当なところで引き揚げてください」
決戦の準備。
ぼくたちが動きまわり、高速移動するモンスターたちを潰してまわったのは、これを邪魔させないためだった。
作業中に攻撃されては、準備に余計な時間がかかるし、作業員たちも動揺する。
リーンさんは、作業のため、非戦闘員の者たちまで動員した。
加えて高等部と育芸館の皆も、働いた。
戦闘員、非戦闘員、あわせて数百人がかりで動いたおかげで、わずか数十分で準備が完了したというわけだ。
ぼくの意見が原案だった。
会議の場で、ぼくはこう提案したのである。
敵の主力がオークなら、特別に有効な対処方法があると。
「穴を掘りましょう。落とし穴を」
ぼくの熱心な説明に、リーンさんとルシアは感心したようにうなずいた。
結城先輩も、「たしかに有効でござったな」といった。
啓子さんも賛成してくれた。
なぜか志木さんは、ジト目でぼくを睨んでいた。
解せぬ。
ともあれそういうわけで、敵軍の侵攻ルート上に、横に広く穴を掘ってもらったのである。
落とし穴といっても、穴を隠す時間はないだろう。
普通にシャベルだけを使っていては、数十分ではとうてい間に合わないだろう。
よって、育芸館と高等部の地魔法の使い手に頑張ってもらった。
光の民や各国連合軍からは、地の精霊を使役できる術者を総動員した。
加えて、付与魔法で腕力を強化させた光の民に大活躍してもらった。
「シャベル、というのは素晴らしい道具ですね。武具にもなると聞きます。武器と工作を一本でまかなう、完璧な設計です」
リーンさんが、妙なところで感心していた。
ちなみにシャベルは、ぬかりなく志木さんと結城先輩が在庫のほぼすべてをかき集め、優先的に持ち出したものだ。
全部で百本近くあった。
なんだよー、志木さんだって、穴を掘ることを充分に想定してたんじゃないかよー。
あとで文句をいってやろうと思う。
いや、そんなことはいいんだ。
穴は、場所にもよるけど浅いところで深さ五十センチほど。
ただし、奥行きは一メートル。
深いところでは二メートルを超えるらしい。
異世界に来てから二日目の昼、育芸館を巡る攻防戦である程度わかったことは、オークたちは数を頼みとした愚直な突撃を仕掛けてくるということだ。
ほんの少しでも足を止めさせ、渋滞を起こさせることができれば、密集した集団の数的有利は、逆に足かせとなる。
ひょっとしたら、オーク以外のモンスターの邪魔にすらなるだろう。
理想としては、そうして渋滞したところに範囲攻撃魔法をぶちこみたい。
できるだけ効率的に、そして素早くモンスターを倒していきたい。
敵の本命は、そのあとに控えているのだから。
ぼくたちは、リーンさんの指示に従い、空を飛んで世界樹の近くに戻った。
途中で、高等部の男女五人の部隊を追い抜く。
ぼくたちは樹上を飛んでいたから、彼らは追い抜いたぼくたちに気づかなかっただろう。
ナイトサイトによって夕暮れ時くらいの明るさになっているぼくの視界のなかで、彼らはひどく青ざめているように見えた。
女子のふたりは、口もとを手で押さえて泣いている。
あー、結城先輩は基本的に六人ひとチームで送りだすっていってたから、これは……。
「ん。高等部で、誰か死んだね」
仕方がないことだ。
いつか、犠牲は出る。
ただぼくは、あの近くで死んだのだろう生徒が育芸館組ではなかったことに、胸をなでおろした。
いや、ひょっとしたら、すでに育芸館組からも犠牲者が出ているかもしれない。
この先の戦いで、犠牲者が出るかもしれない。
その覚悟だけは……いまからしておくべきだろう。




