第176話 戦争の犠牲者
『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける』第4巻、本日発売です。
書き下ろし短編は、三日目午後、志木さんと忍者の交渉。
よろしければお手に取ってみてください。
ぼくたちは空を飛んで、リーンさんに指示されたポイントに飛ぶ。
今回、シャ・ラウの背中はミアのものとなった。
ミアはもふもふの背中に全身を埋めて、幸せそうにしている。
「ん。至福」
「まあ、この程度のことで癒されてくれるなら嬉しいことだよ」
シャ・ラウが『われの背中をして、この程度のこととは』とテレパシーでぶつぶつ呟いていたが、聞かなかったことにする。
さて、世界樹の近くにつくられた合流スポットの広場には、たくさんのひとが集まっていた。
光の民と普通の人間、合わせて数百人。
回復魔法の使い手たちが、彼らの間を忙しく走りまわっていた。
その一角に、高等部組と育芸館組の姿もある。
志木さんを見つけて、彼女のそばに着地した。
「おかえりなさい。大事がなくてよかったわ」
志木さんはそういって、皮肉に笑う。
ぼくは左右を見渡した。
高等部組が、やけに意気消沈しているようだった。
泣いている女子が結構いる。
男子も、疲れた顔をしている。
「これまでわかった限りで、ふたり、亡くなったそうよ」
「で、こっちは?」
「幸いにして、犠牲者ゼロ。といっても、啓子さんについていったチームも含めて、うちが出したのはレベルの高い子が中心だから」
ぼくたちを除いても、平均レベルは高等部組に比べて育芸館組の方が高い。
当然だろう、育芸館組は、二日目の朝からずっと戦い続けてきた。
志木さんの指示のもと、組織的にオークに抵抗し、地道な狩りで戦力の底上げを図ってきた。
聞けば、すでにレベル10以上の子が二十人を超え、レベル15以上の子で一パーティが組めるという。
レベルのトップは、もちろん長月桜。
今朝から戦いづくしの彼女はなんとレベル22で、槍術ランク8、運動ランク1。
残りスキルポイントは7だから、あとレベルがひとつ上がると、ぼくたち以外で唯一の武器スキルカンスト達成者になる。
これは彼女よりレベルが上の結城先輩や啓子さん以上、ということだ。
いやまあ、あのふたりは平均的にスキルを取っているし、実際の戦闘面ではそれを有効に使って異次元の戦いをしているわけなんだけど……。
スキル制のゲームでスキルとかガン無視の動きするチート級プレイヤーって、ほんとおかしいよなあ。
普通なら、あのふたりが主人公だよ、ホント。
ぼくたちとそのあたりのいろいろな意味で変態クラスを除けば、たしかにハウリング・ウルフの集団やアシッド・ハウンドの集団はヤバいかもしれない。
チーム分けによっては、レジストなしで戦うことになるだろうし、そうなると死者が出るのも当然だ。
ぼくたちは、常にぼくの付与魔法のもとで戦っているからそのへんの実感が薄いけど。
と……少し離れたところで、騒ぎが起こった。
見れば、高等部の男子が、小柄な少女ふたりを怒鳴りつけている。
あれって……中等部、つまり育芸館組の子、だよな?
「だから、おまえのサポートが遅かったんだろ! アヤが死んだのは、おまえのせいなんだよ!」
「だ、だってっ! 彼女はわたしの魔法なんていらない、っていうから……っ」
「うざってえいいわけしてんじゃねぇよっ。だいたい……っ」
考えるより先に、命令を下していた。
「シャ・ラウ、あの子たちを守れ」
『承知した』
高等部の男子が拳を振り上げた、その瞬間。
彼の身体は、毬のように弾き飛ばされていた。
大柄な幻狼王は、己の身体を盾にして、少女をかばうように立つ。
「な、なんだ、おまえ! も、モンスターっ!」
『わが主は、少女に対する理不尽な暴力を許容しない。そう高々と宣言した。われは主の命に従うのみ』
いや、待って。
ぼく、そんな格好いいこといってません。
責められている女の子がかつての自分に重なって、反射的に命令しちゃっただけです。
つーか普通なら、ここってぼくが走っていって自分で助けるところだよね。
使い魔に命令させて偉そうにしているあたりが、ぼくの軟弱さを示していると思う。
高等部の方がざわついて、何人かがシャ・ラウに弾き飛ばされた男子の方にかけつけた。
剣や槍を構えている者たちもいる。
離れたところにいた光の民たちが、なんだなんだ、という様子でこちらを見ている。
うわあ、身内の恥晒し状態になってるっぽい。
やだなあ、こういうの。
「ごめんなさい、カズくん。高等部は後衛が少ないからってことで、うちから彼女たちを貸し出したのよ」
志木さんがそういって、シャ・ラウのもとへ走って行った。
無言で高等部の男子たちを牽制していた幻狼王は、おとなしく志木さんに道を譲る。
志木さんに続いて、ミアもそっちに……っておまえ、なにしてるんだよ!
「ん。見た感じ、ヘルハウンドに遭遇したっぽい? 服が焦げてる。で、アヤって子はサクっちのいうこときかずに飛び出した」
志木さんを差し置いて、ミアが話し始めた。
おいこら、せっかく彼女が仲裁に出てるってのに。
サクっちっていうのは、ミアの後ろで震えてる子か。
ミアのやつ、よく名前を覚えてるなあ。
ぼくが覚えなさすぎなのかもしれないけど……。
「な、なんだ、チビ。おまえみたいなガキがしゃしゃり出て……っ」
「ヘルハウンドは学校にもいた。火のブレスはマジでヤバい。二日前、たまきちんマジで死にかけたし。なんで高等部、ちゃんと情報共有できてないの。そっちのリーダー無能すぎ」
うわ、結城先輩をディスりはじめた。
ミアのやつ、心なしか嬉しそうだ……。
さっき、ミアと結城先輩がしゃべっていたところを見ていたひとは多いはず。
でも目の前の男子は、どうやらその場面を目撃していなかったようだ。
ミアのことを、ただの生意気な中等部のガキだと思っている。
で、ミアと結城先輩の事情をわかっているぼくたちにとってはなんでもない言葉も、彼にとっては違ったようだ。
「田上宮さんのこと悪くいうんじゃねぇよっ! あのひとはちゃんとヘルハウンドのことも教えてくれてた!」
「じゃあ、悪いのってアヤって子だよね?」
あ、男子が黙った。
ミアがこっちを振り向いて、ドヤ顔してる。
はい論破、っていいたいんだろうけど、黙ってろよ、煽るなよ。
「だ、だいたい、おまえ、なんなんだよ! 中等部のくせに、偉そうにしやがって!」
別の男子が出てきた。
サクって子が、びくっとその身をすくめている。
志木さんが、その子をやさしく抱きしめた。
「だいじょうぶよ。もう面倒だから、ミアちゃんに全部任せましょう」
え、ちょっと、待って、志木さん。
志木さんがこっちを見て、悪戯っぽく笑う。
えー、この状況でこれ、いいの?
いいらしい。
ミアは新しく前に進み出た男子をジト目で見上げた。
あれ、ひとによっては馬鹿にされたように思うだろうなあ。
「馬鹿にしてんのか、おまえ!」
思ったらしい。
男子はミアに掴みかかろうとして、彼女のそばにすくっと立つシャ・ラウに気押される。
まー、でかい狼だからな、無理もない。
「な、なんだよおまえら! だいたい、そうだ、賀谷! おまえみたいな底辺がなんで、育芸館でボス面してるんだよ!」
あ、なんかこっちに飛び火した。
たぶん三年生の大柄な男子が、ぼくを睨む。
以前のぼくなら、もっと怯えていたに違いない。
少なくとも、昨日までなら、そうだった。
ぼくは自分に自信がなくて、トラウマを抱えて、高等部のひとたちに対してひどい劣等感を覚えていた。
でも、なぜだろう、いまはそれほどの圧迫感を覚えない。
育芸館組の子が、ぼくたちの仲間が、こいつらに罵られたからだろうか。
だから、ぼくはこんなにも、苛立っているのだろうか。
ぼくは、彼の視線をまっすぐに受け止めた。
にらみ返す。
なにかいおうと、口を開きかけて……。
「カズさんの悪口はやめてください!」
いつの間にか志木さんの腕から逃げたサクって子が、叫んだ。
ミアを押しのけ、前に進み出る。
「カズさんは、わたしたちを命がけで救ってくれました! 中等部では、先生もいなかった。誰も助けてくれなかった。でもカズさんたちだけは、みんなをまとめて、生きている子を助けてくれたんです! わたしたちを地獄から救いだしてくれたんです! ほとんど一日で本校舎も奪還して、次の日には蜂の出どころも潰して、この世界樹とコンタクトを取ったのだって、カズさんたちです。カズさんたちがいなきゃ、わたしたちは誰ひとり、昨日を生き残れなかったんですよ!」
ぼくのために怒ってくれているその顔を見ていて、思い出す。
ああ、彼女、二日目の午前中に女子寮で助けた子のひとりだ。
そうか……ぼくたちが命を賭けた結果のひとつが、これなのか。
大柄な男子は、顔を真っ赤にしていた。
いまにも殴りかからんとしているけれど、そこはシャ・ラウが牽制している。
でも、彼の周囲の男女が、もっと剣呑な雰囲気を出していた。
高等部の方で、結構、フラストレーションが溜まっているのか。
無理もないけど、それを育芸館組にぶつけるのは勘弁だなあ。
なおもいい募ろうとするサクって子を、ミアが制した。
「ん。もういい」
「でも、ミアちゃん! わたし、どうしてもこのひとたちがカズさんを見下すの、我慢ならなくて……っ」
「カズっちは、あんまり気にしてない。……サクっちがカズっちに感謝していれば、それでおっけー」
ミアは「それに」と呟き、森の奥をちらりと見た。
あー、これって。
はたして、予感の通りだった。
「仲間同士の揉めごとは堪忍でござるよ」
結城先輩が、木々の間を抜けて現れる。
その横には啓子さんとリーンさんの姿もあった。
「忍法、遠耳の術によって、おおむね状況は把握しているでござる。ひとまず、ミア、こう見えて兄もいろいろがんばっているでござるから、そのあたりわかって欲しいでござるよ」
「ん。黙れバカ兄貴」
「それは拙者の業界ではご褒美でござる!」
あ、啓子さんが笑顔で結城先輩の頭をはたいた。
真面目にやれってことか。
ふたりの一歩後ろに下がっているリーンさんは、にこにこ顔だ。
高等部の面々が、呆気にとられている。
結城先輩とミアの顔を交互に見ていた。
「え……兄妹?」
ひとりが、ミアを指差した。
ミアが寝そうかつ嫌そうな顔で「遺憾ながら」とうなずいた。
「ん。こんな変態な兄を持った妹の気持ち、わかるか」
「あ……うん、すまん」
さっきまで威勢がよかった男子が、なぜか身を小さくして謝罪した。
「何故、そこを謝罪するでござるか」
結城先輩がひとり、首をかしげる。
なんでですかねえ。




