第7話(サイドB:手紙)
陛下視点です。
数日前、ナファフィステアが王宮を出た。
もちろん彼女は無断で飛び出したわけではない。
先日、宰相から彼女へマレリーニャ嬢が王宮の下宮に滞在することが告げられた。彼女は宰相へマレリーニャ嬢と陛下の仲を邪魔したくないから王宮を離れたいと答えた。
その後すぐに、ナファフィステアは手紙をよこした。宰相や他の側近達の前で手に渡るようにと考えたに違いない。
新しい妃候補が王宮入りするのでしばらく王宮を離れたいという彼女の手紙は、側近達にさもあろうとの同意を得ることに成功した。彼女の思惑通りに。
そして余が望んだように。
彼女を王宮から出したかったわけではない。
ナファフィステアに王妃の座を狙う女性を近付けたくはなかった。そういう女性達は致命的外傷ではなく精神的苦痛を与えることを得意とする。そして、それは表立っては防ぎにくい。
それと同時に、ホルザーロス卿の動きも注視する必要があった。彼等は何を企んでいるのか。ナファフィステアに何もしないならばそれでよい。しかし、何もせずにはおらぬだろう。
宰相がナファフィステアにマレリーニャ嬢の話を告げ、その後、離宮へしばらく滞在してはどうかと匂わせる予定だった。しかし、彼女が自ら王宮を出たいと言い出したために、宰相はそのことを伝えなかった。彼女を王宮から出すという目的を達したためだ。
執務室で宰相からその報告を受け、側近達へそしてホルザーロス卿の耳にもじきに届くという算段だったのだが。
折よく到着した彼女の手紙と側近達の声に答え、彼女の王宮を出たいという願いに許可を与えた。
彼女はその連絡を悠長に待ってはいなかった。宰相が彼女の元を去った後、すぐに旅支度にとりかかっており、許可とともに出立したのだ。
これほど早く行動したということは、以前から考えていたことなのかもしれない。王宮を出ることを。
彼女は普段子供に見えることを自覚しているため、そう思われていることを利用する。子供の容姿は思った以上に判断を甘くさせてしまう。余の望むとおりに事が運んだことも、宰相が最終判断を誤った理由かもしれない。
手紙の内容のように思う者が、これほど冷静に素早く行動できるはずがないのだ。
だが、わざわざ彼女が悲しみに暮れていないなどと教えるつもりはない。彼女のことを知るのは、余一人でよい。
襲撃に備えた騎士達を秘密裏に彼女へ同行させている。ホルザーロス卿は動くのか。それとも、他の誰かが動きを見せるのか。
しばらくは様子を見るしかない。
彼女が部屋に隠しているつもりの宝飾品の袋を確認させた。小さな小物が一つ取り出されてはいたが、その他はいつも通りだった。これを残したのは、戻ってくるつもりがあるからだろう。
彼女が旅先に選んだのは、彼女が王宮へとやってきた道を辿ることだった。
カルダン・ガウ国へと向かっているように見えるが、彼女はあの国の言葉はまだ話せない。その向こうにあるだろう自分の故郷へ向かおうとしているのか。だが、国を出ることは出来ないことくらい知っているはずだ。
一体どこへ向かおうというのか。そこには、ここにはないものが、彼女の望むものがあるのだろうか。そこなら安心して暮らしていけると思っているのだろうか。
そこへ行けば、宝飾品などの金品が不要であるなら、帰ってこないとも考えられる。
ナファフィステアは何を望んでいるのだろう。
王宮を出て数日経つというのに、あれが連絡をよこしてくる気配は全くない。
毎日届く報告書で動向はすべて把握している。とはいえ、手紙の一つも寄こそうとなぜ思わないのか。
ため息をつきながら、王宮を出る前によこした彼女からの手紙を開く。
そこには丁寧な文字が綴られている。数カ所ある綴りの怪しい箇所は愛嬌だ。
この手紙の文面にあるように、新しく妃が入るかもしれないこの状況を苦々しく思っていればいい。だが、違う。これは美しく体裁の整えられた文でしかない。
彼女は公けの場でこそ大人しくすまし顔をするが、笑ったり拗ねたり怒ったりと忙しく、素直に感情を表に出す。嘘が下手で、隠し事も得意ではない。笑って誤魔化そうとする顔を何度見たことか。
だが、本当にそうだったのだろうか。
何かを隠しているのか。宰相を相手にしたように、全てを騙して去ろうとしているのではないのか。
じわじわと暗い感情が湧き上がる。
だが、ナファフィステアに会えば、こんな暗い感情は吹き飛ぶ。あの呆れるほどの能天気さに会えば。
いつもそうだったのだ。これまでは。
これからは?
そして、彼女はここにはいない。
彼女のそばには騎士達をつけているのだから心配することはない。騎士達は彼女を守り逃がしはしない。
彼女は必ず王宮へ帰ってくる。
ゆっくりと手紙を裏返した。
手紙の裏に小さく、本当に小さく書かれた、心配しないでね、の文字と、その後に続く記号。
この見たこともない絵のような記号は、何なのか。
心配しないでねの一言が、己の中の黒い感情を和らげもするが、彼女が何かをしでかすという確信をももたらす。
鬱々とした気分のまま、手紙を戸棚へ戻し、執務室へと向かった。




