第2話(祝賀会)
祝賀会では、今回の功労者達の紹介を受けた。陛下に手を引かれ、私は彼等にむかって笑顔を浮かべる。
彼等は腰を折って私の手を取り、丁寧に挨拶してくれたけれど、みな背が高くてごっつい体格だった。戦う騎士なのだからそれは当然なんだろう。本当に屈強な男達という感じ。
貴族男性達も大きいと思っていたけど、比較にならない。囲まれると分厚くて高い壁になり圧迫感がある。
その彼等は、まじまじと私を見下ろしている。黒毛で子供ほどの背丈の妃が、珍しいんだろう。失礼にあたると思いながらもじろじろと見るのをやめられないらしい。ちらりちらりと皆さんの目が私を彷徨っている。
はいはい、どうぞ。髪も眉もまつ毛も黒いでしょ? どうよ。じっくり見てもいいよ?
ってな感じで、私も慣れたもの。実はこういう反応のほうが、にんまりしてしまう。
王宮で行われる催しの場合、出席者の多くはそれなりに身分の高い貴族や側近達などで同じような面子となる。だから、驚いてくれるのは最初の数回だけ。今では出席している貴族女性達は横目でこっそり嘲笑を浮かべてる。そして私はそれをさらりと流す。
そんな状態だから、驚かれると新鮮。どうぞどうぞ黒髪どうぞご覧あれって思う。
功労者達の挨拶が一通り終わると、陛下と私の前に一組の男女がやってきた。
男の方は、ホルザーロス卿。たしか数代前の王族が建てた比較的新しい家柄だったはず。
そして、その男が連れていた女性は、カルダン・ガウ国の王女だと名乗った。
王女は私へ型通りの挨拶を述べたものの、その後は綺麗に私の存在を無視した。私の頭の上で、陛下と視線を交わし合っている。
そして、ホルザーロス卿は、ニヤニヤというか嫌な視線で私を見下ろしていた。
「お久しぶりでございます、陛下」
「マレリーニャ嬢は、カルダン・ガウ国王女であったのか?」
「はい。陛下には以前にも一度お目にかかっております。この前お会いした時に、陛下が覚えていらっしゃらないようでしたので、名乗りませんでしたの」
私の頭上で交わされる意味深な視線と言葉。陛下は彼女が王女だとは知らなかったらしい。
でも、この女性に手は出したんだな。彼女の笑みからはそんな雰囲気が漂っている。ま、陛下の立場では用意された女性には手を出さないといけないんだけど。いろいろあるから。
隠さないんだなぁ、よっぽどの自信があるのか、と感心してしまう。
この国の女性よりは少し華やかさのある顔立ちだけど、以前いた妃達よりは肉感的だからタイプがかなり違う。
陛下の反応はにぶい。というか、表情を消している。いつもの夜会ならもう少し気を緩めて隙を作っているのに。表情消して仕事モードな陛下、何考えてるんだろう。
陛下の仕事のことはわからない。知るつもりもない。私が口を挟むべきことではないと思うから。
女性の方は、私の存在をまるで無視。
普通の貴族ならこうはいかない。陛下の隣に立つ妃を無視するなんて。でも、それが許されるのは、他国の王女様だからか。
それにしても、美人な隣国の王女がなぜこの国の貴族男性に伴われて現れたのだろう。貴族男性の伴い方からは、どう見ても男性の恋人にしか見えなかったけど。王女様というのは自由な生き物なのかもしれない。
そうこう思いながらも。
祝賀会がはじまった時のニヤニヤ感はすっかり消えてしまっていた。
何とか顔には出さないようにしたけど、結構な衝撃が私を襲っていた。それにしては我ながら天晴れ?な対応できたと思う。
あれよ、付き合ってると思ってたけどそれは私だけで、相手はそうじゃなかったとわかった瞬間ってやつ。
目の前の女性を陛下が気に入っているいないは関係なく。私が陛下の横にいるのは仕事上の都合。
はあーっ。ちゃんとそう思ってたのにな。仲のよいふりをしてるだけだって。
どうして忘れてたんだろう、私ってば。
がっくり。
自分が勘違いした理由は何となく思い当たる。今、巷で流行っている王と妃のラブロマンス小説を読んだせい。簡単に影響されるなよって? 私は恋愛結婚を夢見る年頃なのよっ!
陛下、私のことを気に入っていると思うんだけど。それは間違いない、んじゃないかな。でも、まあ、そんな程度だよね。
でも、陛下=初彼氏はそのままにしておこう。二十六歳までに付き合ったことのある男性一名(陛下)の経歴を残すことにする。何もなしはちょっと悲しい。勘違いでもいいでしょ。
そんなことを思っているうちに、陛下が彼女と踊ることになったらしい。
私は陛下から手を離した。
「ナファフィステア妃、一人寂しい私のお相手をしていただけませんか?」
とホルザーロス卿が言葉をかけてきた。
が、返事をしたのは陛下だった。
「ナファフィステアは疲れておるゆえ、そなたの相手はできぬ」
陛下、断わるの早っ。
自分はむっちり美女を手にしておきながら。とはいえ、このギラギラした瞳の男性とは踊りたくはなかったので、断ってくれたことには感謝する。
結構な年齢になると思われる男性が十代の女性である王女の腕や腰を馴れ馴れしく触っていた態度がどうにも気持ち悪かった。
そして私に向ける目。
絶対、この人は子供が好きなんだろうと思う。変な意味で。それに、今何を想像しているんだろう。その表情が目が私に張り付いてきて気持ち悪い。他の人は何も感じていないのが不思議なくらいだった。
「もう部屋へ下がるがよい」
陛下は私にそう言った。
その言葉に従い、私は祝賀会会場を後にする。あの気色の悪い視線から一刻も早く逃れたかったから。
陛下の隣にいる女性に対しては、何だか妙な違和感が残った。なんでだろう。
陛下を取られるように思ったのかな。彼氏だと勘違いしてたくらいだから。でも、そういうのとも違うような。とりあえず、彼女のことは棚にあげておくことにして。
それよりも真剣に今後を考えないといけない。いままでのほほんとしてきたけれども。
私が王宮へ来たときにいた七人の妃達は、実家へ戻されたり下賜されて王宮にはもう残っていない。次々と変わっていく。
そして、次は私の番なんだろうから。
妃業として働いたお金は積み立てて老後に支給してくれるよう陛下にお願いしておいたんだけど。陛下、覚えているんだろうか。
まだ妃として働いた期間は短いけど、年金まで待てないから失職時に支給してもらわないと。退職金も上乗せしてくれないかな。
あとで事務官のユーロウスに確認しておこう。
私は女官に先導され、自室へと戻った。