第18話(サイドB:不機嫌な陛下)
陛下視点です。暗いです。
ナファフィステアが話し始めたので、何を言うかと黙って聞いていた。
その声は密めてはいたが明るく軽い口調だった。
そのうち、彼女はまるでわからない言葉を話しはじめた。わからない言葉は彼女の種族にしかわからないと拒絶されているようで気に入らなかった。
明るい口調で何を告げていたのか。
最後の言葉から、自分の望む内容でないことは明らかだった。
ここを去ることは彼女の中では揺るぎない事実なのだ。去った後のことを話していたのか、楽しそうに。それとも去る日を楽しみにしているのか。
いつかまた逢えた時、だと? 声をかけてなどやるものか。それを望むのなら。覚えていたとしても、素振りを見せはしない。
覚えていて欲しいと思うくらいなら、なぜ、ここを出ようとする? なぜここで暮らそうと思わない?
ここを去らなければならない理由はないはずだ。旅へ出た彼女は大人しく余とともに王宮への帰路へついた。ずっと彼女のそばにいたが逃げる素振りなどなかった。逃げたがっているとは思えなかった。
だが、帰りたいと思っているのだろうか。彼女の故郷へ。彼女がアンデの町へ向かったのは、王女のことを調べる為ではない。
王女が語った、空中に突然現れたという話。それが本当ならば、その空中には彼女の故郷へつながる何かがあるのか。だから、彼女はそこへ向かったのではないのか。故郷へ帰る道を探して。
だが、彼女はその場所を知らない。アンデの町すら知らなかったのだから、王女の話を耳にでもしない限り、彼女がその場所を特定することはできない。ならば、彼女は故郷へ帰ることができないのではないのか。
彼女が故郷について語ることはない。以前、教育係だったセグジュが、彼女の故国はこの世界のどこにもないと言っていた。それは、てっきり彼女の身分が作られたものだと、架空の国の出身だとの意味だと捉えていた。
しかし、本当にこの世界にはないという意味であるなら。ここを出て、彼女はどこへ行こうというのだろう。
ここにいたいと思えないのだろうか。
彼女が望むもの、それは何なのだろう。
尋ねても答えない。
余では与えられないものなのか。
好かれていることぐらいはわかる。先程の言葉からも、それは間違いない。
ならば、なぜ離れていこうとする?
結局は堂々巡りだ。
大事だと思いもするが、憎々しいと思う感情も湧く。
去らせてなどやるものか。ここからは、決して。
執務室に戻れば、騎士カウンゼルが待っていた。
「王宮内騎士達の中に怪しげな信仰をしている者が八名見つかりました」
カウンゼルはナファフィステアを襲撃した者達と通じていたと思われる警護騎士を洗い出していた。
彼女の旅に随行していた騎士の中に二人。それに気づいたのは、旅の帰路につく時だった。
余がナファフィステアを抱き上げて馬車へ移動する間、奇妙な表情をしている騎士がいた。どうやらナファフィステアが余のそばにあるのが気に入らなかったらしい。
帰路は何かとナファフィステアをそばに置き、妃警護騎士達に旅の随行者達でそのような者が他にいないかを探らせていた。
そして、王宮へ帰れば、王宮の他の騎士達も。
ナファフィステアを襲撃した者達は、黒髪で小さな妃は異常であり、神聖なる王の近くにあるべきではないという怪しげな考えを抱いていた。命をかけてナファフィステア妃を無き者にすることこそが、王と国への忠誠であると勝手な理想を打ち立てていた。妃を葬ることが正義と考える彼等は、王へ刃を向けたも同然ということを理解してはいなかった。
若い者達ばかりであり、暇を持て余した貴族子息達が遊び半分で始めた怪しげな宗教かと思われた。
だが、調査が進むにつれ、その考えを貴族子息達に説き、広めた人物がいることが発覚した。国外から流れてきた神殿関係者だった。若く愚かな者を集めて洗脳し、妃暗殺を企てさせる。その人物の宗教的活動にホルザーロス卿も嵌っていたらしい。
そうして洗脳した彼等に王宮で騒ぎを起こさせる。どこかの国がやりそうなことである。
「ナファフィステアが離宮へ行く予定があるとの噂を流せ。それと悟られぬようにな」
「はい」
王宮内にまで波及していた怪しげな宗教集団の早急な洗い出しを行うためにナファフィステアを始終そばにおいていた。王宮内の者の洗い出しが完了したようだ。
後は罠にはめ、一網打尽にすればよい。
国内で怪しげな宗教活動がどれほど広がっているのか、先導者は何処にいるのか。調査を進めているが、まだ時間がかかるだろう。
今、ナファフィステアを守っている妃警護騎士達は神経をとがらせている。彼女を狙う者が王宮内にいるのだから当然だろう。
そういった緊張感は、彼女には伝わっていない。妃警護騎士達は出来る限り彼女には悟られないよう気を配っているのだ。
そして、そばにいる警護騎士達を信頼していることも、彼女が緊張を感じない理由なのだろう。彼等がいるから大丈夫だ、と。森でも彼等を随分と信頼しているようだった。
はたして彼女にとって余は騎士達よりも信頼があるだろうか。そんな考えは馬鹿げていると即座に打ち消した。
片づけなければならないことは山積みだ。妙な事にとらわれている暇はない。騎士達と今後の計画について詳細を詰めていく。
そうしてやり場のない感情を押しやり、毎日の忙しさの中に埋没していった。




