その1
◆気は優しくて力持ちがモットーのイケベ大公爵家の衛士、巨人族のヴィラム・レイグの話
他人から見れば、それが優れた才能のひとつに思えたとしても、その当人にとっては呪いのようなものとしか感じられない場合もある。
僕は言うなればその呪い的な才能のために、領主様のお屋敷にいるのだった。
「ねえ、ヴィラムこれ運ぶの手伝ってくれない?」
用事があったので、門衛の宿舎から母屋の方向へ、庭を横切っていたら、洗濯小屋の陰にある物干し場に差し掛かったところで、斜め後ろの下方から、そんな声が聞こえてきた。
首を回して振り向くと、メイドのマリエが、大量の乾いた洗濯物が入った大きな籠三つを傍らの地面に置いて、両手を腰に当て、満面の笑みを浮かべて立っていた。それは言うなれば日常生活の中のちょっとした幸運を見つけた人間の浮かべる笑みというものだろう。
僕を呼び止めたマリエは、まだ十五歳ということもあって、まあ若干小柄な、本人の言うところによれば、か弱い女性である。
そして、呼び止められた僕はどうかといえば、巨人族であるから筋肉で全身が膨れ上がった大男である。身長で言えばマリエの倍はある。
つまり、自称、小柄でか弱いマリエ嬢では、一抱えもあるような洗濯籠を三つも運ぶには、母屋と物干し場の間を三往復ほどしなければならない予定だったのが、ちょうど良いところで大男の男手である僕が通りかかったので、僕に洗濯籠を二つほど引き受けさせれば、往復は一度で済む。なんて素晴らしい思いつきでしょう! ということだ。
もちろん僕は、気は優しくて力持ち、を目標にしているので、当然マリエに協力した。道の途中で、マリエが何も無いところで蹴つまずいて、洗濯物をぶちまけそうになったあとは、籠を三つとも運んであげたほどだ。
マリエは手持ち無沙汰になったので、その辺に落ちていた枯れ枝を拾って、子供がやるみたいに機嫌良く振り回しながら鼻歌を歌いつつ僕の後をついてきた。僕はその構図が、子供の頃にサーカスで見た、猛獣と猛獣使いの図に似ているなあと思った。
僕は今でこそ雲着くような大男だけれど、生まれたときにはごく小さくて、泣き声も弱くて、周りの人は、僕が無事に育つかどうかとても心配したそうだ。
僕には、優しい母と、上に姉が三人いて、僕はわりとちやほやされて育った。
姉達によると、僕はくるくる巻いた柔らかい髪と、しまりの無いふっくらとした顔が可愛くて、まるで女の子みたいだったので、姉達は、自分達のお古の服をとっかえひっかえ、僕を着せ替え人形にして遊んでいたらしい。
そうやって甘やかされて育ったせいで、外に遊びに行っても男の子たちの子供っぽい乱暴さについていけず、周りの子達から、おまえはおんなのこみたいだ! とからかわれたりした。
かといって、男の子の仲間に入れてもらえなかったから、女の子たちの仲間に入れてもらうというのは僕の小さなプライドが許さなかった。そのせいで、僕は家で、本を読んだり母に料理や刺繍を教えてもらったりしていることがおおくて、そのせいで、わりと近所の子たちからは孤立して育った。
変化が訪れ始めたのは、僕が八歳ごろのことだった。
毎日ずんずんとありえないほどの速さで背が伸び始め、ひょろひょろと向日葵のように高くなり、父の薄くなった頭頂部を遥か眼下に見下ろすようになると、今度は全身が骨っぽく筋っぽくなり、次に横幅がついたと思ったら、体中に筋肉が巻き付きはじめた。
あきらかに周りの子達とは成長具合が違っていて、顔もまるで大人のように老け始めた。
僕は不安になった。
父が、僕を村の長老のところに連れて行ってくれて、長老は、僕が普通の人間とは少し違うのだということを説明してくれた。
なんでも長老のいうところによると、僕は人間族の中から、ごく稀に生まれてくる、人間族の亜種で「巨人族」という種類の人間なのだそうだ。「巨人族」というのは体が普通の人よりずっと大きくて、筋肉もつきやすいらしい。そして、晶術という不思議な術を無意識のうちに使って、普通の人間には持ち上げられないような重い物を持ち上げたり振り回したり、あるいはとても速く走ったり、高く跳びあがったりすることができるそうだ。
こういった能力は戦いの時には大きな力になって、そのために僕のような人間は「戦士族」とも呼ばれるらしい。
長老は「これはとても大きな才能だから喜ばしいことだ」と言ったけれど、僕は全く喜べなかった。
風呂場に据え付けてある大きな鏡の前に立つたびに映る僕の姿は、不恰好なほど腕や脚の骨が太く見えて、筋が浮いていて筋肉が盛り上がっている姿は、まるで怪物のように見えた。まだ十一歳なのに顎が割れてひげさえ生え始めた顔はまるっきり他人の顔だった。
母は「これはこれで惚れ惚れするから素敵よ」と言ってくれたし、姉たちは「神殿の男神像みたいよ」と言ってくれたけれど、僕は自分の体が厭わしかった。急激な体の成長に感情がついていかなくて、僕は自分の体を、知らない男の体をみるようにして見ていた。
僕のことを女の子みたいだと言うひとはだれもいなくなった。
そうやって僕が悩んでいる間にも月日が過ぎて、妹が生まれた。
妹は生まれた直後は、なんだかクチャクチャな顔をした猿みたいで、あんまり可愛くなかったけれど、それでもしばらくたつと、世界中の愛を集めて凝縮したくらいに可愛らしくなったから、家族の注意は当然そちらに集中して僕はあんまり構われなくなった。
それで、僕はそれまであまり外では遊ばなかったのが、近所の仲間たちと遊ぶようになった。
そうして事件が起こった。
僕は、いつもの遊び仲間のうちの二人が喧嘩をしているのに行きあわせた。
喧嘩している片方はアルフといい、もう一方はベールタという。
それで取っ組み合いをしている二人を引き分けるつもりで、僕はアルフの腕を取って引っ張った。それほど力をいれたつもりじゃなかった。
それなのに、ごきっ、という嫌な感触と音がした。アルフは今まで聞いたことが無いような恐ろしい叫び声をあげた。
僕はただ蒼白になって立ち尽くしていることしかできなかったけれど、ベールタが、すぐに走って大人を呼んできてくれた。
僕が力の加減を誤って、アルフの肩を外してしまったのだった。幸いアルフの肩はちゃんと嵌めなおされたが、僕はすっかりショックを受けてしまった。
僕はその日以来、また誰とも遊ばなくなり、家に引き篭もるようになった。そうすると気分が鬱々としてきて、夜中に目を覚ましたりすると訳も無く泣けてきたりするのだった。それで顔を洗うために洗面台のところにいくと目の前には鏡があって、そこには知らない男のような自分の顔が映っている。
ある晩、僕は発作的に自分の顔が映った鏡を殴りつけて割った。
鏡の硝子が割れる音を聞いて起きだしてきた母が、拳に刺さったガラスを除いて、包帯を巻いてくれた。
拳に包帯を巻かれながら、涙を流している僕を、父は自分の書斎に連れて行き、僕と父はそこで何時間か話をした。そうしてその話し合いの結果、僕は領主様のお屋敷に奉公にあがることになったのだ。
父は、領主様のお屋敷には、僕が本気で暴れても片手であしらえるような方たちが何人もいると言ったし、それに環境を変えてみるのもいいかもしれないとも言った。
母や姉達は僕に甘いので、僕がもう家を出るなんてとんでもないと騒いだけれど、僕もこの鬱々とした毎日を変える他にいい方法は思いつかなかったのだ。
「修行してこい」
最後に父はそう言った。
僕が奉公に上がる日の朝、家の門の前で、母と姉たちがかわるがわる僕を抱きしめてくれたけれど、彼女たちの頭の高さは、僕のお腹までしか無かった。
最後に妹の番になり、怪我をさせたら困るので、僕は妹を抱き上げるのを断って、その代わりに、母に抱かれている妹の目の前に、人差し指を一本だけ差し出した。妹は赤ん坊そのものの小さな手で、僕の太い指をきゅっと握った。
悔いの無いように、その柔らかな感触をしみじみ味わったあと、母に、妹の手を僕の指から外してもらい、僕は父と一緒に馬車に乗り込んだ。馬車の座席は僕にはとても小さくて、精一杯、脚を折り曲げたけれども、それでもひどく窮屈だったのを覚えている。
そういうわけで僕はこの大公爵家の屋敷に来たのだけれども、僕がこの屋敷に来た当座は、まあ雑用の小僧というやつで、ナイフやフォークやスプーンを酢で磨いたり、皆の靴を磨いたりとかそんな仕事があった。
僕は貧乏下級貴族とはいえ、一応そこの坊ちゃんだったから、子供のうちから、あんまり労働らしい労働をしたことはなかったけれど、僕は案外と手先が起用だったらしくて、そのうちに仕事を速く終えられるようになった。おままごと程度だったけれど母と料理もしていたからキッチンでの下ごしらえなんかも手伝えるようになった。それに僕は体が馬鹿でかくて怪力だから、例えば菜園の土の入れ替えだとか肥料運びとか、キッチンへの食材やオーブン用の晶石の搬入とか、馬を調教するときの捕定とか、今マリエに頼まれてやっている洗濯籠の運搬とか、そういう力仕事は誰よりもできたので、屋敷内で重宝された。まあもちろんその分、食事は大量に食べるけれど。
屋敷の人は皆優しかったし、それに子供にきつい労働はさせないというのが領主様の方針らしくて、ありがたいことに仕事もそんなにきつくなかった。
午前中は朝早くから仕事をして、午後からは衛士の人たちに遊びがてらに剣術や格闘の稽古をつけてもらったり、家庭教師のエレン先生に捕まって、近所の子供と一緒に勉強をしたりした。勉強はあんまり好きになれなかったけれど、剣術や格闘の方は屋敷で二番目か三番目くらいに強くなれた。それで夜は消灯まで図書室で借りてきた楽しい娯楽本を寝床で読んだりして過ごすのだった。
健全で充実感もあって、でも気楽で、楽しい生活だったと思う。僕はひどく甘えん坊な子供だったから、ホームシックも当然ひどくて、最初のころは毎晩泣いてばかりいたけれど、毎日が楽しけりゃホームシックもそのうちに治まるというものだから、結局このお屋敷に奉公に上がったのは正解だったと思う。
なにより大きかったのは、自分のこの呪わしかった馬鹿でかい体が実際に役立って、自尊心を持てるようになったことだと思う。はっきりいって僕の体は、僕自身の好みとは全然違うけれど、でも十分以上に役にはたつのだ。
でも、それでも、やっぱり年に何度かお休みのときに家に帰って、それで十日かそこらを楽しく過ごして、またお屋敷に戻るときには胸が裂けるような思いがしたものだ。
家族の皆が見送りに出てきてくれるときに、まだ小さな妹が母に抱っこされているのをみて、それから我が身を振り返って、大人になるということは、なんてつらいことなんだろうと思うのだった。この世で一番幸福なのは小さな子供なんだと思う。だから僕は今でも小さな子供に劣等感みたいなものを感じる。
……小さな子供、小さな子供といえば領主様の相続人の方、つまり新しいご主人様も幼い女の子らしい。なんて名前だったっけ? 僕は洗濯籠を運びながら、背後にいるマリエに聞いてみた。
「シホ様よ、もう、ご主人様の名前を忘れるなんてだめねぇ。私なんか部屋付きにしていただいたわ。いずれはあの可愛い方の侍女になるんだから」
マリエはうっとりとして言った。
「でもマリエって掃除とか料理の下ごしらえとかしかしたことないんじゃなかったっけ?」
「うん、だから侍女になるために裁縫や外国語の勉強中よ。今日だってお洗濯場で色々と服の洗い方とかを教えてもらってたんだから」
なるほど、それで今日は洗濯籠とともに現れたというわけか。
「それよりも邪魔者が現れたのよ」
マリエは唐突に言った。
「邪魔者?」
マリエは他人のことを邪魔者だとか何だとかそういう邪険な物言いはしない子のはずだったが。
「そう、邪魔者よ」
しかしマリエはさらに強調した。
「シホ様の乳母の人よ。シホ様がお小さいから、今度新しく雇うんですって。せっかく私が部屋付きにしていただいたのに、別に乳母の人が来るんじゃあ、いいところはほとんど取られちゃうわ!」
「いいところって?」
「いいところっていうのは……抱っことかお風呂とか添い寝とか子守唄を歌って差し上げるとか朝になったらおねしょの後始末とかそういうのよ。っていうか私を差し置いてシホ様にお乳をあげる人がいるなんて許せないわ……ああ、そうだ!私も乳母になればいいのよ!!」
「乳母になるの? マリエが?」
「そーよ! つまり乳母の人が来る前に、私がシホ様の乳母になってしまえば、その密着系の仕事はすべて私のものよ! 新しく人を雇わないでいいからお屋敷のお給金だって節約できる。デイライトさんだって喜ぶわ。ああ、なんて素晴らしい思い付きでしょう!」
……ううむ、マリエは少しばかり変になっている。旦那様がいなくなってからは少し欝っぽくなっていたけれど、今はせわしなく喋るし興奮気味で躁っぽい。
「子供がいないんだから乳母は無理だろ」
そう水を差してみる。とマリエは勝ち誇ったように頭を振って言った。
「ヴィラムってやっぱりお坊ちゃんだから知らないのね。いい? 子供なんて産んだことが無くてもどっかそこら辺から赤ん坊を借りてきて、おっぱいをちゅうちゅう吸わせてればそのうちにお乳が出るようになるのよ。近所のちょっとお金の無い家のお姉ちゃんたちはそうやってお金持ちの家に乳母になりにいって稼いでたわ。私の家の隣の隣の家のお姉ちゃんなんてどっかの伯爵様のおうちに乳母に行って、住み込みなのに月に20万エンも貰ってたのよ。ああ、どっかから赤ちゃんを借りてこなきゃ!」
「……それってマリエくらいの歳から?」
「そ、そりゃみんな二十歳くらいからやってたけど、でも私だってもう月のものはあるし全然大丈夫よ!」
マリエはまったく子供そのものの薄い胸をはって断言した。
「やめといた方がいいと思うなぁ……」
その薄い胸を見ながら僕はひっそりと言った。




