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月夜と黒猫  作者: 陽夜
第1章
12/24

Mission10 What’s your name?

また間が空いてしまいましたが、お暇つぶしのお供によろしくお願いします!

 五月が始まって、ちょうどゴールデンウィーク前のこと。


 私──蒼井ゆかりは一人、学園内を散策していた。いつも一緒にいる花音ちゃん……かののんは、今日は任務で一日お休みだ。


 死の危険が伴うのだから不謹慎かもしれないけれど、私はまだ任務に出たことがないのでかののんが少し羨ましい。私も早く任務に出てみたい。

 多分、お姉ちゃんや海お姉ちゃん、すみれさんや千夏さんもそう思っているだろう。いずれ訪れるであろう初任務の日を、みんなまだかまだかと待ち構えている。


 正直、人に刃を向けることにはかなり抵抗がある。訓練用の木製の薙刀でさえ、手合わせで構えれば持つ手が震える。

 でもこんなところでへこたれてなんかいられない。お父さんとお母さんを探すために私は暁の星(オーブ・エトワル)に、──(ソワレ)に入ったのだから。

 よし!と小さく拳を握って気合いを入れる。そして周りを見渡してはたと気付いた。


「……あれ? ここどこだろ……?」


 目の前に広がるのはかなり広そうな林。地面は踏み馴らされているように見えるから、演習林だろうか。どうやらぼーっと考え事をしながら歩いていたので知らない所に迷い込んでしまったらしい。

 後ろを振り返れば学園の校舎が見えるから、そんなに遠くまで来てしまった訳ではないようだ。


 引き返そうかとも思ったけれど、折角来たのだから少しここら辺を歩いてみよう、と思い直してトコトコとあてもなく歩き回る。奥の方にまで行くとそれこそ本当に迷って帰れなくなりそうなので、演習林に入ってすぐの付近をうろちょろうろちょろ。


 五分位うろうろしたところで、少し開けた芝の生えている場所に出た。何本か木が倒れてぽっかりと木のない場所ができたのだろうか。周りの木々でいい感じに木陰になっていて、ちょっと休むのにぴったりそうな場所だ。

 ここで少し休憩して予鈴が鳴る頃には教室に戻ろうかな? そう思って木陰の方へと足を進めると。


「影無先生……?」


 学園の教師で、数学を担当している影無先生が芝の上に仰向けで寝転がって目を閉じている。こんなに近くにいたのに全く気配を感じなかったので、まさか先客がいらっしゃるとは思いもしなかった。


「…………」


 私は影無先生を見つめながら、顎に手を置いてしばし考える。さてどうしたものか。

 お休みのところを起こしてしまうのも申し訳ないけれど、そのまま立ち去るのもそれはそれでなぁ……と思うし、先生と授業以外でまだお話したことがないから会話してみたいという気持ちも勿論ある。あと単純に少し休憩したいし。


 うーん……としばらく悩んで、結局「話し掛けたら起きてくれるかもしれない」と無理矢理結論づけて私は先生に声を掛ける。


「……先生? 影無先生?」


 小さめの声でそっと呼び掛ける。

 やや間が空いてゆっくりと深緑色の瞳が現れると、先生は私の姿を目に留めたのか、少し不思議そうな表情をする。


「あっ起きた。先生、こんなところでどうしたんですか?」


 そう尋ねてちょん、と首を傾げると、先生はまばたきをしながら起き上がって丁寧に私の方を向いてくれる。


「えっと……まあ涼みに。蒼井さんこそどうしてここに?」

「それがお散歩してたら迷い込んじゃったみたいで」


 ぼーっと歩いてたのがいけないんですけど、と付け足して苦笑いすると先生もつられて微かに笑ってくれた。


 不意に風が吹き抜けて私の髪をなびかせる。先生のちょっと長い前髪も、風に合わせてそよそよと動いている。


「横、いいですか?」

 先生が頷いたのを見て、私は隣で体育座りをした。



 足の下に手を組んで、下がった視点で辺りを見渡す。

 木陰にいても感じる暖かな日差しと、風に揺らめく綺麗な木もれ日。耳を澄ませば遠くに聞こえる小鳥のさえずり。まるでここだけ別の世界に迷い込んだみたいだ。……実際今も別の世界にいるのは確かなのだけれど。


 ……さて。先生の事を知るのに丁度良い質問って何だろう? 当たり障りのない、かと言って勉強とは関係ないような質問……。

 膝に顔をのせて、うーん……と少し唸りながら私は先生とどんな話をしようか考える。そうだな、ええっと……あっ、あの事についてがいいかもしれない。

 私はパッと顔を上げて先生の方を向く。


「「あの!」」


 先生と声が被る。見ると影無先生の顔は心なしか少し緊張しているように思える。もしかしたら私が座ってから話し掛けるまでの間が気まずかったのかもしれない。


「先生お先にどうぞ」


 先生から何か話して貰えるのならそれはそれで先生と会話できるチャンスだ。

 すると先生はえっと……と申し訳なさそうに頬を掻く。


「あー……その、少し気まずいかな、と思って話しかけようとしたのですが……」

「ですが?」


 言い澱む先生に言葉の先を促すと、先生は本当に困ったように少しだけ眉を下げた。


「どんなことを話せばいいか分かりませんでした……」


 ほとんど表情が変わらない先生の眉だけが下がって、困惑したように目をそらすその顔に私は思わず笑ってしまった。


「ふふっ、先生って正直!」


 くすくすと笑ったところで今度は私の番だ。


「じゃあ私から質問です」


 そう言って、私は先生に問いを投げ掛けた。



 ──先生の名前ってなんて言うんですか? 『影無』って名字は聞いたことがあるんですけど、名前は聞いたことないし……みんなに聞いても「知らない」って言うんです。だから気になって。


「──……」


 そう尋ねると、先生は急に真剣な表情になって黙ってしまった。……聞いてはいけないことだったのだろうか。


 そのまま少し不安になりながら先生の横顔を見つめていると、今度は意を決したように先生は目を瞑った。


 流れる沈黙。揺れる木々の緑がさわさわと音を立てる。

 やっぱり人には言いにくい何か深い理由があったのだろうか。


「あの、話しにくいことなら……」


 無理に話さなくていいですよ、と続けようとして、先生が目を開いて首を横に振ったのが見えて私は口を噤んだ。


「いえ、大丈夫です。大した理由じゃないですから」

「そう……なんですか……?」


 安堵半分、不安半分で先生を見つめると、先生は「はい」と言ってもう一度頷いてくれた。

 そして今度は私の方を向かずに、少し前の地面を見て先生はポツポツと語り始める。


「フォレ生まれの人の中には、名字を持たない人もいますよね?」

「ええ……」

「僕はその逆で、自分の名前を持っていないんです」

「名前が……ない……?」


 そんなことがあるのだろうか? 名前は人を表す最も象徴的なものなのに。それを持っていない……?

 先生はそう言い終えると、また黙って俯いてしまった。やっぱりこれ以上は話せない理由があるのかもしれない。


 でも名前がないなんて困らないのだろうか。「名は体を表す」なんて慣用句もあるくらいに、人にとって名前は重要なものだと私は思う。それなら。


「じゃあ、私が先生の名前を考えます!」


 そう言うと、先生は驚いたようにバッと顔を上げてこちらを見る。私はそんな先生に向かってニコリと微笑んだ。


「あっても困らないし、その方が便利ですし。……それでいいですか?」


 ちょっと勝手だったかな、と思ったけれど、先生が一も二もなく頷いてくれたのを見て、私は安心して先生の名前を考え始める。


 先生は正直で、真っ直ぐ誠実だから……誠……セイ……まさ……──。


「……さや。“誠也”、でどうですか?誠なり、って書いて誠也です」

「誠、也……」


 先生が声に出して呟く。あまり表情に変化は見られないけれど多分気に入ってくれたようだ。

 私はそんな先生の姿を見てホッとして笑顔になった。



 予鈴のチャイムが鳴る。長いようで短かった昼休みも終わりの時間だ。


「もう行かなくちゃ」


 私は立ち上がってスカートについた芝をはたくと、教室に向かって歩き出す。

 数歩歩いたところで言い忘れていたことに気付いて、私はもう一度先生の方を振り返った。


 一人の時間、お邪魔しちゃってごめんなさい、と切り出して「でも」とそのまま言葉を続ける。


「またここに来てもいいですか? 私、先生……誠也先生ともっとお話ししたいです」


 ダメ……ですか? 最後にそう付け足す。すると先生は。


「いつでも来てください。僕は毎日ここにいますから」

「本当ですか!? じゃあ毎日楽しみに来ますね!」


 良かった、断られなくて。楽しかったのは私だけじゃなくて誠也先生も同じだったみたいだ。

 友達との時間も大切にしないとダメですよ、と先生に苦笑されたけれど私は「行ける時は必ず行きますから!」と両手を拳にして息巻いた。これからの昼休みはもっと楽しくなりそうな予感だ。


 じゃあ私はこれで、と言って演習林を去ろうとすると、今度は先生の方が私を呼び止める。


「蒼井さん。名前、ありがとうございます」


 先生からの感謝の言葉。私はもちろん今日一番の笑顔で答えた。


「どういたしまして!」


 今度こそ本当に教室に向かって歩き出す。次の時間は確か国語だったからツキ先生の授業だ。


 また誠也先生と楽しくお話しするのが楽しみだな、そう思いながら私は演習林を後にした。




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