Mission11 懐古
「海! 今何分!?」
「一時半回ったところ!!」
「うわ、もう遅刻じゃん!」
「お姉ちゃんそこ右に曲がって!」
よく晴れたゴールデンウィーク二日目の午後。海、ゆかり、そしてあたしを含めた三人は澪との集合場所に向かって全力疾走中である。
どうしてこんな目に遭っているのかって? それは三十分ほど前に遡る。
「お財布は持ったし、ポーチとティッシュとハンカチもあるから……」
よし、これで大丈夫だな! と今回はちゃんと余裕を持って部屋を出たのが一時頃。あとは下で海とゆかりと合流して、澪との集合場所である街の中心“ボー”にある噴水広場に向かうだけだ。
寮から二十分くらいで着くらしい(花音談)から、もし迷ったりしてもこれだけ時間があれば平気なはず……だったのだが。
「凜も降りて来たわね」
そう言って共同リビングからあたしを呼び止めたのは栞さん。優雅にコーヒーカップを持って食休み中らしい。隣には吟先生も座っている。
ゆかりと海はもう下に降りてきていて、不思議そうな顔をして栞さんの傍に立っている。
あたしもどうして呼び止められたんだろ……? と思いながら栞さんの方へ向かうと、「これを」と封筒を差し出された。
「千クレル紙幣が七枚入っているわ。今日はこれで支払いをして」
千クレルが七枚……確か一クレルが十円換算だから十倍して……七万!?
「いや、そんな大金……!」
今日の買い物は一応持参していた両親の残したお金を、テールの通貨である“クレル”に換金して使うつもりだったのだ。いくら喉から手が出るほどほしいと言っても、七万円なんて大金は流石に受け取れない。
「先月の“お給料”と少ないけれど私からの気持ちよ」
「でも……」
先月の“お給料”と言っても、そもそもあたし達はまだ任務に出た事がないのに。こんなに貰っていいはずがない。
「新入隊員には毎回気持ちばかりだけど渡しているの」
それに“お給料”とは言っているけれど結局はお小遣いだから、と念押しされて、あたし達はそれなら……と封筒を受け取る。
「あと今日は色々買う予定でしょうから、購入したものは全て学園の生徒会室宛で送って貰って構わないわ。手で持ち帰るのは大変でしょう?」
「……! ありがとうございます!」
三人で顔を見合わせて、同時に頭を下げる。……あれ? でもなんで生徒会室に?
「生徒会室に寮と学園を直接繋いでいる転移魔法陣があるの」
私の顔に疑問が浮かんだのが分かったのか、栞さんは丁寧に答えてくれる。そっか、宵寮の場所は極秘だから面倒でもその手順を踏まなきゃいけないのか。
なるほどと納得したところで、栞さんは更に言葉を続ける。
「分かっているとは思うけれど、無駄遣いはしないように。それとハメも外し過ぎないように。あとクラウディオのところに行くのよね? よろしく伝えておいてもらえるかしら。それから……」
まるで子供に言い聞かせる母親のような発言が次から次へと出てくる。なんだかちょっと懐かしい感じだ。
ふふ、と少し笑みをこぼしてまた三人で顔を見合わせる。二人も懐かしいと思っているようだ。
懐かしいなんて和んでいたのも束の間のこと。とんとん、と肩を叩かれてそちらを向くと海が時計を見て顔を青くさせている。
え? と思ってあたしも自分の腕時計を確認して……同じく血の気が引いた。針が差しているのは三の数字。つまりもう一時十五分ということで……。
「もう出ないと!!」
ゆかりも同じく腕時計を見て慌て出す。
けれど栞さんの話が終わるまではどうにも立ち去る訳にはいかないし……。どう切り出して話を終わりにしてもらおうかとやきもきしていると、栞さんの隣で緑茶を飲んでいた吟先生が助け舟を出してくれた。
「栞、時間」
「……から、──時間?」
先生に言われて栞さんもようやく時計を見てくれる。そして予想通り固まった。やっぱり全くもって時間を気にしていなかったらしい。
「よしお前ら行ってこい! とりあえず不思議な顔されたら神楽の名前出しときゃ何とかなるから!」
「本人の許可もなしに勝手に僕の名前を使わせようとしないでくれるかな」
長いテーブルの端に座ってブラックコーヒーを啜りながら、タブレット端末で資料に目を通している神楽が口を開く。彼はゆかりと同学年の十二歳にして、栞さんと同じ宵幹部のニュアージュである秀才だ。
「まあ僕の名前を出せば不審がられないだろうから別にいいんだけど」
言い回しは棘のあるような、冷たいような感じがいつもするけれど、なんだかんだと言って結局は優しいのが神楽の特徴だ。いわゆるツンデレ?
……などと余計なことを頭によぎらせながら、あたし達は神楽ともう一度栞さんにお礼を言って寮を飛び出す。走れば間に合うかもしれないし、三人でとにかくダッシュだ。
リビングを慌ただしく去る寸前、最後にひとつだけ、と栞さんが呼び止めた。
「楽しんで来なさい」
「「「はい!」」」
*
「……いつも渡してるのは五千クレルだろ?」
三人の後ろ姿を見送りながら吟は栞に話し掛ける。初任給(という名目のお小遣い)四千クレルに普段栞が渡すのはプラスして千クレル。今回は三千クレルといつもより二千クレルも多い。
「……これくらいしか、彼女達にしてあげられることはないもの」
栞はそう、リビングの扉を見つめながら呟く。その横顔にあるのは後悔と自責の念か。
そんな栞の背に手を載せて、吟は優しく静かに栞をあやし続けた。
*
「澪ほんとごめん!!」
息を切らしながら噴水広場に辿り着いたのは一時三十五分過ぎ。走ったものの、結局迷って到着するまでに時間が掛かってしまった。
「大丈夫よ、私もさっき来たところなの」
とりあえず落ち着くまで休んで? と澪に言ってもらえたので、あたし達はありがたく噴水の前にあるベンチに腰掛けて息を整える。
今日の澪は淡い藤紫色のタンクトップに白いスキッパーシャツ、スキニータイプのジーンズに黒のピンヒールとシンプルな格好だ。華美な服装という訳でもないのにどこかすらりとモデルのように見えるのは、やっぱり元の素材が良いからだろうか。
対するあたし達は今日のためにどうにか引っ張り出してきた一張羅だ。
あたしは白シャツにモモンガのようなゆったりとしたデザインの黄色いカットソー。下は黒地に白のラインが入ったクロップドパンツとグレーのスニーカー。海は白のチュニックに紺のフィッシュテールスカート、こげ茶のフラットシューズで、ゆかりは無地の白いロングTシャツの上にグラデーションピンクのキャミワンピース、オフホワイトのカーディガン、キャメルのストラップ付きフラットシューズ。
三人共「ここがダメ」というほどではないけれど、中高生が着るには少々地味な服装だ。
服選びのセンスに自信はあまりないけれど、今日は心強い味方が澪も含めて三人もいる。安心して買い物ができそうだ。
他にもいくつか行きたいお店はあるし、急いで回らないと夕方には閉まってしまうお店もある。
「そろそろ行けそう?」
澪の問い掛けにあたし達は頷いて立ち上がる。
「じゃ、行こっか」
まず目指すは若者の街“ヴァン”だ。「若者」と銘打つ通り、十代〜二十代向けの服やら雑貨やらを扱うお店が沢山あるらしい。何か気に入る置き物とかがあるといいな、なんて思いながらあたしは先導する澪について行った。
2018.6.24訂正
タイトル変更しました。本文も少し改稿してあります。
2023.7.11訂正
現在の書き方に合わせて改稿しました




