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死の意味を知らない馬鹿共へ(論述)

2010年10月24日の作品です。

『死ぬ気になったら何でも出来る』

 これを真顔で言う大人がこの世には多い。


 自殺願望者が絶えない状況下にありながら、上記の言葉を発する大人がいる。

 確かに、死ぬ気で頑張り何かをやり遂げた者も少なく無いだろうと思う。

 しかし、それはこの世に生を成し、死への道など一切の関係を持たない者達の事である。

 この者達の言う『死ぬ気になったら』というのは、《がむしゃらに》《ひたすらに》という生きる希望、もしくは死ぬ事を根底に入れずに考えた結果である。


 しかしながら、一概には言えないかも知れないが、自殺願望者にこの言葉を投げ掛けるのは危険極まりない行為である。


 何故なら、自殺願望者に《がむしゃらに》《ひたすらに》何を行えと言うのであろうか。

 私もかつてそこにいた。我が命を断ち切りたくて仕方ない時があった。

 その時、この『死ぬ気になったら』という言葉を投げ掛けられたのである。

 この言葉、生者には生きる希望と成り得るのかも知れないが、死を目指す者には、「早く死ね」と言われているのと同等の意味を持ってしまうのである。


 これを見た方達に警告します。自殺願望者にこの『死ぬ気になったら』という言葉は、火に油だと思って頂きたい。

 彼ら、彼女らはこの世の生の楔を断ち切り、『解放』『自由』『逃避』『無』『帰空』『虚無』等を願っているのだから。


 彼ら、彼女らにもし出会う事があったら、こう言ってあげて下さい。「お疲れ様。今までよく頑張りました」と。


 それが一番の救いではないでしょうか? まあ、何度も申しますが、一概には言えませんけど……。




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