第25話 内緒の共犯者たち
「むむっ……。」
朝の空気はひんやりとしていて、深く息を吸うと胸の奥まで澄んでいく。
見上げた空は高く、薄く広がる雲がゆっくりと流れていた。
教会の鐘つき堂。
その柱の陰に身を潜め、私は双眼鏡を覗いていた。
ここは、私だけが知る特等席なのだ。
女子寮の中庭には大きな広葉樹が植えられている。
その枝葉が目隠しとなり、各部屋の様子は外から窺えない。
だが、ここだけは違う。
角度といい、高さといい、すべてが噛み合っている。
レティの部屋が、唯一この場所からだけ見える。
まさに、神が私のために用意してくださった聖域である。
ドレッサーの前に座るレティは、今朝も可愛くてたまらない。
聖女として見過ごせないほどだった。
「あのメガネぇ~……。誰の許しを得てぇ~……。」
しかし、その可愛らしさを引き出しているのが、あのメガネなのがむかつく。
レティの背後に立ち、髪を結んでいる。
私ですら、そんなことはしたことがないのに。
「ああっ!? リップ、塗ってる!
レティ、駄目だよ! そのメガネに気を許しちゃ!」
この一週間、私はレティの身を案じ、ノエルにメガネを見張ってもらった。
ちょっとでも落ち度を見つけたら、レティに言いつけて、女子寮から追い出すつもりだった。
だが、あのメガネは掃除も洗濯もできる。
学食があるので不要だが、たぶん料理もできるのだろう。
あのメガネが淹れたお茶を飲むとき、レティの表情はとても穏やかだ。
それまで一口目に必ずあった眉間の力みも、見られない。
「……なんで、あのメガネばっかり。
許せない、許せない……。呪ってやるぅ~……。」
無手の護身術に長けていることも、身をもって知っている。
悔しいけれど、パーフェクトだ。
「えっ!?」
ふと目が合った。
レティのベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせている猫族のちびっこと。
思わず双眼鏡を下ろした。
あり得ない。
こことレティの部屋は、かなり離れている。
ただの偶然だろうと、再び双眼鏡を覗いた、次の瞬間。
「なっ!?」
強烈な光が目を焼いた。
その直前に見えたのは、こっちを指さしながら笑うちびっこ。
そして、手鏡をこちらに向けるメガネだった。
「目がっ!? 目があああああっ!?」
絶対に許さない。
隙を見て、メガネの食事に下剤を入れてやる。
******
「いつも、この時間は……。」
今日のお昼は、カツ丼だった。
ファンタジー世界で、カツ丼は世界観を壊す。
そう思うだろうが、ここは乙女ゲームのファンタジー世界だ。
ゲームを作った人が料理に詳しくなかったのかもしれない。
お蕎麦、うな重、お寿司と、普通に和食がある。
アルビオン帝国料理として。
私は、カツ丼を頬張りながら名案をひらめいた。
善は急げ。
早速、中庭へとやってきた。
「あっ……。いた、いた」
お目当てのちびっこを見つけた。
名前はたしか、ナナ。
セドリックと戯れていた。
「ほーれ、ほーれ……。」
「ニャ、ニャっ!?」
釣り竿の先にぶら下げられたネズミのおもちゃを取ろうと、ナナがぴょんぴょん跳ねている。
思わず頬が緩むほど可愛い。
だけど、セドリックは何をやっているのか。
「はっはっはっ! ねだるな! 勝ち取れ!」
「ニャーっ!?」
もっともらしいことを言っているが、ただのサボりだ。
昨日、アルベルトに押し付けられた大量の書類はどうした。
私は、内心の白けを押し殺し、笑顔を貼り付けて話しかける。
「ナぁ~ナちゃん、そんな暇人は放って、お姉さんとお話しない?」
「ニャ?」
「いやいや、暇じゃないからね?
アリさんの大行進を見守る大切な研究をやってたんだからね?」
セドリックは、もう無視でいい。
スカートのポケットから、購買で買ってきた秘密兵器を取り出す。
「これ、なぁ~んだ?」
「ニャッ!? マタタビンDXニャ!」
「うわっ……。あからさまなワイロだよ……。」
たちまちナナは目を輝かした。
尻尾がぶんぶんと揺れる。
「で、でも、ニャーはまだ子どもだから……。
マリア姉が、一日一本だけって言ってたニャ……。」
しかし、あのメガネの影が、ナナの理性をかろうじて呼び戻す。
唇を尖らせながら、しょんぼりと項垂れた。
それでも、視線はすでに茶色の小瓶に釘付けだ。
「じゃあ、黙っててあげる。内緒、内緒」
「……止めたほうがいいぞ。絶対」
私は一瞬だけ微笑んでから、唇に人差し指を当てた。
ぱちり、とウインクする。
ナナは瞬きしたのち、ぱっと満面の笑顔を浮かべた。
「内緒! 内緒ニャ!」
「うん、あっちで内緒のお話しよ?」
「するニャ!」
「間違いなく、ろくでもないことだよ。俺、詳しいんだ」
計画通り。
これで、今夜はレティ成分採取のミッションは完遂したも同然だ。
私はにやりと笑い、ナナの手を引いて歩き出した。




