第01話 あなたの部屋は、私の神殿です
「ふんっ、ふんっ……。ふんっ、ふんっ……。」
私は、ベッドの枕に顔を埋め、鼻を鳴らす。
これは、効く。
私の聖女な部分がキュンキュンとしてきちゃう。
でも、誤解しないでほしい。
私は変態ではない。
断じて違う。
これは、大事な確認なのだ。
聖女として、この世界を正しく理解するための儀式である。
なぜなら、この枕の持ち主は、この世界で最も不遇な運命を背負った少女。
悪役令嬢、レティシア・デ・シールド・ヴァレンタイン。
私が前世で、誰より幸せになってほしいと願った人なのだから。
ああ、もう我慢できない。
私の想い、レティに届け。
「えっと……。どうしよう」
前世では画面の向こう側だった。
どれだけ願っても、どれだけ救いたいと思っても。
彼女は物語の中の存在だった。
でも今は違う。
ここにいる。
息をしている。
傷ついて、笑って、誰にも知られずに頑張っている。
素敵な匂いだって、ある。
もういいや、レティが悪いんだぞ。
真っ昼間から、こんなにも私の聖女心を刺激してくるなんて。
この責任は取ってもらわなければならない。
「ああっ……。レティ~……。」
いや、違う。
真っ昼間でも、私のレティは無限なのだ。
そう思い、私は手を伸ばしかけた。
そのときだった。
「キャっ!?」
ドアが開いた。
思わず突き上げていたお尻が跳ねる。
聖女の秘め事を覗かんとする無礼者め。
許すまじ。
そもそも、ここはレティの寝室だ。
つまり、聖域。
聖女たる私が、聖なる場所で聖なる確認をしていただけなのだ。
何も問題はない。
悪いのは、この神聖なる時間を邪魔した者の方である。
教会に告げ口して、異端者として火あぶりにしてやる。
私は聖女だからね。
それくらいの権力は持っているのだよ。
「……聖女様」
レティだった。
私は即座に立ち上がった。
「レティ!」
彼女へ駆け寄る。
抱きしめるために、両手を広げた。
「キャっ!?」
しかし、二歩目で転ぶ。
そのまま、キングサイズのベッドに顔から突っ込む。
どうやら、膝まで下がっていたパンツで、足をもつれさせてしまったらしい。
とても痛い。
前世より高い鼻が痛い。
だが、私のレティ愛は無限だ。
すぐさま腕をついて、身を起こす。
「フィオナ・ルーチェ……。」
鋭い眼差しが私を貫いた。
私の聖女な部分が、キュンとした。
これ、これよ。
「あなた、私のベッドで何をなさっているの?」
「聖なる儀式です!」
即答した。
隠し事があってはならない。
推しは、すべてに優先するのだ。
「なぜ下着まで乱れているのかしら?」
レティの眼差しに冷たさが加わった。
ゲームで何度も見た表情。
誰もが恐れる、悪役令嬢の顔。
だけど、私は知っている。
これは怒りではない。
困っているだけだ。
本当は優しいから。
「くぅーー……。ぞくぞくしちゃう」
思わず声が漏れた。
私の聖女成分も、少し漏れちゃった。
レティが顔を引きつらせて固まる。
しかし、次の瞬間。
「……って、それ、私の下着じゃない!」
その目が大きく見開かれた。
まずい。
とてもまずい。
レティに嫌われてしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
だから私は、聖女として。
最も正しい答えを選んだ。
「聖遺物を私自身で守ってました!」
言った。
完璧な答えだった。
「私の部屋に入るなと、何度も言ったでしょ!
どうして、あなたはそうなの! 聖女なのだから、聖女らしくなさい!」
「聖女だからです! ここが私の神殿なのです!」
レティは猛烈な怒気を発したかと思ったら、深くため息をついた。
そして、バサリと扇を開き、口元を隠した。
はい、頂きました。
ゲームの中で何度も見た。
レティのデフォルト立ち絵。
開かれた扇。
少しだけ見下ろすような視線。
「……いい。すごくいい」
私の聖女心が震えている。
もう一度、レティは深いため息をついた。
「マリア!」
「はい、お嬢様」
その一声に、メイドさんたちが部屋に続々と入ってきた。
いつもいつも、私とレティの崇高な会話を邪魔するやつらだ。
「出たわね! 悪の軍団!」
私はシャドーボクシングで威嚇する。
こう見えて、神殿騎士としては一人前なのだ。
「この変態を部屋から叩き出しなさい!」
「違う! 私は変態じゃない!
たとえ、変態だとしても、変態という名の聖女だよ!」
だが、公爵家付きのメイドたちは、武芸も一流だった。
「聖女様、失礼します」
「むきゃっ!?」
「こちらの下着、お嬢様のですね。回収いたします」
「や、止めて!」
「まあ、ブラまで……。」
「やっ、ダメ! せっかく手に入れたのに!」
私は、あっという間に制圧された。
あれよあれよと服を剥かれ、聖遺物まで奪われてしまう。
「れ、レティ、助けて!」
「……少し頭を冷やしなさい」
気づけば、全裸で部屋をぽいっと放り出される。
私の服が投げ捨てられ、ぱたんとドアが閉まった。
「……その下着、捨ててちょうだい」
しかし、私のレティ・イヤーが、固く閉じられたドアの向こうの重要機密を拾う。
レティの尊さを処分するなんて、世界の損失に等しい。
「そう、そうなのね! これが、啓示!」
私は拳を握り、決意する。
今夜は夜更かしして、この学園寮のゴミ捨て場を見張らなければならない。
それが、聖女として神が私に与えた役目だ。
そう、レティという名の神が。




