第49話 人身御供にされる少女
第四部 鬼神怪異編 あらすじ
アイダたちの前に立ちはだかる妖怪たちの多くは、ただ人を襲う化け物ではなかった。
飢饉による虐殺。
報われぬ恋。
死者への執着。
人々が生み出した怨念。
妖怪たちの背後には、人間自身が作り出した悲しい物語が隠されていた。
善と悪、生と死、人と神。
その狭間でアイダは何を選ぶのか。
第49話 人身御供にされる少女
「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァー」
「…………」
「駄目だわ、やっぱり呪文が効かない」
アイダはがっくりと肩を落とした。どんなに試しても、姿を変えられてしまったワイナたちを元の姿に戻す事が出来ないのだ。あの黑い竜が神の使いなら呪文が効かないのも納得できる。豚になったままのワイナたちが剣を握ることは無理だろうし、呪文で回復も出来ないとなると、やはり戦力外だ。
「私が……何もできないなんて……」
「ガアッ」
その時、アイダたちの前にカラスが舞い降りてきた。
「そういえばあなたも居たわね」
「アイダ様、私にできる事なら協力いたします、ご指示して下さい」
地上に降りたカラスがアイダを見上げている。
「私が声を掛ければ、一晩でカラスの仲間が大勢集まります」
「分かったわ」
「でも、もうこうなったらあの方にすがるしかないわね」
レイラはアイダに胸の内を話した。
風の便りを活用して女神ニンリルに願いを伝えるというのである。今回の苦境を訴え、初めて神の御神託にすがりますと……
レイラの前に優雅な女性が座っている。レイラは女神ニンリルの傍にセラムが居る事に気付き、小声で呟いた。
「セラム」
「…………」
女神ニンリルは静かに話し始めた。
「貴方の願いは分かっています。貴方が私に宛てた風の便りも読みました。姿を変えられた者達を元に戻したいのですね」
「はい、ニンリル様、私は初めてお願いします。どうか助けて下さい」
「ではその問題の起きた村々から北に向かって進んで、シャガの花を探しなさい。私も場所までは知らないのですが、白竜の痕跡を辿ればいいかもしれません」
「…………」
「山々を幾つも超えると、年に一度、シャガの花が咲く頃になると水が湧き、青々とした池が現れるのです。その池の水を飲めば皆元の姿に戻るはずです」
シャガの花言葉は反抗や抵抗、決心といった芯の強さを感じさせるものである。女神はそのシャガの群生している池の水を飲ませれば、皆元の姿に戻れ、疫病に冒された者たちも治るはずであると言うのだ。レイラの顔が歓喜に変った。
「有難うございます」
「セラム」
「はい」
さらに女神は脇に控えるセラムに向かい声を掛けた。
「貴方の謹慎は解くことにします、再びこの者の守護天使となりなさい」
「ニンリル様」
「ただし、あのような事が再び有った時は……、分かっていますね」
「分かりました」
戻ってきたレイラから話を聞いたアイダは早速その地に行って池を探してみる事にした。カラスには先に行って見つけて置くように指示が出された。そしてレイラが、
「改めて調べてみたのですが、その地には白い竜に関する言い伝えが残って居ました」
「白い竜の……」
「はい」
山奥にひっそり暮らすそこの村人たちには悩みが有った。レイラが調べてみると、そこには昔から四頭竜の伝説が残っていた。疫病をもたらす青竜、飢餓をもたらす黄竜、憎悪をもたらす赤竜、そして毒を吐く黒竜。その四頭が、毎年この地方に災いをもたらしていたという。四頭竜を鎮めるため、村には毎年春になると若い生娘を生贄に捧げる風習が生まれたのであった。
――どうしても龍神様にお聞きしなければ――
明日は生き埋めにされると決まった娘がここにいる。
家族が寝静まった深夜、そっと家を抜け出た。
風もなくぬるっとした物陰の闇が、息をひそめ娘の行動を見張っている。
裏山には、険しい岩肌がむき出しとなった山頂に龍神が祭られているのだ。
娘は人を容易に寄せ付けないその社に向かい歩き始めたのである。
満月の晩であったが、太い木々の生い茂った狭い道、周囲は闇に包まれている。娘は真っすぐ前を向き、一心不乱に登っているのである。そして、ついにそのまだ幼げな口から娘の思いのほどがほとばしり出た。
「龍神様、私は明日生贄として埋められてしまいます」
やっと岩山の頂、天空に祭られたような社にたどり着いた汗みどろの娘が、乱れた髪もいとわず、ひざまずき、泣き出しそうな顔で両手を合わせ祈り始めると、疑問を口にしたのであった。
「村の衆は山の神がお怒りだから、私を人身御供に捧げるのだと言っています。龍神様は何をお怒りなのですか。お願いですから、せめて生き埋めにされる前に貴方様の声をお聞かせください。本当に私の命を望んでいらっしゃるのですか?」
すると社の面で必死に訴え続けている娘の前に、巨大な白竜が現れた――
「娘子よ」
「…………!」
娘は地面に額を押し付け震え始めた。
「儂はなにも怒ってなどおらぬぞ。毎年村に災いをもたらすあやつらは悪霊であり、神ではない」
「龍神様……」
娘は放心したように竜を見つめている。
「だが安心するがよい、お前の命は、儂がいる限り誰にも取らせぬ。明日は儂の言う通りにするのだ」
龍神の御神託を聞いた娘はやっと笑顔を取り戻したようにも見えたが、時折後ろを見やりながら、半信半疑の様子で社を後にした。
翌日である。村の全員が池のほとりに集まると、生贄と決まった少女に酒を飲ませようとしたその時、娘が声を上げた。
「山の神様はお怒りなどではありません」
「……何を言い出すんだ!」
驚いた村の衆は娘に無理やり酒を飲ませようとした。
「わたしに近づかないで」
娘は昨夜の御神託で龍神に言われた通り、片手に握ったシャガの花束を高くかざすと、社のある岩山に向かって声を上げた。
「龍神様、貴方様は本当に私の命を欲しいと思っていらっしゃるのですか。それならこの花束を池の底に沈めて、その証を皆に見せて下さい」
そう言った娘が花束を池に投げると、水面に浮かぶ花束の周囲、波紋の先に、池の底から白い竜が姿を現した――
「おおっ!」
村人は驚愕し、皆呆然と立ちすくみ、腰を抜かすものまで現れる始末である。
そして龍神の厳かな声が響く。
「四頭の竜は人間に災厄をもたらす者どもである。それを恐れて間違った信仰を持つでない。罪なき娘子の命を奪う事など二度と有ってはならぬ、未来永劫、なんびともこの儂が許さぬぞ」
浮かんだままの花束は沈まず、代わりに竜の姿が再び静かに沈み消えて行くではないか。娘の命は助かり、それ以来村では人身御供の風習も無くなった。
やがて時が経ち住む人は絶えたが、シャガの白い花咲く季節になると、今も豊かに湧き出る水で青い池が出現する地なのである。夕暮れ時に白く浮き上がるように見えるシャガは、この地で人身御供にされた娘たちの生まれ変わりではないかと言い伝えられている。




