第36話 バルバリア海賊・赤髭
「分かったわ、貴方の力になってあげましょう」
「おう!」
精霊界と何の繋がりも無い話にアイダは乗る事にした。このアルという男は、ひとえにサムエル打倒に力を貸した功労者なのだ。その者からのたっての願いを聞き届ける事にしたのである。
「前回ここが襲われたのはいつ頃なの?」
「もう十年近く前になります」
奴隷を集める海賊達は、住人が育って頭数が揃う頃を見計らい、襲って来るのである。
「ではそろそろ襲って来ても不思議ではないわね」
「はい」
アイダが男に聞いた。
「ところで貴方は何人くらいの仲間を集められるの?」
「五十人くらいです」
「それでは……、全く足りないわね」
「…………」
これはアルたちの戦いなのだから、アイダが前面に出る訳にはいかない。海賊は船団で来るという。たとえアイダたちがどんなに頑張っても、数百人、あるいは数千人もの戦闘に慣れた海賊が相手では苦戦するだろう。囲まれてしまえばアルたちを救う事も難しい。
「海賊が来てしまってからでは遅い」
「…………」
「何か有効な手を考える必要があるわね。でも海上での戦闘は考えられないわ」
相手はその道のプロなのだ。だが陸上で敵を分散させ個別に撃破すれば、勝機があるかもしれないとアイダは考えた。
「アル、住民に水と食料と後はテントや毛布とか砂漠に避難できる用意をしておくように言って」
「分かりました」
「レイラは海を見張って。多分大船団で来るでしょうからすぐ発見できると思うわ。どう?」
「はい、風に乗れば一日先まで分かります。じゃあトゥパック、行きましょう」
レイラは当然のようにトゥパックを伴って風に乗ると、ノラとカラスも急いで後を追った。
「アル、港を案内して」
「はい、ではこちらにどうぞ」
港を見れば何か分かるかもしれない。
アイダとワイナ、キイロアナコンダがやって来た港は地中海に面していたが、さほど大きな構えではない。
「これだと一度に沢山の船は停泊出来ないわ」
「…………」
「海賊は交代で船を桟橋に横づけさせるだろうから、全員が上陸し終わるまでには時間が掛かるはずよ」
「大抵の場合、住民は逃げ惑っていますから、連中は余裕で降りてきます」
「アル、今回はそうはいかないわよ。一泡吹かせてやるわ」
「…………」
この地でアルたち半遊牧民の主な収入源は塩の採取である。アフリカ大陸北西部の砂漠地帯に、既に人の住まなくなった古代の湖が干上がった跡がある。
塩の採掘場への道は、日が昇る前から歩きだしても、昼を過ぎると容赦のない灼熱の太陽がすべてを焼き焦がしていく。日差しをさえぎる一片の雲もなく、頭に巻いたターバンと粗末な服が唯一の影をつくり、ラクダを持たない貧しい者などは黙々と歩くだけである。
「その塩の採取はどのくらいの収入になるの?」
アイダは金額を聞いてびっくりした。そんなに苦労をしてたったそれだけなのかと。だがサハラの塩は、採取することも大変だが、いかにして町まで安全に運ぶかが課題であった。ラクダを十数頭も連れた商人はアルたちが切り取った塩の板を積み、後は盗賊からの強奪を防がなくてはならない。
「ちょっと待って、運ぶのは商人の仕事なの?」
「そうです」
「その塩は何処に運ぶのかしら?」
「町の仲買業者まで運ぶと聞いています」
アイダは思わず聞いてしまった。
「あなたたちは採掘をしてから大きさを整えて、それをやって来た商人にその場で売るだけ!」
「もちろん高く売れるように交渉はします」
「…………」
なんと効率の悪い仕事をしている。西アフリカ内陸部などの金を多く産出する地方では、生活に欠かせない塩を同じ重さの金と交換しているというではないか。何故自分たちで売りに行かないのだ。こんな重労働をしてやっとその日暮らしの収入しか得られないなんて。
「何かもっと塩を良い方法で売れる手立ては無いかしら」
「南方で、金と塩を交換する国があると聞いたことがあります」
「それだわ。アル、今すぐ商人に塩を売るのは止めなさい」
「…………」
これはぜひとも止めさせなくてはならない。これから事を起こそうとしている者がそんな効率の悪い仕事をしていてはいけない。
「私も以前旅で聞いたことがあるけれど、あなたもマリ王国の事は知っているでしょ」
「はい」
この世界では古い神々が未だ力を持ち、遠く西方では新たな王国も興りつつあった。
「直接その王国まで売りに行くの、ここでそんな安値で売ったらだめよ」
「そんな遠くへ売りに行く者など聞いたことがありません。途中には盗賊もおります」
「だから行くのよ。他の商人が行かないのならなおさらよ。距離は遠いけれど、一度成功すれば国を支える財源になる。国を興そうとするあなたが盗賊を恐れてどうするの」
「…………」
アフリカはサハラ砂漠の南側、ニジェール川上流などで、金は植物の根のように成長すると考えられ、川底や地中から採掘された。そしてマリは、中世西アフリカに栄えた王国である。
「レイラ、私たちはマリ王国に行くから引き続き海の監視を怠らないで、海賊が来たらすぐ知らせて」
一度目の偵察を終え戻って来たレイラに言った。
「分かりました」
アイダは塩の件をレイラに説明して、ワイナとキイロアナコンダを連れて、アリたちが苦労して集められるだけ集めたラクダに大量の塩を積み出発した。
国を興すにしても、兵を集めるにしても、そのような活動にはやはり資金がいる。アルが仲間に対してカリスマ性が有ったとしても、現実にそれだけでは心もとないのである。
地中海の彼方に、赤髭を三つ編みにした巨漢が船首に立っていた。男が笑うたび、赤い髭が揺れた。
「次の港だ。急ぐ事はないがな」
甲板に立つ赤髭は、傍に居た甲板員が弄んでいたロープの切れ端を取り上げると、船の舷側を叩き、にやりと笑った。そして数十隻の船団が進路を変えた。




